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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
断頭台の朝

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フリーデリケの手紙

 手紙は、パンの匂いがした。


 王宮の執務室で報告書を読んでいたセレスティアの元に、ナターシャが小さな封筒を持ってきた。蝋封はない。代わりにラベンダーの押し花が封に挟まれていた。


 差出人は分かった。見る前から。


 「フリーデリケから」


 「はい。学園経由で届きました」


 セレスティアは封を開けた。中には丸い字で書かれた手紙。所々にインクの染みがある。急いで書いたのだろう。あるいは、何度も書き直したのかもしれない。


 『セレスティアさまへ


  お元気ですか。わたしは元気です。


  最近、セレスティアさまに会えなくて寂しいです。

  石段の上の、あなたの席は空いたままです。

  誰も座りません。あそこはセレスティアさまの席だから。


  ラベンダーは元気です。

  この前の雨で少し傾いたので、支柱を立てました。

  わたしが見ていますから安心してください。


  学園では色々あります。

  ヴィオレッタさまがわたしに話しかけてくれるようになりました。

  「フリーデリケ、あなたパンを焼くのが上手なのね」って。

  嬉しかったです。


  リディアさまが南方のお料理を教えてくれました。

  香辛料をたくさん使うお料理で、わたしはくしゃみが止まりませんでした。

  リディアさまは「慣れれば平気」と言っていましたが、多分慣れません。


  コンラートさまは最近学園にいませんね。

  王宮にいるのですか?

  コンラートさまがいないと、訓練場が静かです。

  静かすぎて、少し寂しいです。


  セレスティアさま。


  わたしは、あなたが何をしているか知りません。

  王宮で大変なことがあるのだと思います。

  でも、わたしには分からないことです。


  分からないから——何も言えません。

  「頑張って」とも「大丈夫」とも言えません。

  分からないことに、知ったような言葉は言いたくないから。


  でも一つだけ。


  石段で、待っています。

  お昼の時間に。いつもの場所で。

  丸いパンを焼いて、待っています。


  いつ来ても、あなたの席はあります。

  いつ来ても、パンはあります。

  いつ来ても——わたしはいます。


  フリーデリケ・フォン・ブリュンヒルデ


  追伸。最近、四角いパンに挑戦しています。

     でもどうしても角が丸くなります。

     パンは丸くなりたいのかもしれません。』


 セレスティアは手紙を読み終えて、しばらく動けなかった。


 目の前がぼやけた。涙で。


 「お嬢様?」


 ナターシャが心配そうに覗き込んだ。


 「大丈夫。泣いてるだけ」


 「泣いている」


 「嬉しくて。フリーデリケが。フリーデリケが」


 言葉にならなかった。


 セレスティアはこの数週間、王宮の暗闘に没頭していた。暗殺未遂。カスパルの追及。母の危機。


 でも学園の石段では、フリーデリケが待っている。丸いパンを焼いて。ラベンダーに支柱を立てて。


 「パンは丸くなりたいのかもしれません」


 そうか。パンは丸くなりたいのか。


 セレスティアは笑った。涙混じりの笑い。


 「ナターシャ。返事を書く。今すぐ」


 「はい。暗号は」


 「使わない。普通の手紙を書く」


 ナターシャが目を瞬いた。セレスティアが暗号を使わない手紙を書くことは、ほとんどない。


 ペンを取った。便箋を広げた。


 何を書こう。


 政治の話は書けない。陰謀の話も。フリーデリケにそんな世界の空気を届けたくない。


 だから。


 『フリーデリケへ


  元気です。少し疲れているけど、元気です。


  石段の席を守ってくれてありがとう。

  ラベンダーの支柱も、ありがとう。

  あなたがいてくれるから、安心して走れます。


  ヴィオレッタがあなたに話しかけたのは、

  あなたのパンが美味しいからだと思います。

  ヴィオレッタは正直な人だから、美味しくなかったら言わないもの。


  リディアの香辛料にはわたしも負けました。

  あれは慣れないと思います。慣れたら人間じゃないかもしれません。


  コンラートは王宮にいます。元気です。

  相変わらず声が大きいです。

  訓練場が静かなのは、それだけコンラートの声が大きかったということです。


  フリーデリケ。


  わたしは今、少し遠いところにいます。

  あなたに話せないことをしています。

  でも——悪いことではないよ。


  すぐに戻ります。石段で、お昼を食べましょう。

  四角いパンも食べたいです。角が丸くても。


  パンは丸くなりたいのかもしれないね。

  なら——丸いままでいいと思う。

  丸いものが一番、温かいから。


  セレスティア


  追伸。今度わたしも何か焼いてみます。

     多分失敗します。その時は笑ってください。』


 書き終えた。読み返した。


 「ナターシャ。この手紙を学園に届けて」


 「承知いたしました。お嬢様」


 「なに」


 「良い手紙です」


 「……そう?」


 「はい。お嬢様らしい。策略のない、お嬢様」


 ナターシャが微笑んだ。珍しくからかうような笑み。


 「策略のないわたしなんて、役に立たないよ」


 「いいえ。策略のないお嬢様が一番強いです」


 セレスティアは首を傾げた。ナターシャの言葉の意味がすぐには分からなかった。


 でも何となく、温かい言葉だと思った。


 ◇


 三日後。フリーデリケから返事が来た。


 封筒の中に丸い形に焼かれたクッキーが一枚入っていた。手紙と一緒に。端が欠けていた。届く間に割れたのだろう。


 手紙は短かった。


 『セレスティアさまへ


  待ってます。いつまでも。

  クッキーは石段用です。割れてたらごめんなさい。


  フリーデリケ


  追伸。失敗した料理も食べます。わたしは何でも食べます。』


 セレスティアは割れたクッキーをかじった。


 甘かった。焦げた縁が苦い。フリーデリケの味だ。


 「いつまでも、か」


 「ナターシャ」


 「はい」


 「わたし、もう少し頑張れる」


 「お嬢様はいつも頑張っています」


 「うん。でも今はもう少し。フリーデリケのクッキーの分だけ」


 ナターシャは何も言わなかった。ただ微笑んだ。


 割れたクッキーの最後の欠片を口に入れた。


 甘い。焦げてる。美味しい。


 ◇


 その夜。廊下でアレクシスとすれ違った。コンラートが後ろについていた。


 「セレスティア。顔色がいい。何かあったか」


 「手紙が来た。フリーデリケから」


 「フリーデリケ——あのパンを焼く」


 「そう。丸いパンの子」


 「石段の」


 「うん。石段で待ってるって」


 アレクシスが少し考えた。


 「石段に、行きたいな。また」


 「行けるよ。いつかすぐに」


 「いつかすぐ、か。良い言葉だ」


 コンラートが口を挟んだ。


 「フリーデリケのパン、また食えるのか」


 「食べたかったの?」


 「別に。まあ——うまかった」


 「コンラートも石段に来てたんだっけ」


 「一度か二度。そん時にもらった。ラベンダーの匂いがした」


 「フリーデリケ、パンにラベンダーは入れないよ」


 「じゃあ気のせいだ。石段にラベンダーが咲いてた」


 「咲いてるよ。今もフリーデリケが世話してる」


 「そうか。よかった」


 コンラートが短く言った。それだけで十分だった。


 三人で笑った。夜の廊下の隅で。


 フリーデリケのクッキーはもうなかった。でも、甘さがまだ残っていた。


 石段は遠くない。


 フリーデリケの文字が目の奥にあった。「いつ来ても、あなたの席はあります。」


 よし。走ろう。石段に帰るために。


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