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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第5章 十歳の分岐と婚約

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アレクシスの本心

 午後の王宮庭園には、赤と白と淡い紫の薔薇が咲いていた。王妃エレオノーラが手入れさせている庭園だ。


 セレスティアは庭園のベンチに座っていた。隣にアレクシスがいた。


 護衛はコンラートだけ。少し離れた場所に立っている。聞こえない距離。だが何かあればすぐに駆けつけられる距離。


 「……庭園で二人きりって、変な感じだな」


 アレクシスが言った。照れを含んだ声。


 「石段の方がよかった?」


 「石段だとフリーデリケが来るだろ。あの子がいると、真面目な話ができない」


 「フリーデリケのせいじゃないでしょう。アレクシスが、パンに負けるだけ」


 「パンに負ける……否定できないのが悔しい」


 笑い合った。だがすぐに空気が変わった。


 「婚約の件」


 アレクシスの声が変わった。少年の声から、王太子の声に。


 「うん」


 「貴族院からの推挙だ。正式な手続き。断ることもできるが、政治的には受けるのが自然だ」


 「アレクシスはどう思う?」


 「……」


 アレクシスは薔薇を見ていた。淡い紫の薔薇。


 「正直に言う」


 「うん」


 「君のことは、嫌いじゃない」


 セレスティアの心臓が小さく跳ねた。


 「友人として。信頼している。尊敬もしている。君がいなければ、僕は宰相の操り人形のままだった。それは感謝している」


 「でも?」


 「でも、政治で決められる婚約は、嫌だ」


 アレクシスの目が真っ直ぐだった。風属性の澄んだ目。


 「僕の母上は政略結婚で王妃になった。父上との間に、最初は愛情なんてなかったと聞いている。後から育ったけれど」


 「うん」


 「僕は最初から、自分で選びたい。政治が決めた相手ではなく、自分が選んだ相手と」


 胸が痛んだ。


 「わたしも同じ」


 「え?」


 「わたしも、政治で決められるのは嫌。でもアレクシス、これはわたしたちだけの問題じゃない」


 セレスティアは深呼吸した。


 「婚約を受ければ、わたしはアレクシスの傍にいられる。王宮に出入りできる。宰相派の動きを間近で見られる。アレクシスを守れる」


 「君が僕を守るか。逆だろう。僕が君を守るべきだ」


 「どっちでもいい。お互いを守ればいい」


 アレクシスが目を見開いた。そして笑った。


 「お互いを守る。それは僕の母上と父上みたいだな」


 「王妃様と国王陛下?」


 「ああ。母上は摂政として国を守っている。父上は病床から母上を支えている。お互いを守っている。あれが、結婚ってことなのかもしれない」


 「アレクシス。わたしはあなたに嘘をつかないと約束した。だから正直に言う」


 「うん」


 「婚約を受ける理由は、政治的な計算がある。それは否定しない。あなたの傍にいることで、宰相の動きを監視できる。それはわたしにとって大きな利点」


 「……正直だな」


 「嘘はつかないって約束したから。でも、もう一つ理由がある」


 「もう一つ?」


 セレスティアは指を組んだ。そして、言った。


 「あなたのことが、嫌いじゃない」


 アレクシスの顔が赤くなった。十一歳の少年の、素直な反応。


 「……それは」


 「友人として。信頼している。尊敬もしている。あなたが自分で考え、自分で答えを出す人だと知っている。その人の傍にいたい。政治だけじゃなく」


 「……」


 「でも今はまだ友人。それ以上のことは、もっと大きくなってから考えればいい」


 アレクシスは黙っていた。顔はまだ赤い。風が吹いた。薔薇の花びらが舞った。淡い紫の花びら。


 「……分かった」


 アレクシスの声は上ずっていた。


 「婚約は受ける。政治的な理由もある。でもそれだけじゃない」


 「うん」


 「君の傍にいたい。僕もそう思う。友人として。そして、いつか、それ以上に」


 「いつか」


 「いつか」


 二人で同じ言葉を繰り返した。


 「いつか」の約束。十一歳の「いつか」は遥かに遠い。でも確かにある。


 「……あのさ」


 「なに」


 「こういう話を石段でしなくてよかった。フリーデリケに聞かれたら」


 「一生からかわれる」


 「間違いなく」


 「リディアが南方の結婚の諺を十個くらい作る」


 「全部嘘のやつだろ」


 「たぶん」


 淡い紫の花びらが舞う薔薇の庭園で、十一歳の少年と少女は笑い合った。こうして婚約は決まった。


 ◇


 帰り際。コンラートが近づいてきた。


 「話は済んだか」


 「済んだ」


 「殿下の顔が赤い。風邪か?」


 「風邪じゃない。暑いだけだ」


 「春だぞ。そんなに暑くないだろ」


 アレクシスが咳払いした。セレスティアは笑いを堪えた。コンラートが首を傾げた。


 「なんか変だな。二人とも」


 「変じゃない」


 「変じゃない」


 同時に言った。コンラートがますます首を傾げた。


 「……まあいいや。殿下、帰ろう。訓練の時間だ」


 「ああ」


 アレクシスが歩き出した。振り返った。


 「セレスティア」


 「なに」


 「明日、石段で。いつも通り」


 「いつも通り」


 「パン、頼むぞ。フリーデリケに」


 「自分で頼んだら?」


 「フリーデリケは僕に緊張するんだ。お前から頼んだ方がパンが美味くなる」


 「パンの味は頼む人で変わらないでしょう」


 「変わる。気分の問題だ。フリーデリケの機嫌が良い方が、焼き加減がいい」


 「それは一理ある」


 セレスティアは笑って手を振り、庭園を出ていくアレクシスとコンラートを見送った。


 一人残ったセレスティアは、淡い紫の薔薇の前に立っていた。


 「いつか、か」


 呟いた。薔薇の花びらが一枚、風に舞った。淡い紫。遠くへ、どこまでも。


 その言葉がまだ胸の中で鳴っていた。十一歳で言い合った「いつか」は、まだ形もない。それでも確かにここにある。


 「いつか」を守るために積む。


 セレスティアは庭園を出た。明日のパンを、フリーデリケに頼みに行こう。


 「アレクシスが丸いのがいいって」


 「えっ!? 殿下が直接注文を??」


 フリーデリケが目を丸くした。


 「いや、ちょっと待って。殿下が、わたしのパンを丸くしてほしいって言ったの?」


 声が少し震えていた。緊張しているのか、感動しているのか。


 「フリーデリケ、大丈夫?」


 「だ、大丈夫です!! 明日は絶対に一番丸くて一番おいしいやつを焼きます!!」


 「気合い入りすぎでしょう」


 「当たり前でしょ! 王太子殿下のリクエストですよ!? 蜂蜜も多めに入れます。蜂蜜は幸せな味だから、幸せなことには蜂蜜が必要です」


 「……それは一理ある」


 「一理どころか十理あります」


 フリーデリケが断言した。笑い合った。


 フリーデリケが声を落とした。「庭園、どうでした」


 「秘密」


 「ですよね」フリーデリケが笑った。「おめでとうございます。どんな秘密でも」


 「まだ何も言ってない」


 「言わなくても分かります。セレスティアさまの顔が、ちょっとだけゆるんでる」


 セレスティアは思わず頬に触れた。ゆるんでいたのか。自分では気づいていなかった。


 嘘だ。アレクシスは形の注文はしていない。でもフリーデリケは張り切るだろう。日常が続けば、それでいい。


 ◇


 その日の夕方、ナターシャに報告した。「庭園での話がまとまりました」


 「婚約を受けることに?」


 「うん」


 ナターシャは少し間を置いた。


 「……おめでとうございます、お嬢様」


 静かに、小さな声で言った。


 「ありがとう、ナターシャ」


 ランプの光が、部屋を温かく照らしていた。薔薇の庭園が、目の奥にあった。淡い紫。前世では、この婚約が罠になった。


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