魔力暴走の真相
フェリクスからの手紙は、予想より早く届いた。
届いた手紙は二通あり、一通はテオドールの件への返事、もう一通は、別の件だった。テオドールの件は簡潔だった。
『妹へ。
テオドールの保護について了解した。ヴォルフと連携して動く。三日以内に身柄を確保する。
聖魔力と知覚の鋭敏さに関する資料の検証も進めている。事実と推測を分け、反証可能な仮説として論文にまとめるには二週間ほしい。
フェリクス』
三日。五日かかると思っていた保護が、三日に短縮された。フェリクスの行動力に感謝した。問題はもう一通だった。
『妹へ。
以下は別件だ。重要度は高い。
王宮魔術師長オスヴァルトから連絡があった。
お前が五歳の時に王宮教育課程で起きた魔力暴走事件について、再調査の結果が出た。
結論から言う。あれは事故ではない。オスヴァルトが暴走した魔力炉の残骸を再分析したところ、炉の中に外部から埋め込まれた装置の破片が見つかった。
装置の機能は「特定の魔力波形に反応して起動し、同じ波形を模した魔力を炉へ注ぎ込む」というもの。一度起動すれば、標的が離れても蓄積と放出は止まらない。
つまり、罠だ。特定の人間が近づいた後、その者の魔力が炉を暴走させたように見せる誘発装置。
そして、この装置が反応する魔力波形は、光属性と闇属性の混合波形。
すなわち、お前の聖魔力だ。
装置には出力制限もあった。演習場の結界を破壊しない範囲に調整されている。人を確実に殺すための兵器ではない。だが中にいれば、未制御の魔力波を浴び、魔力酔いや重い傷を負う危険はあった。
セレス。あの暴走事件は、お前を危険人物に仕立てるための工作だった可能性が高い。怪我人が出ても構わないと考えた者の仕業だ。
装置の製造元を追跡中だが、使用されている魔力刻印の様式から、王都の特定の魔術工房の製品と推定される。その工房は、宰相派が直轄する施設だ。
物証が一つ手に入った。だがこれだけでは宰相を直接追い詰めるには足りない。工房が宰相の命令で動いた証拠が必要だ。
装置の原理について分析を続ける。結果が出次第、改めて報告する。
妹よ。お前は五年前、事故の犯人にされかけていた。
そのことを、忘れるな。
フェリクス・フォン・アルヴェイン』
セレスティアは手紙を読み終えて、椅子の背にもたれた。五年前。五歳。
王宮教育課程の基礎魔術実技演習。魔力炉が暴走し、演習場が半壊した。セレスティアは異常を察して退室し、オスヴァルトの判断で全員が避難したため、怪我人は出なかった。
当時は、魔力炉の老朽化を原因とする事故として処理された。だが、それは嘘だった。
あれは罠だった。セレスティアの魔力に反応し、同じ波形を炉から放つ誘発装置。
「……五歳の子供に、濡れ衣を着せるために」
声が震えた。怒りではない。恐怖でもない。もっと冷たいもの。
宰相は、五歳の少女を、国にとって危険な存在にしようとした。あの場には、イザベラもいた。
だから殺すための装置ではなかった。結界が止める出力に抑え、娘を含む子供たちを目撃者にする。多少の怪我や魔力酔いは、計画の代価として切り捨てる。
娘まで計算の駒にした。その冷たさの方が、無差別な殺意よりも宰相らしかった。
「先手を打たれていた。五年も前から」
摂政選出の遥か前。学園に入る前。ヴィオレッタが味方になる前。アレクシスとの友情がようやく始まった頃。
宰相はあの時点で、セレスティアを排除しようとしていた。
三百年前のエステルも、こうだったのだろうか。力を持って生まれただけで、排除の対象になる。民意を理由に処刑される前に、誰かが罠を仕掛けていたのかもしれない。
「ナターシャ」
「はい」
「この手紙、読んで」
ナターシャが手紙を読んだ。表情が変わった。唇が引き結ばれた。
「……魔力炉の件は、当時わたしも調べました。事故だと結論づけた、わたしの見落としです」
「ナターシャのせいじゃない。装置は炉の内部に埋め込まれていた。外からは見えない」
「ですが」
「いい。過去の見落としを悔いるより、今この物証をどう使うかを考えよう」
セレスティアは立ち上がった。部屋の中を歩き回った。考えを整理する癖。
「物証がある。魔力暴走装置の残骸。宰相派の工房の製品」
「ですが、お兄様が書いている通り、工房と宰相を直接結ぶ証拠がありません」
「うん。工房が宰相の命令で動いたという証拠がない。工房は『独自の判断でやった』と言い逃れできる」
「ではこの物証は使えない?」
「今は、使えない。でも持っておく。カードとして」
セレスティアの目が鋭くなった。
「裁判に使えるカードが一枚増えた。テオドールの証言と、この物証。まだ足りないけど、一枚は一枚」
「裁判?」
「いつか、宰相を法廷に引きずり出す。その日のために、証拠を集める。一枚ずつ。何年かかっても」
ナターシャは息を呑んだ。
「お嬢様。それは、途方もない計画です」
「うん。途方もない。でもそれ以外に、宰相を倒す方法はない。暗殺するわけにはいかないし、政治的に追い落とすだけでは、あの男は復活する。法で裁かなければ、終わらない」
セレスティアは机上の記録紙をナターシャの方へ押し出した。
「ナターシャ。裁判カードの目録を作って。今持っているカードと、これから集めるべきカードの一覧」
「承知いたしました」
「現時点のカード。一、魔力暴走装置の物証。二、テオドールの証言(確保予定)。三、ディートリヒの件の記録(家臣の裏切りが宰相の指示だった証拠、これはまだない)。四、母上の毒殺未遂の証拠(処方箋をローレンツが持っている)。五」
五つ目を言いかけて、止まった。五つ目。イザベラ。
宰相の娘。セレスティアの闇属性を目撃し、報告しなかった少女。
「イザベラのカードは、まだ切れない」
「イザベラ嬢の件は、慎重に扱うべきですね」
「うん。焦らない。イザベラが自分で選ぶまで、待つ」
◇
翌日、セレスティアは図書室でフェリクスへの返信を書いた。
『おにいさまへ。
魔力暴走の件、ありがとう。
五歳の時に危険人物に仕立てられかけたことは、正直、怖いです。
でもそれは、宰相がわたしをそれだけ脅威に感じていたということでもある。
五歳の子供に濡れ衣を着せる必要があると判断するほどに。
物証は保管してください。使う時が来るまで。
テオドールの保護、お願いします。
理論構築は急ぎません。正確さを優先してください。
一つ聞きたいことがあります。
おにいさまが分析した装置の原理について。
あの装置は「わたしの魔力波形に特化した罠」だと書いてありました。
つまり、宰相はわたしの魔力波形を、五歳の時点で知っていたということですか?
だとしたら、誰が測定したのですか。
わたしは正式な魔力測定を受けたことがありません。
誰かが、わたしの知らないうちに、わたしの魔力を測定した。
それは、いつ、どこで、誰が?
この疑問の答えが見つかれば、宰相の情報網の一端が掴めるかもしれません。
セレスティアより』
手紙を封じた。新しい疑問が生まれた。五歳の時点で、宰相はセレスティアの魔力波形を知っていた。正式な測定なしに。
誰かがセレスティアの魔力を、密かに測定した。
学園の中に。あるいは公爵家の中に。宰相の目がある。
「……まだ見えていない敵がいる」
呟いた。テオドール。カスパル。それだけではない。もっと深い場所に、宰相の目がある。七年前から。セレスティアが三歳の時から。
宰相の手は、どこまで伸びているのか。セレスティアは図書室の窓から外を見た。中庭が見える。石段が見える。フリーデリケが誰かと話しているのが見える。あの石段まで、宰相の手は届くのか。
届かせない。何があっても。
セレスティアは手紙をナターシャに預け、石段に向かった。
昼休みはまだ終わっていない。パンがまだ残っているはずだ。
戦いの合間の三十分。それだけが、セレスティアを人間のままでいさせてくれる。石段を登った。フリーデリケが手を振った。
「セレスティアさまー! 今日のパン、星型だよ!」
「星型?」
「うん! パン屋さんが新しい型を買ったんだって!」
「……かわいい」
星型のパンをかじった。甘かった。
五年前に仕掛けられた罠が、石段の上だと遠くなる。それがいいのか悪いのか、セレスティアにはわからなかった。ただ、遠くなることが、今は必要だった。




