表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
断頭台の朝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

165/335

暗殺未遂事件

 それは予想より早く来た。


 王宮の晩餐会。摂政エレオノーラ主催の外交行事。南方問題に関する貴族院議員との非公式な夕食会。


 セレスティアは婚約者としてアレクシスの隣に座っていた。長いテーブル。蝋燭の明かり。銀の食器。水晶の杯。


 二十人ほどの出席者。貴族院の主要議員。大臣数名。近衛騎士団長ジークフリート。そして宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ。


 宰相はテーブルの反対側に座っていた。セレスティアと向かい合う位置。微笑んでいる。いつもの、計算された微笑み。


 晩餐が始まった。前菜が運ばれる。白ワインが注がれる。


 セレスティアはワインを飲まない。十一歳だ。代わりに果実水が杯に注がれた。


 アレクシスの杯にも果実水。王太子も未成年だ。


 会話が始まった。南方の情勢について。アルマンド将軍の動き。国境防衛の強化。


 セレスティアは会話に参加しながら、別のことを考えていた。


 記憶が囁いていた。晩餐会。毒杯。給仕の指。


 杯から目を離さなかった。自分の杯も。アレクシスの杯も。


 給仕が新しい料理を運んできた。メインの肉料理。同時に杯が新しいものに替えられた。


 替えられた。


 セレスティアの目が鋭くなった。


 杯の交換は通常の手順だ。料理が変わるたびに杯も変わる。だが、


 給仕の手の動きを見た。アレクシスの古い杯を下げ、新しい杯を置く。その一瞬、給仕の指が杯の縁に触れた。


 不自然だ。


 給仕は杯の脚を持つ。縁には触れない。それが作法だ。


 縁に触れた。


 指が何かを擦った。


 セレスティアの心臓が凍った。


 毒。


 体が動いた。考えるより先に。


 「殿下」


 声が出た。低く、だが鋭く。


 アレクシスが杯に手を伸ばしかけていた。


 「この杯は——使わないでください」


 アレクシスの手が止まった。


 テーブルの会話が途切れた。二十人の視線がセレスティアに集まった。


 「セレスティア? どうした」


 アレクシスが不思議そうな顔をしている。


 「杯を替えてください。今すぐ」


 セレスティアの声は震えていなかった。だが強かった。有無を言わさない声。


 「何を——」


 「毒です」


 テーブルが凍りついた。


 「給仕が杯の縁に触れました。作法では脚を持つはず。縁に触れたのは、塗布した可能性がある」


 宰相の目が光った。テーブルの向こうで。


 近衛騎士団長ジークフリートが立ち上がった。


 「杯を触るな! 給仕を止めろ!」


 騎士たちが動いた。給仕が捕まった。若い男。二十代。顔が蒼白。


 「杯を検査しろ。今すぐ」


 王宮の魔術師が呼ばれた。杯に魔力探知をかけた。


 結果は——陽性。


 「接触型の毒物です。杯の縁に微量。飲んだ場合、心臓に作用します」


 テーブルが騒然となった。


 「王太子の杯に毒」


 「暗殺未遂だ」


 「犯人は」


 アレクシスの顔が白かった。自分が毒を飲みかけたという事実に、十一歳の少年は、はっきりと恐怖していた。


 だがセレスティアの手を握った。


 「セレスティア。助かった。お前が気づかなかったら」


 「うん。大丈夫。殿下は無事」


 握り返した。冷たい手を。


 宰相がテーブルの向こうで、杯にワインを傾けた。平然と。


 その目がセレスティアを見ていた。


 読めない目。計算の目。だがその奥に何かがある。


 驚きか。あるいは、観察。


 「なぜ気づいた」と、その目が問うていた。


 セレスティアは目を逸らさなかった。


 「たまたま見ていただけです」


 嘘だ。


 宰相はその「たまたま」を信じないだろう。


 ◇


 晩餐会は中止された。


 給仕は拘束された。近衛騎士団による尋問が始まった。


 セレスティアとアレクシスは王宮の一室に移された。コンラートが扉の前に立っている。


 「殿下。大丈夫ですか」


 「大丈夫、と言いたいが、正直、手が震えている」


 アレクシスの手が震えていた。遅れてきた恐怖。


 セレスティアがその手を握った。


 「震えていい。怖かった。わたしも」


 「お前も?」


 「うん。すごく。殿下が杯に手を伸ばした時、心臓が止まるかと思った」


 「止まってないだろうな」


 「止まってない。とくん、って鳴ってる」


 アレクシスが少し笑った。震えながら。


 「お前はなぜ気づいたんだ」


 「給仕の手が不自然だったから。杯の縁に」


 「それは聞いた。でも普通、気づかないだろう。僕は全く気づかなかった」


 「わたしは注意深いの。特に殿下の傍では」


 「秘密だな。お前の秘密の一つ」


 「……うん」


 「聞かない。約束した。でも、助かった。ありがとう」


 「わたしが殿下を守る。約束したでしょう」


 「お互いを守る、だったろう」


 「そうだった。じゃあ次は殿下がわたしを守る番」


 「任せろ。とは言えないな。僕にはお前みたいな目がない」


 「目は鍛えればいい。コンラートに教えてもらって」


 扉の向こうから、コンラートの声が聞こえた。


 「聞こえてるぞ。俺は目の鍛え方なんて知らねえ」


 笑い声が起きた。小さな。震えの残った笑い声。


 ◇


 王宮の廊下を歩いていた。アレクシスの部屋を出て、自分の控え室に戻る途中。ヴォルフが二歩後ろにいる。


 角を曲がった先に、人影があった。


 宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ。


 一人だった。護衛も従者もいない。廊下の窓際に立ち、月明かりの中でセレスティアを見ていた。まるで、ここを通ることを知っていたかのように。


 「アルヴェイン嬢。遅い時間ですね」


 穏やかな声。晩餐会で毒杯が発覚した数時間後とは思えない平静さ。


 「宰相閣下」


 足を止めた。止めるべきではなかったかもしれない。だが素通りすることもできなかった。


 宰相が一歩、近づいた。ヴォルフの気配が鋭くなる。


 「王太子殿下がご無事で何よりです。あなたの観察眼には感服しました」


 「ありがとうございます」


 「ただ」


 宰相の目が細くなった。微笑みは消えない。声も穏やかなまま。だが空気の温度が変わった。


 「一つ、不思議に思いましてね」


 沈黙。


 「給仕の指先。杯の縁。接触型の毒物。それらを瞬時に結びつけるには、相当の知識が必要です」


 心臓が鳴っている。顔には出すな。


 「あなたは十一歳だ。どこでそのような知識を?」


 答えが出なかった。用意していた言い訳が、宰相の目の前では全て薄っぺらく感じた。


 沈黙が伸びた。三秒。五秒。


 宰相は微笑んだ。


 「いえ、野暮な質問でしたね。聡明なお嬢様のことです。ご本を沢山お読みなのでしょう」


 踵を返した。去っていく。足音が廊下に響く。


 最後に、振り向かずに言った。


 「お身体にはくれぐれもお気をつけて。王宮は、物騒ですから」


 足音が消えた。


 セレスティアの膝が笑っていた。壁に手をついて、崩れそうになる身体を支えた。

 ヴォルフが無言で傍に立った。その沈黙が、剣を抜く寸前だったことを物語っていた。


 ◇


 深夜。セレスティアは王宮の一室で、ナターシャと二人きりだった。


 「給仕の素性を調べて」


 「既に動いています。あの給仕は半年前に王宮に採用された新人です。経歴は問題ありません。ですが」


 「でも?」


 「採用を推薦したのはカスパルです」


 やはり。


 カスパルが給仕を王宮に送り込んだ。半年前から。この日のために。


 「カスパルと給仕の接触記録は」


 「調査中です。ですがカスパルは足がつかないように動いているでしょう。直接の接触はないかもしれません」


 「間にもう一人いるはずだ。イルゼ・ハーゼの調査は」


 「進行中です。まだ結果は出ていません」


 「急いで。次の事件が来る前に」


 今世ではセレスティアが毒を発見した側だ。犯人にはされにくい。だが宰相は別の角度から攻める。「なぜ気づいたのか」と。助けたことが疑いを呼ぶ。救ったことが罪になる。


 「ナターシャ。一つ、覚悟を決めた」


 「何でしょう」


 「わたしの異常さは、もう隠しきれない。隠そうとすればするほど、不自然になる。だから」


 「だから?」


 「隠さない。異常さを——武器にする。『この少女は特別だ』と思わせる。恐怖の対象ではなく、希望の象徴として」


 ナターシャの目が見開かれた。


 「希望の」


 「聖魔力は『神の祝福』でしょう。宰相は『脅威』として使おうとしている。わたしは『祝福』として使う。同じカードの、裏表」


 「解釈を先に定義するのですか」


 「うん。宰相が『脅威だ』と言う前に、わたしが『祝福だ』と言う。先に言った方が勝つ。世論は先に定義された印象に引っ張られるから」


 ナターシャは数秒、沈黙した。


 そして微笑んだ。


 「お嬢様。あなたは本当に恐ろしい方です」


 「褒めてる?」


 「最大限に」


 セレスティアは笑った。


 夜の王宮は静かだった。蝋燭の明かりがランプに変わり、廊下からは護衛の足音だけが聞こえていた。


 暗殺未遂の夜は長かった。


 だが朝は来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ