↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第5章 十歳の分岐と婚約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/383

父と娘の戦略会議

 月に一度の帰省日だった。寮外活動の制限は敷かれたが、父の書面許可があれば帰省は可能だ。セレスティアは申請を出し、三日待ち、ようやく許可を得た。


 以前は即日許可だった。三日待たされること自体が、宰相派の嫌がらせだ。だが怒っても仕方がない。三日で済んだだけましだと思うことにした。


 公爵家の馬車がセレスティアを迎えに来た。御者台にヴォルフが座っていた。


 「ヴォルフ」


 「お嬢様」


 いつもと変わらない。寡黙。無表情。だが、ヴォルフがいるだけで、空気が変わる。安全の気配。


 馬車の中で、セレスティアはナターシャと今日の議題を確認した。


 「お父様との定例会議。議題は三つ。一、テオドールの保護状況。二、現状の勢力図。三、今後の方針」


 「公爵閣下はお忙しいようです。摂政エレオノーラ様の補佐と、貴族院の調整で」


 「それでも時間を作ってくれる。お父様は、ちゃんとわたしを見てくれている」


 ◇


 公爵邸の書斎では、ライナルト・フォン・アルヴェイン公爵が、机の上に地図と書類を広げて待っていた。


 「セレスティア。よく来た」


 「お父様。お元気そう」


 「元気ではないが、生きている。それで十分だ」


 父の顔には疲労が見えた。だが目は鋭い。


 「座りなさい。ヘルマンも呼んである」


 書斎の隅にヘルマン・ゲルツが控えていた。白髪の老家臣。鋭い目。手紙の中でしか知らなかった「若き日のヘルマン」の面影が、目元にかすかに残っている。


 「ヘルマン。テオドールの件から」


 「はい。フェリクス坊ちゃまとヴォルフ殿が、テオドールの身柄を確保いたしました。現在、公爵家の別邸に匿っております」


 「無事に?」


 「無事に、とは言い切れません。マティアスの監視に気づかれた可能性があります。テオドールの宿からの移動を、尾行されていた形跡が」


 セレスティアの眉が寄った。


 「宰相に知られた?」


 「テオドールが公爵家の保護下に入ったことは、遠からず宰相の耳に届くでしょう。問題は、宰相がどう動くかです」


 父が口を開いた。


 「テオドールを奪還しに来るか、あるいは、テオドールの信用を潰しにかかるか」


 「テオドールの信用を?」


 「テオドールが公爵家に保護された場合、宰相は二つの対応が取れる。一つ、テオドールを物理的に取り戻す。だがこれは公爵家との直接対立になるため、危険が大きい。もう一つ、テオドールの証言の信用性を予め潰しておく。『テオドールは公爵家に買収された嘘つきだ』と」


 「……先に言い触らされたら、テオドールの証言が使えなくなる」


 「その通りだ」


 ヘルマンが頷いた。


 「第三段階です。宰相は集めた情報を、使う。ただし、今回はテオドールを『証拠』に使うのではなく、テオドールが公爵家に寝返ったことを利用して、公爵家を『証人買収者』に仕立て上げる可能性がある」


 攻守が入れ替わる。テオドールを保護したことが、逆に弱点になり得る。


 「……でも、保護しないわけにはいかなかった」


 「もちろんです。保護は正しい判断です。問題は、保護した後の対処です」


 父がセレスティアを見た。


 「セレスティア。ここからは君の意見を聞きたい。現状の勢力図を整理しよう」


 セレスティアは深呼吸した。


 「継続的な協力が確認できるのは、公爵家。王妃エレオノーラ様が摂政として動いてくれている。モンテヴェルデ侯爵家。ヴィオレッタが繋いでくれた。辺境伯家。コンラートの父上。オスヴァルト、魔術師長として技術的な支援。リディアさま、南方の知識と情報。ニコラスの情報網、裏社会の動き」


 「対立行動を取っている者は」


 「宰相ヴィクトール本人。副宰相マティアス。カスパル。ルシアンは利用されている立場で、本人の意志はまだ確認できていません」


 「立場が固定されていない者は」


 「神殿。大神官は聖魔力を理由に介入を狙っている。貴族院で態度を決めていない者たち、ブリュンヒルデ男爵、ヴァルトシュタイン子爵、シュテルン伯爵ら。この人たちは摂政選出では賛成してくれたけど、次もそうとは限らない。そして」


 セレスティアは一瞬、言葉を切った。


 「アレクシス殿下」


 部屋の空気が変わった。


 「殿下は、今、揺れている。カスパルに疑念を植え付けられた。わたしに秘密があることに気づいている。距離を置いている」


 「アレクシス殿下が何を確かめ、どう判断するかで、全てが決まる」


 父の声は静かだった。だが重かった。


 「殿下が宰相の判断に従えば、摂政体制が崩壊する。殿下が自分で事実を確かめるなら、王権は特定の派閥ではなく法を支える力になる」


 「鍵はアレクシス殿下なのね」


 「常にそうだ。この国の鍵は、常に王位継承者が握っている」


 セレスティアは俯いた。


 アレクシスにこちらを選ばせてはならない。必要なのは、誰かの言葉ではなく、自分で事実と証拠を確かめてもらうことだ。アレクシスは「考える時間がほしい」と言った。追えば逃げる。待つしかない。


 「お父様。アレクシス殿下のことは、待ちます」


 「待つ?」


 「殿下は自分で考えている。カスパルの言葉に流されそうになりながらも、自分の目で見て判断しようとしている。その判断を、信じたい」


 父は少し驚いた顔をした。そして、微笑んだ。


 「……信じて待つか。政治の世界では珍しい戦略だな」


 「戦略、かな。ただ、信じたいだけ」


 「それでいい。信じて待つのも、立派な戦略だ」


 父がセレスティアの頭を撫でた。大きな手。温かい手。


 「お父様」


 「なんだ」


 「ありがとう。わたしの話を、ちゃんと聞いてくれて」


 父の目が、一瞬だけ揺れた。


 「……お前に謝らなければならないことがある」


 「え?」


 「お前が三歳の時から、お前は異常なほど聡明だった。母の薬に疑問を持ち、フェリクスを動かして毒を見つけさせた。五歳で情報戦をやった。七歳で人を見抜いた。九歳で貴族院を動かした」


 「……うん」


 「私は、そのお前の聡明さに、甘えていた。娘に頼りすぎていた。十歳の子供に、国の命運を背負わせていた」


 セレスティアは息を呑んだ。


 「お前は子供だ。どれほど聡明でも、十歳の子供だ。それを、忘れていた時期がある。策士としてのお前だけを見て、娘としてのお前を見ていなかった」


 「お父様」


 「すまなかった」


 公爵が頭を下げた。セレスティアに。ヘルマンが目を伏せた。セレスティアの目から、涙が落ちた。


 「お父様。わたしは、好きで背負ってるの。誰かに頼まれたからじゃない。自分で選んで、背負ってる」


 「それでも、お前が泣いていい場所は、ここにある。父の前では、子供でいていい」


 セレスティアは泣いた。声を殺して。肩を震わせて。


 石段ではフリーデリケの前で泣けなかった。ナターシャの前では泣かなかった。リディアの前では手を握って支えた。アネリーゼの前では指示を出した。でも、父の前では、泣ける。十歳の子供に戻れる。ほんの一瞬だけ。


 「……ありがとう、お父様」


 「礼を言うのは私の方だ。お前がいなければ、この家はとっくに潰れていた」


 「わたしがいなくても、お父様は強い」


 「そうでもない。だが、お前がいるから強くなれた。それは確かだ」


 ヘルマンが小さく咳払いした。


 「……失礼ですが、会議を続けてもよろしいでしょうか」


 「ああ。すまない、ヘルマン」


 父が照れたように咳払いした。セレスティアは涙を拭いた。


 「今後の方針です」


 ヘルマンが切り出した。


 「テオドールの保護は完了しました。次にすべきは、防御ではなく、攻撃の準備です」


 「攻撃?」


 「宰相を法廷で裁く。嬢様がそう仰ったと、ナターシャから聞いております」


 セレスティアは頷いた。


 「宰相を倒すには、法で裁くしかない。そのための証拠を集めている。魔力暴走装置の物証。テオドールの証言。母上の毒殺未遂の処方箋。他にも」


 「他にも必要です。宰相を法廷に立たせるには、最低でも貴族院の三分の二の賛成が要る。証拠だけでなく、政治的な多数派工作が必要です」


 「三分の二……三十五票」


 摂政選出の時は二十七票で勝った。あと八票足りない。


 「八票をどこから集めるか、が、次の戦いです」


 父が地図を指した。貴族院の議員名簿が広げてある。


 「態度を決めていない議員に、もう八人、証拠を示して判断を求める」


 「時間はあります。急ぐ必要はない。証拠を集めながら、一人ずつ」


 ヘルマンの言葉に、セレスティアは頷いた。


 「お父様。もう一つ」


 「なんだ」


 「フェリクスお兄様が魔力暴走装置の分析を続けている。あの装置は、わたしの魔力波形に特化した罠だった。つまり宰相は、わたしの魔力を密かに測定した。いつ、どこで、誰が、それを突き止めたい」


 ヘルマンの目が光った。


 「魔力の測定……嬢様が学園に入る前ですか、後ですか」


 「装置が仕掛けられたのは五歳の時。測定はそれ以前のはず」


 「五歳以前……公爵邸で測定された可能性がありますな。出入りの魔術師がいたかもしれない」


 「ヘルマン、調べてくれる?」


 「もちろんです。過去の公爵邸への来訪者記録を洗い直します」


 新しい糸が見えた。宰相の情報網の、まだ見えていない部分。


 それを一つずつ辿っていけば、やがて宰相の全体像が見える。


 ◇


 帰りの馬車の中で、セレスティアは窓の外を見ていた。王都の街並みが流れていく。


 「ナターシャ」


 「はい」


 「お父様が、謝ってくれた」


 「……そうでしたか」


 「前世では、なかったの。お父様がわたしに謝ることは。わたしの目を見て話すことすら、ほとんどなかった」


 ナターシャは黙って聞いていた。


 「お父様は、変わった。でもお父様自身が、変わろうとしてくれた」


 「公爵閣下は、お嬢様を誇りに思っておいでです」


 「知ってる。それが、嬉しくて、怖い」


 「怖い?」


 「期待に応えられなかったら、って。前世では応えられなかった。全部壊れた」


 「今世は違います」


 「うん。今世は、違う。お父様がいる。お兄様がいる。ナターシャがいる。みんながいる」


 馬車が学園の門に着いた。セレスティアは降りる前に、もう一度窓の外を見た。夕焼け。赤い空。


 「あと八票」


 セレスティアは、宰相を法廷に立たせるために必要な残り八票を思い、静かに呟いた。一票ずつ集め、一人ずつ信じてもらうのだ。


 時間はかかる。でも、急がない。急いで壊すより、ゆっくり積む方がいい。


 父が教えてくれた。信じて待つのも戦略だと。


 「行ってきます」


 馬車を降りた。夕暮れの学園に戻った。寮の廊下で、フリーデリケとすれ違った。


 「おかえり、セレスティアさま! お父様お元気だった?」


 「うん。元気だった」


 「よかった。あ、今日の夕食、豆のスープだって。わたし豆のスープ好きなの」


 「わたしも好き」


 「一緒に食べよ」


 「うん」


 セレスティアは笑った。今日一番の、自然な笑顔で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。