騎士見習いの誓い── コンラート視点
俺の剣は、殿下を守るためにある。
それが騎士としての誓いだ。近衛騎士に任じられた時、ジークフリート団長の前で膝をつき、剣に手を置いて誓った。王太子を守る。命に代えて。
嘘じゃない。本気の誓いだ。
でも——正直に言う。
セレスティアが「一緒に戦ってほしい」と言った時、俺は殿下のためじゃなく、あいつのために剣を抜いた。
◇
六歳で初めて会った。
俺は辺境伯の息子だが、学園に入る前は王都の武官の家に預けられていた。父は忙しかったし、北方は子供が暮らすには厳しすぎたから。武官の家の人間は良い人たちだった。俺を子ども扱いしなかった。剣の稽古にも付き合ってくれた。
武官の家の近くに道場があった。毎日通った。剣を振るのが好きだった。言葉が下手な分、剣は正直で分かりやすかった。打てば打った分だけ上手くなる。
ある日、道場の帰り道で——喧嘩を見た。
三人の子供が一人の子供を囲んでいた。殴っている。蹴っている。囲まれている子供は丸くなって耐えていた。
俺は飛び込んだ。考えるより先に体が動いた。
喧嘩に入る時は、いつもそうだ。考えてから動くのでは遅い。道場の師匠が「体で覚えた技は、頭より速い」と言っていた。
三人を殴り飛ばした。——六歳にしては力が強かった。父譲りだ。辺境の子供は早くから鍛えられる。
でも三人のうち一人が石を拾って、俺の額に投げた。当たった。血が出た。
三人は逃げた。俺は額を押さえてうずくまった。血がだらだら流れた。痛い。
「大丈夫ですか——」
声がした。小さな声。
目を開けると——銀色の髪の女の子が立っていた。
六歳くらい。小さい。白い肌。薄紫の目。綺麗な子だなと思った。——六歳の俺にも分かるくらい綺麗だった。
どこから来たのか分からなかった。さっきまでいなかったはずだ。喧嘩の声を聞いて走ってきたのか。それとも最初から遠くで見ていたのか。
「血が——出てます。少しだけ——治せます」
小さな手が俺の額に触れた。
温かい光が広がった。淡い、白金色の光。額の痛みが——すうっと引いていった。
「すごい——何だこれ」
「光魔力——の、ちょっと違うやつです。うまく説明できないけど——」
「治った。すげえ」
女の子が微笑んだ。少しだけ照れたように。
「全部は治せないけど——血は止まったと思います」
「ありがとう。——お前、名前は」
「セレスティアです。セレスティア・フォン・アルヴェイン」
長い名前だなと思った。
「俺はコンラート。コンラート・ヴァイスハウプト」
「コンラートさん。——あの子は大丈夫? いじめられてた子」
振り返った。さっき囲まれていた子供は——もういなかった。逃げたのだろう。
「いねえな。——でもまあ、助かったろ」
「うん。コンラートさんが飛び込んでくれたから」
「さん付けはやめろ。くすぐったい」
「じゃあ——コンラート」
「おう」
それが最初だった。
あの時から決めていた。この子は俺が守る。
理由は分からない。六歳の俺に理屈はなかった。ただ——あの小さな手が額に触れた時の温かさが、体に染み込んで消えなかった。
帰り道、ずっと額を触っていた。傷は塞がっていた。でも温かさが残っている気がした。何日経っても。道場で剣を振りながら、あの白金色の光を思い出した。
◇
学園に入って、あいつの近くにいるようになった。
あいつは——強かった。
俺には——半分も分からない。
政治の駆け引きは意味不明だ。情報戦は頭がこんがらがる。ナターシャが説明してくれるが、三割くらいしか理解できない。
でも——人の目なら読める。
カスパルの目が嘘をついていることは分かった。殿下の目に迷いがあることは分かった。イザベラの目に苦しみがあることも分かった。
そしてセレスティアの目に——恐怖があることも。
あいつは強い。誰よりも。でも——時々、夜中に一人で泣いている。
寮が隣の棟だった時、壁越しに聞こえた。風に乗って。小さな泣き声。
あの音は今でも覚えている。ほとんど聞こえないような声だった。息を押し殺して泣く声。誰にも聞かれないように。誰にも心配をかけないように。誰にも頼まずに泣いている声だった。その声が——胸に刺さった。
俺は——何もできなかった。壁の向こうで泣いている子に、剣は振れない。
だから——起きている時に守ることにした。あいつが泣く原因を——この剣で断つ。
◇
騎士見習いの試験の前日、俺は眠れなかった。
試験場所は剣技場。実技は一対一の模擬戦、それから基礎動作の審査。筆記は——まあいい。剣が振れれば受かる。そう信じていた。
でも眠れなかった。
なぜか——六歳の時の道場の帰り道を思い出していた。血が出た額。白金色の光。温かい手。あの時から変わっていないものがある気がした。剣は上手くなった。身体も大きくなった。でも——一番大事なものは変わっていない。
守りたい、という気持ちだ。
朝になった。剣技場に向かった。審査官の前に立った。剣を抜いた時——迷いはなかった。
合格した。
◇
十二歳。仲間が集まった夜。
セレスティアが言った。「みんなの力を貸してほしい」と。
あいつの目は——真剣だった。でもその奥に——怯えがあった。頼むことへの怯え。巻き込むことへの罪悪感。ずっと一人で抱えてきた人間の、恐る恐る差し出す手。
あいつは——一人で抱え込もうとする癖がある。
三歳の時から、そうだった。全部一人でやろうとする。誰かに頼むのが、下手だ。ものすごく下手だ。「助けてくれ」という言葉を出すのに、どれだけ勇気が要るのか、あいつの顔を見ていれば分かった。
だから差し出された手は、こちらから掴みに行くしかない。
だから俺は——剣を抜いた。迷わなかった。
「俺の剣はお前のためにある」
格好いいことを言ったつもりだった。自分でもちょっと驚いた。普段こんな台詞は出てこない。言ったら恥ずかしくなった。でも後悔はしなかった。
あいつは——笑った。
いつもの余裕のある笑顔じゃなくて。泣きそうな、でも嬉しそうな——本当の笑顔で。
ああ。
六歳の時に道場の帰り道で感じた温かさが、ここに続いていた。
この笑顔を守るために、俺は騎士になったんだ。
殿下を守る誓いは本物だ。でも——あの笑顔を守る誓いも本物だ。
両方守る。剣が二本必要なら、二本持つ。誓いが二つあっても、どちらも本物だ。
◇
俺は頭が悪い。政治は分からない。策略は半分も理解できない。
でも——一つだけ分かることがある。
あいつは——誰かに守られることに慣れていない。
いつも自分が守る側にいる。殿下を。仲間を。国を。——全部、あいつが守ろうとする。
でも誰が——あいつを守るんだ。
俺だ。
俺がやる。
頭は悪いが——剣は振れる。
あいつが泣かなくていい世界を、この剣で切り開く。
宰相がまだいる。宰相の仲間がまだいる。カスパルがいる。名も知らない敵がまだいる。一つ潰せばまた来る。でも来るたびに、俺が前に出る。
剣が折れたら素手で戦う。素手でも勝てなければ、盾になる。盾にもなれなければ、「ここにいるぞ」と声を出す。それだけでいい。
十二歳の騎士見習い。まだ半人前。
でも——誓いだけは一人前だ。
セレスティア。お前が走る限り、俺は傍にいる。
ずっと。三歩後ろで——剣を握って。




