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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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10歳の分岐点

 十歳になった。


 誕生日は静かだった。学園の寮で、フリーデリケとリディアとアネリーゼがパンとチーズで祝ってくれた。石段の上で。


 フリーデリケが花冠を作ってきた。春の野の花を摘んで、輪にして。歪んでいた。左右の高さが違う。でも、本物の花を使っていた。


 「セレスティアさまの頭に合わせて作ったんですけど、頭の大きさが想像より難しかったです」


 「おめでとう、じゃなくて謝罪から始まるの」


 「おめでとうございます!! そして花冠の形についてはご容赦を!!」


 「ありがとう、フリーデリケちゃん」


 リディアがサフランクラッカーをテーブルに置いた。「南方のお祝い菓子。甘くないけど」


 「甘くないお祝い菓子?」


 「南方では甘さは日常のもの。お祝いの日には辛みの強いものを食べる。辛みは覚醒を意味するから」


 「新しい年を、眠ったまま迎えるな、ということ」とアネリーゼが補った。


 アネリーゼが両手を組んだ。「お祝いの祈りを唱えていいですか」


 「もちろん」


 アネリーゼが静かに唱えた。光の神への短い祈り。聞き慣れない古語交じりの言葉だったが、リズムが美しかった。フリーデリケが両手を胸に当てて聞いていた。


 セレスティアは笑った。


 あと八年。


 その数字が、誕生日の夜、日記帳の上に浮かんだ。


 ◇


 夜。自室。


 フリーデリケたちが帰ってから、部屋に一人になった。ヴィオレッタは別の用事があると言って夕食後に出かけていた。


 セレスティアは日記帳を開いた。この日記は暗号で書いている。ヴォルフに教わった暗号。万が一発見されても読めないように。毎夜書いてきた日記が、もう三冊になった。


 ペンを取り、書き始めた。


 『十歳の誕生日。


 前世との差異を整理する。


 【変えたこと】

 一、母リリアーナの生存。前世では毒により衰弱死した。今世では解毒に成功し、回復。母は今、王妃との手紙を通じて政治の裏で動いている。

 二、父エドヴァルトの味方化。前世では父は政治に消極的で、宰相の圧力に屈した。今世では早くから情報を共有し、父は公爵として前面に立っている。

 三、王太子アレクシスとの信頼関係。前世ではアレクシスは宰相に完全に取り込まれた。今世では友人として繋がり、摂政選出で自分の意思を示した。

 四、ヴィオレッタとの友情。前世ではヴィオレッタは宰相に使われていた。今世では二重スパイとして味方になり、父モンテヴェルデ侯爵を宰相から解放した。

 五、王妃エレオノーラの摂政就任。前世ではあり得なかった。今世では実現した。


 【変えられていないこと】

 一、宰相の権力。摂政選出で敗北したが、宰相はまだ貴族院に二十五票を持ち、官僚機構と軍の一部を掌握している。報復が始まっている。

 二、処刑への道筋。前世で処刑された直接の理由は「聖魔力による反逆の嫌疑」。今世でも聖魔力の存在は完全には隠せていない。ルシアンとイザベラが闇を見た。

 三、アレクシスの変質の兆し。前世ではアレクシスは宰相に取り込まれ、セレスティアを敵と見なすようになった。今世でも——カスパルがいる。アレクシスの傍の毒。

 四、自身への疑惑。「なぜ九歳の少女がこれほど聡明なのか」。その疑問を持つ人間が増えている。説明できない知識。説明できない判断力。


 【新たな変数】

 一、リディア・カルヴァリオ。南方魔術の使い手。聖魔力制御の鍵。前世には存在しなかった同盟者。

 二、コンラート・ヴァイスハウプト。騎士見習い。アレクシスの護衛。前世では面識がなかった。今世ではアレクシスと繋ぐ架け橋。

 三、アネリーゼ。神官見習い。治癒師。心の傷を癒す第三段階の治癒——聖魔力との関連。前世では知らなかった可能性。

 四、ルシアンの敵意。前世ではルシアンは影の薄い存在だった。今世では積極的に敵対している。マティアスの教育か、ルシアン自身の意志か。

 五、イザベラの複雑な立場。敵でも味方でもない。沈黙を選んだ宰相の娘。前世にはなかった変数。


 あと八年。処刑の日まで、あと八年。


 セレスティア 十歳の誕生日に』


 日記を閉じた。暗号の文字が乾くまで待ち、引き出しの奥に仕舞った。


 十歳。前世の記憶は少しずつ薄れていく。あの頃の顔も、声も、曖昧になっている。鮮やかに残っているのは——処刑台の冷たさと、誰も来なかった牢獄の夜だけだ。


 それでいい。忘れていい。今世の記憶の方が、よほど鮮やかで、よほど温かい。


 ◇


 窓を少し開けた。


 春の夜の空気が入ってきた。星が見える。


 フリーデリケが帰る時、「また明日」と言っていた。


 当たり前の言葉だ。当たり前の約束。だがその「また明日」が——当たり前でなかった時間を、セレスティアは知っている。


 今は——ある。明日が。


 フリーデリケが花冠を作ってきた。歪んだ花冠。でも、摘んできた花は本物だった。


 ◇


 翌朝。石段。


 「ねえ、セレスティアさま。十歳になって何か変わった?」


 フリーデリケが聞いた。


 「んー。とくに」


 「背は伸びた?」


 「一ミリくらい」


 「一ミリって計れないでしょ」


 「気持ちの問題」


 リディアが口を挟んだ。


 「南方では十歳は大人の入り口よ。十歳から弓を持たされるの」


 「弓?」


 「弓が引けたら一人前。引けなかったら——もう一年子供」


 「わたしたぶん引けない」


 「大丈夫。私も引けなかった。十一歳でやっと」


 「それ大丈夫じゃない」


 アネリーゼが静かに言った。


 「神殿では十歳は『祈りの年』です。十歳になったら、自分のための祈りではなく、他者のための祈りを始める年」


 「他者のための祈り……」


 「はい。自分が幸せになるためではなく、誰かの幸せを願うために祈る。それが十歳から」


 セレスティアは空を見上げた。春の空。青い。雲が高い。


 他者のために祈る。


 「十歳、悪くないかも」


 呟いた。


 フリーデリケが「どういう意味?」と聞いた。


 「これからは、自分のことより誰かのことを考えるって、決めた。アネリーゼさまの話を聞いて」


 「えっわたし?」フリーデリケが少し不思議そうな顔をした。「セレスティアさまって、最初からもうそれしてると思うんですけど」


 「してなかったよ。ちゃんとは。自分が怖かったから動いていた部分があった。誰かを守りたかったのは本当だけど、それと同じくらい——自分が怖かった」


 「そう?」


 パンをかじった。チーズを食べた。干し果物を分け合った。


 コンラートが午後に来た。パンを一つ持っていた。


 「セレスティア。誕生日、おめでとう」


 「ありがとう、コンラートさま」


 「朝、ちゃんと食べたか」


 「食べたよ」


 「なら、これは余分だな」とコンラートはパンを差し出した。「でも食べろ」


 「なんで」


 「祝いだから」


 受け取った。コンラートはそれ以上何も言わなかった。ただ石段の端に腰を下ろして、セレスティアと同じ方向を向いた。


 「コンラートさま。ありがとう、来てくれて」


 「当然だろ」


 石段の上の、ただの昼食。


 春の風が吹いていた。藤の花の香り。昨日は花冠の香りがした。今日は風の香りだ。


 リディアが石段の四段目で空を見ている。アネリーゼが二段目で目を閉じていた。フリーデリケが三段目で干し果物を袋から出している。コンラートが端に腰を下ろして黙っていた。


 五人。昨日と同じ顔ぶれ。


 十歳の誕生日の翌日。それだけのことだ。それだけが——大切だ。


 パンを齧った。



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