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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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闇商人ニコラスとの接触

 フェリクスの手紙は、いつも暗号化されている。


 薬草の名前を使った暗号体系。セレスティアとフェリクスが三年前に取り決めた独自の符号だ。第三者が読んでも、兄妹の植物学の雑談にしか見えない。


 だが今回の手紙には、暗号の中にさらに暗号が仕込まれていた。二重暗号。フェリクスが「極秘」と判断した時にだけ使う手法。


 解読に一時間かかった。ナターシャと二人で、蝋燭の灯りの下で。


 内容はこうだった。


 『セレスティアへ。


 ヨハン先生の研究ノートの解読を進める中で、ある人物に辿り着いた。王都の下町に事務所を構える情報商人。名前はニコラス。闇商人ギルドの長。


 ヨハン先生が亡くなる前の数ヶ月間、この男から「ある情報」を購入していた形跡がある。何の情報かは不明だが、ヨハン先生が裏社会の人間と繋がっていたこと自体が重要だ。


 ニコラスに会った。面白い男だ。


 金で動くが、金だけでは動かない。情報の「質」と「面白さ」を重視する。彼の持つ情報網は王宮の公式諜報機関に匹敵する、あるいはそれ以上だ。


 宰相派の資金の流れについて、掴んでいるものがあるらしい。


 会ってほしい——とは言わない。お前が直接会うのは危険だ。子供が裏社会の男と接触すれば、それだけで弱みになる。


 僕が窓口になる。お前が必要な情報を指定してくれ。僕がニコラスから買い取る。


 代金は心配するな。公爵家の研究費から出す。父上には「学術資料の購入」として計上する。嘘ではない。ニコラスの情報は、ある意味では最高の「学術資料」だ。


 フェリクスより』


 セレスティアは手紙を読み終え、静かに紙を折った。


 ヨハン先生がニコラスと繋がっていた。五歳の時に僅かな時間だけ師事した、あの穏やかな学者が、裏社会の情報屋と取引していた。


 驚きはなかった。ヨハンは穏やかだったが、聡明だった。聖魔力の研究が宰相に封印された後も、独自に情報を集め続けていたのだろう。研究を守るために。


 そのヨハンが亡くなり、研究ノートがフェリクスに渡り、フェリクスがニコラスに辿り着いた。


 死者の遺した道が、生者を導いている。


 ◇


 返信を書いた。二重暗号で。


 『フェリクスおにいさまへ。


 お願いしたい情報が三つあります。


 一つ目。宰相派の資金の流れ。特に財務省から宰相府への不正な送金の有無。以前の貴族院の議事録で、特別教育プログラムの予算が委員会議決前に仮計上されていました。財務卿カール・ヴェンデルの署名です。この人物と宰相の資金的な繋がりを裏付ける証拠が欲しい。


 二つ目。副宰相マティアス・ベルンハルトの裏の顔。この男は表向き「温厚な紳士」ですが、前世——いいえ、わたしの直感では、情報操作と証拠の捏造を担当している人物です。マティアスの私邸に出入りしている人物のリスト。特に、法曹関係者や元使用人との接触記録。


 三つ目。王宮内の医療記録。国王陛下の病状に関する情報。公式には「軽微なご不調」とされていますが、実態はどうなのか。


 三つ目は慎重にお願いします。王の病状は最高機密です。無理に探れば命に関わります。


 セレスティアより』


 どれも危険な情報だ。だが危険でなければ、武器にはならない。


 ◇


 フェリクスからの次の手紙は、五日後に届いた。


 通常の暗号。二重ではない。つまり、内容は重要だが「極秘」ではないということだ。


 『結果を報告する。


 一つ目。ニコラスは既に持っていた。財務卿カール・ヴェンデルの横領の証拠。国庫から宰相府の特別会計への不正送金。過去五年間で総額——書くのも恐ろしい金額だ。証拠は帳簿の写し、送金指示書の副本、そして仲介した銀行員の証言記録。


 ニコラスが言うには、「この情報は以前から売り物だったが、買い手がいなかった。宰相を敵に回す覚悟のある人間がいなかったからだ」とのこと。


 僕が買った。代金は金貨二百枚。高いが、内容を考えれば安い。


 二つ目。マティアスの裏の顔については、まだ全容が掴めていない。ニコラスによれば、マティアスは「隠蔽の専門家」であり、自身の痕跡を消す能力に長けている。だが一つだけ手がかりがある。マティアスの私邸に、月に一度、「テオドール」という名前の元使用人が訪れているとのこと。何のために訪れているかは不明。


 三つ目。国王陛下の病状については、ニコラスは「触れない」と言った。「命に関わる」と。これは情報屋としての商売判断ではなく、個人的な線引きらしい。「俺は情報を売るが、王の命を売る気はない」と。


 面白い男だと思わないか。金で動くが、矜持がある。


 フェリクスより


 追伸。ニコラスが「依頼人は誰だ」と聞いてきた。「公爵家の次男だ」と答えたら、笑った。「金持ちの子供の遊びか?」と。「遊びではありません」と答えたら、ニコラスは笑うのをやめて、こう言った。「本気の客は久しぶりだ。いい目をしている。だが——本当の依頼人は、お前じゃないだろう」。


 見抜かれた。この男の目は侮れない。だが名前は出していない。安心してくれ。』


 セレスティアは手紙を読みながら、唇を噛んだ。


 ニコラスに見抜かれた。フェリクスの背後に別の人間がいると。だが名前は出していない。ニコラスもそれ以上は追及しなかったらしい。情報屋としての節度か、あるいは——「追及しなくても分かっている」のか。


 「テオドール」という名前に目が留まった。


 マティアスの私邸を訪れる元使用人。前世の記憶を探る。テオドール。テオドール——。


 いた。


 前世の記憶の中に、その名前があった。処刑裁判の証人リストの中に。


 テオドール。元アルヴェイン公爵家使用人。法廷で「セレスティアが聖魔力を使って公爵邸の書斎を破壊するのを目撃した」と証言した男。


 だがあの証言は偽証だった。書斎の破壊は魔力暴走ではなく宰相派の工作だった。テオドールは脅されて偽証させられたのだ。


 今世ではまだ起きていない。テオドールはまだ偽証を強要されていない。だがマティアスの私邸に通っている。準備が始まっているのかもしれない。


 この情報は重要だ。だが今は動けない。テオドールに直接接触すれば、マティアスに気づかれる。


 記憶に刻む。いつか——テオドールを救い出す日が来る。


 ◇


 最も重要なのは、一つ目の情報だった。


 財務卿カール・ヴェンデルの横領。


 国庫から宰相派の活動資金への不正送金。五年間の累計額は——確かに、書くのも恐ろしい金額だった。


 だが問題がある。この証拠を、どう使うか。


 直接告発すれば、証拠の出所が問われる。「闇商人ギルドの長から購入した」とは言えない。裏社会からの情報で財務卿を弾劾すれば、弾劾する側の信頼も損なわれる。


 かといって放置はできない。宰相の資金源を断てば、宰相派の政治活動は鈍る。買収に使う金がなくなる。工作員の報酬が払えなくなる。資金は権力の血液だ。血を止めれば、身体は動かなくなる。


 「ナターシャ」


 「はい、お嬢様」


 「匿名の告発文を、貴族院の監査委員に送りたい」


 ナターシャの目が鋭くなった。


 「出所を完全に隠蔽する必要があります」


 「できる?」


 「可能です。告発文は三段階の仲介を経て送ります。まず、王都の下町の書写屋に依頼して筆跡を変える。次に、別の仲介者を通じて封書を投函する。投函場所は王都の公共郵便局。三段階の仲介者は互いに面識がなく、依頼の全体像を知りません」


 三段階の匿名化。


 「告発文の内容は最小限にしてください。『財務省の特別会計に不審な支出がある。監査を求む』——それだけ。証拠の詳細は添付しない。監査委員が自ら調査すれば、帳簿の不整合は見つかるはず。匿名の告発は、調査のきっかけを作るだけ」


 きっかけだけ。あとは制度が動く。貴族院の監査委員会は、宰相からも公爵からも独立した機関だ。告発があれば調査する義務がある。


 「もう一つ。告発文を送るタイミングを考えなければ」


 ナターシャが頷いた。


 「早すぎれば、ヴィオレッタ様の偽情報と時期が重なり、公爵家の関与を疑われます。遅すぎれば、宰相に先手を打たれます」


 「ヴィオレッタの四通目の報告が宰相に届いた後。宰相がセレスティアへの警戒を緩めたタイミングで。警戒が緩んでいる時なら、別方面からの攻撃を公爵家と結びつけにくい」


 「了解いたしました。二週間後を目処に準備を進めます」


 セレスティアは窓の外を見た。冬が近い。空気が冷たくなってきた。


 ◇


 その夜。消灯後。


 ヴィオレッタの寝息が聞こえる。穏やかな呼吸。告白の夜以来、以前より安定している。


 セレスティアは天井を見つめていた。


 ニコラスという情報屋。顔も知らない男。だがその男の持つ情報網が、この戦いの地図を塗り替えようとしている。


 フェリクスの手紙の追伸が頭に残っている。「本当の依頼人は、お前じゃないだろう」。ニコラスは追及しなかった。それだけだ。


 いつか、ニコラスと直接会う日が来るかもしれない。その時、セレスティアは八歳の少女ではなく、この国の運命を動かす一人の戦略家として向き合わなければならない。


 だが今はまだ早い。フェリクスが窓口になってくれる。兄の存在がなければ、この作戦は成り立たない。


 一人では届かない場所に、家族の手が届く。


 セレスティアは枕の下に手を入れた。手紙はない。全て燃やした。証拠は残さない。だが内容は全て頭の中にある。


 財務卿の横領。マティアスとテオドール。国王の病状——ニコラスすら触れなかった最高機密。


 国王の病状。公式には「軽微なご不調」。だがナターシャの情報網でも、王宮の内情は掴めていない。ニコラスが「触れない」と言った情報。


 もし国王の病状が深刻だとしたら——。


 王太子継承問題が浮上する。アレクシスはまだ九歳。摂政が必要になる。摂政の最有力候補は——宰相だ。


 摂政=事実上の王。


 宰相が摂政になれば、全てが終わる。公爵家の抵抗など鎧袖一触で潰される。


 その事態だけは、何としても防がなければならない。


 セレスティアは目を閉じた。


 嵐の足音が聞こえる。まだ遠い。だが確実に近づいている。


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