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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第5章 十歳の分岐と婚約

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アレクシスの答え

 昼休み、セレスティアがいつものようにフリーデリケのパンをかじっていた石段に、アレクシスが戻ってきた。階段の下から、足音が聞こえた。


 見下ろすと、金髪の少年が立っていた。風属性を宿す目に、もう曇りはなかった。


 「久しぶりだな。この石段も」


 アレクシスの声だった。


 フリーデリケが「あ」と小さく声を上げた。リディアがパンを噛む手を止めた。アネリーゼが静かに目を伏せた。


 セレスティアは動けなかった。アレクシスが距離を置いてから、二十日が経っていた。二十日間、石段に来なかった。廊下ですれ違っても目を逸らした。その二十日が、今、終わった。


 「殿下」


 「隣、座っていいか」


 「どうぞ」


 アレクシスがセレスティアの隣に座った。石段の定位置。以前と同じ場所。


 フリーデリケが黙ってパンを差し出した。アレクシスは受け取った。


 「……丸いな」


 「今日は丸い日です」


 フリーデリケがぎこちなく笑った。王太子に話しかけるのはまだ慣れていない。リディアが言った。


 「南方では、久しぶりに食卓へ戻った人には、最初の一口を無言で食べさせるの」


 「本当の諺?」


 「本当。たぶん」


 「たぶんか」


 五人で石段に座った。パンを食べた。チーズを分けた。干し果物をつまんだ。


 何も聞かなかった。なぜ来なかったのかも。何を考えていたのかも。


 アレクシスが自分で話し始めるまで、待った。


 ◇


 昼休みの終わり。フリーデリケとリディアとアネリーゼが先に教室に戻った。


 石段にセレスティアとアレクシスだけが残った。


 「セレスティア」


 「うん」


 「考えた。二十日間、ずっと」


 「うん」


 「君に秘密があることは分かっている」


 セレスティアの心臓が跳ねた。


 「三歳の頃から、母上の薬に疑問を持って兄君を動かした。大人でも気づかなかった危険を避け、貴族院では集めた情報を数えていた。全部を『勉強した』だけでは説明できない」


 「……うん」


 否定しなかった。できなかった。


 「カスパルは言った。『秘密がある人間は危険だ』と。『彼女が何を隠しているか分からない以上、信用すべきではない』と」


 「……」


 「カスパルの言葉は、論理だけで考えれば正しい。秘密がある人間を信用するのは、合理的ではない」


 合理的ではない。イザベラの言葉と同じだ。それでも、アレクシスは顔を上げた。


 「でも、僕はカスパルの言葉を信じなかった」


 セレスティアが顔を上げた。アレクシスの目は澄んでいた。曇りが消え、風の魔力を思わせるほど透明だった。


 「なぜ?」


 「コンラートが言ったんだ。『言えないことがあるのと嘘をつくのは違う』と」


 コンラート。


 「コンラートは馬鹿だ。政治も陰謀も分からない。けど、人を見る目だけは正確だ。あいつが『嘘じゃない』と言ったものは、今まで一度も外れたことがない」


 アレクシスの声が震えた。十歳の少年の声。


 「僕は、カスパルの理屈とコンラートの勘のどちらを信じるか、二十日間考えた」


 「それで?」


 「コンラートを信じることにした」


 セレスティアの目から涙が溢れた。堪えようとした。堪えられなかった。


 「あ、ごめん。泣くつもりじゃなかったのに」


 「泣くな。僕はまだ話し終えていない」


 アレクシスの声は少し慌てていた。十歳の少年が、泣いている少女の前で困っている声。


 セレスティアは涙を拭った。けれど、次から次へと溢れてきて、拭いきれなかった。


 「セレスティア。僕はもう、君の秘密を知りたいとは言わない」


 「え?」


 「知りたかった。ずっと。なぜ君はそんなに聡明なのか。なぜ何でも知っているのか。でも、考えが変わった」


 アレクシスが空を見上げた。春の空。高い雲。


 「コンラートが言ったんだ。『秘密があるってことは、理由があるってことだ。理由があるなら、話せる時が来るまで待てばいい』と」


 コンラート。あの少年は、何でもない顔で核心を突く。


 「全てを教えてくれなくていい。秘密があっていい。ただ、嘘だけはつかないでくれ」


 「……約束する。言えないことはある。でも、嘘はつかない」


 「それでいい」


 アレクシスが手を伸ばした。セレスティアの手を握った。


 小さな手と小さな手。十歳の少年と十歳の少女。


 「僕は君を信じることにした。秘密があっても、理由が分からなくても。君の行動を見て、信じると決めた」


 「殿下」


 「言葉は嘘をつける。でも行動は、ずっと見ていればごまかせない。君は摂政の時も、その前も、僕を守ろうとしてくれていた。見てきたから分かる」


 理屈ではなく、行動で判断した。カスパルの言葉よりも、セレスティアの行動を信じた。


 「ありがとう、殿下」


 「アレクシスでいい。友人なんだろう」


 「ありがとう、アレクシス」


 手を握ったまま、二人は石段に座っていた。春の風が吹いた。桜に似た花びらが舞った。カスパルの工作は失敗した。


 いや、正確には、アレクシスがカスパルの工作を自分の力で乗り越えた。


 宰相の毒は効かなかった。十歳の少年が自分で考え、自分で答えを出したのだ。


 セレスティアは泣いた。声を殺して。手を握ったまま。


 「アレクシス」


 「なんだ」


 「わたしね、言えないことがある。今は話せない。でもいつか、全部話せる日が来ると思う」


 「待ってる」


 「長くなるかもしれない」


 「構わない。僕はこの二十日間で、待つのが得意になった」


 セレスティアは笑った。涙の混じった笑顔。


 「あ。パン、もう一個食べる?」


 「もらう」


 フリーデリケが残していったパン。丸いパン。二人で分けた。半分ずつ。石段の上で。春の風の中で。


 友情が戻った。完全ではない。秘密はまだある。疑問も消えていない。


 疑問は残っていても、信頼は戻った。それで十分だ。


 ◇


 その夜、セレスティアは分析ノートを開いた。


 『アレクシスが戻ってきた。


 「嘘だけはつかないでくれ」と言われた。

 約束した。


 嘘はつかない。言えないことはある。でも嘘はつかない。


 これは重い約束だ。

 前世の記憶は秘密にする。でも嘘はつかない。


 「なぜそんなに聡明なのか」と聞かれたら、「言えない」と答える。「勉強したから」とは、もう言わない。あれは嘘だったから。


 嘘をつかない。それだけで関係は変わる。


 カスパルの工作は失敗した。コンラートの一言が、アレクシスを救った。

 「言えないことがあるのと嘘をつくのは違う」。


 コンラートは自分がどれほど大きなことをしたか、多分分かっていない。


 それから、イザベラ。

 今日、廊下で声をかけられた。「テオドールの報告書が父の手元にある」と。

 あの一言で報告書の存在を知った。


 イザベラは動いた。沈黙から、行動へ。

 あの子は変わり始めている。ゆっくりと。自分のペースで。


 セレスティア 記す


 追記。

 今日は丸いパンだった。

 アレクシスと半分こした。

 おいしかった。』


 ノートを閉じた。枕の下のラベンダー。南方の木の実。そして今日、アレクシスが握ってくれた手の温もり。セレスティアは目を閉じた。


 今夜は悪夢を見ない気がした。初めて。ラベンダーがなくても眠れる気がした。


 友人が戻ってきた夜。十歳の夜は温かかった。


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