表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/130

二重スパイ

 偽情報工作は、翌日から始まった。


 ヴィオレッタの最初の報告書。父モンテヴェルデ侯爵宛。銀の封蝋で封をした手紙は、いつもと同じ定期便で送られた。


 内容は三つ。


 一つ目。「セレスティアの帰省は体調不良が理由。学年末の実技試験で魔力を使いすぎたらしい」——これは本当だ。実技試験後に帰省したのは事実。


 二つ目。「公爵家が魔力の家庭教師を雇った。名前はグレーテル・シュタイン。元宮廷魔術師」——これも本当だ。グレーテルの存在は遠からず宰相の耳に入る。隠すより先に報告した方が、情報の信頼性が上がる。


 三つ目。「セレスティアは魔力の制御に不安を抱えているようだ。実技試験後から微熱が続き、魔力が安定しないと同室者として感じている」——これが色だ。本当の情報に、観測者の「印象」として嘘を混ぜる。


 事実ではなく印象。客観ではなく主観。だから嘘と証明できない。ヴィオレッタが「そう感じた」と言えば、それは報告として成立する。


 ナターシャが報告書の写しを確認した。


 「問題ありません。三つ目の記述は主観的な観察として自然です。宰相の情報分析官が読んでも、不審な点はないでしょう」


 「ありがと、ナターシャ」


 「いえ。——ヴィオレッタ様は大丈夫ですか」


 「大丈夫。あの子は強いから」


 ◇


 一方、グレーテルとの訓練は加速していた。


 毎朝五時。裏庭の結界内。


 セレスティアは学園に通いながら、週末ごとに公爵邸に戻って訓練を受けた。平日は学園でオスヴァルトの理論指導。週末は公爵邸でグレーテルの実戦訓練。


 「三拍子の呼吸、安定してきたわね。走りながらでも十五秒維持できるようになった」


 グレーテルが腕を組んで頷いた。二週間前は三秒だった。十五秒は五倍の進歩だ。


 「でもまだ足りない。実戦では最低三十秒。理想は制限時間なし」


 「制限時間なし……」


 「呼吸するように聖魔力を使えるようになりなさい。意識しなくても光と闇が共鳴している状態。それが最終目標」


 呼吸するように。意識せずに。


 「今日は新しい訓練をする」


 グレーテルが結界の中央に立った。右手を上げ、金色の光を灯した。


 「私が攻撃する。あなたは防御しなさい。——聖魔力で」


 「攻撃?」


 「軽いものよ。あなたを傷つける気はない。だが——痛みはある。覚悟して」


 グレーテルの右手から、金色の光弾が放たれた。


 速い。ルシアンの火球より速い。だが威力は抑えている。「当たれば痛いが、怪我はしない」程度の出力。


 セレスティアは反射的に光の盾を張った。


 「聖魔力で、と言ったはずよ。光だけじゃなく、闇も使いなさい」


 二発目が来た。光の盾で受ける。衝撃で二歩下がる。


 「闇を出して。光と闇の盾。共鳴させなさい」


 三発目。


 右手に光。左手に闇。両方を前に出し——共鳴させる。


 銀色の壁が一瞬だけ生まれた。金色の光弾が銀の壁に当たり、霧のように拡散した。


 衝撃がない。光だけの盾では衝撃を受け止めるのが精一杯だったのに、聖魔力の盾は攻撃を「消滅」させた。


 「……すごい」


 セレスティアは自分の手を見た。


 「光と闇の共鳴盾は、単属性の盾とは原理が違う。攻撃を『受け止める』のではなく、『相殺する』の。光が攻撃の表面を中和し、闇が攻撃の核を分解する。だから衝撃が残らない」


 「これが聖魔力の防御の本質。五百年前の聖女マリエルは、この技術で戦場を支配した。彼女の前では、あらゆる魔術攻撃が無効化された」


 「せんせいは、マリエルのこと——詳しいんですね」


 グレーテルの目が一瞬翳った。


 「……宮廷にいた頃、マリエルの残した文献を研究していたのよ。十年かけて。宮廷を辞めたのは政治に嫌気がさしたからだけど——もう一つ理由がある。マリエルの文献が、宰相の命令で封印されたの」


 封印。


 「聖魔力に関する研究は、宰相ヴィクトールの指示で十二年前に全て国家機密に指定された。私の研究も。オスヴァルトの論文も。ヨハンの遺稿も——表向きは」


 宰相が聖魔力の研究を封じた。十二年前。セレスティアが生まれる四年前。


 「宰相は——聖魔力を恐れているんですか」


 「恐れている、というよりは——管理したいのよ。聖魔力の知識を独占することで、もし聖魔力保有者が現れた時に、自分だけがその力を理解し、制御——あるいは排除できるようにする。知識は権力よ。特に、危険な知識は」


 「だから私が宮廷を辞めた時、研究ノートの大半は没収された。だけど——」


 グレーテルが唇の端を上げた。初めて見る笑み。不敵な、挑戦的な笑み。


 「全部は渡さなかったわ。大事なものは、頭の中に入っている。紙に書かなくても、身体が覚えている。マリエルの制御術は、文献ではなく実践で伝えるもの。没収できるものか」


 「せんせいが公爵家に来てくれた理由——これですか」


 「察しがいいわね。あなたに会った瞬間、分かった。マリエルの再来。私が十年かけて研究した聖魔力を、生きた人間の中に見た。研究者として——いいえ、それだけじゃない」


 グレーテルが視線を落とした。自分の手を見ている。


 「十年間の研究を、宰相に奪われた。悔しかった。あの男が知識を武器にするなら——私は知識を盾にする。あなたを教えることで」


 「せんせい」


 「なに」


 「ありがとうございます。わたしに教えてくれて」


 グレーテルは素っ気なく答えた。


 「礼はいらない。強くなりなさい。それが一番の礼よ」


 ◇


 三週間が経った。


 ヴィオレッタの報告書は三通目になった。


 一通目。グレーテルの存在と訓練開始。——本当。

 二通目。セレスティアが訓練中に魔力暴走を起こしかけた。——本当。初日に全力解放した時のことだ。ただし、すぐに安定したことは書いていない。

 三通目。セレスティアが「闇が怖い」と夜に呟いていた。——嘘。


 三通目が、最初の本格的な偽情報だった。


 「闇が怖い」。この一言で、宰相は何を読み取るか。


 セレスティアが闇属性を自覚していること。そしてそれを制御できず、恐れていること。つまり——聖魔力は脅威ではなく、本人にとっても重荷であるということ。


 「宰相の分析はこうなるでしょう」


 ナターシャが整理した。


 「セレスティアは聖魔力を持つが、制御できていない。暴走のリスクがある。公爵家は家庭教師を雇って対処しようとしているが、成果は出ていない。セレスティア自身も闇を恐れている。——つまり、急いで排除する必要はない。放置すれば自滅するかもしれない」


 「そう。宰相は『待ち』を選ぶ。動く必要がないと判断する。その間に——」


 「お嬢様はグレーテル様の訓練で実力をつける」


 ヴィオレッタがペンを置いた。三通目の報告書の写しを確認し終えたところだ。


 「この報告なら問題ないわ。お父様は疑わない。『闇が怖い』という言葉は、八歳の女の子として自然よ」


 「ヴィオレッタさま。辛くない?」


 「何が」


 「お父様に嘘の報告を書くこと」


 ヴィオレッタは一瞬黙った。それからペンを指で弾いた。くるくると回る。


 「辛くないと言ったら嘘になるわ。でも——お父様に本当のことを書いても、お父様はそれを宰相に渡すだけ。私の報告を私のために読んでくれたことなんて、一度もない」


 声は平坦だった。感情を排した声。だがその平坦さの中に、長年の痛みが圧縮されていた。


 「だから——嘘を書くことに罪悪感はあるけど、絶望感はないわ。裏切ってるんじゃない。もともと向き合ってなかったものを、ようやく自分で選んでるだけ」


 「ヴィオレッタさま。あのハンカチ、引き出しの報告書の下にしまってあるでしょう」


 ヴィオレッタが硬直した。


 「な、なんで知ってるのよ」


 「同室だから。わたしもいろいろ見えちゃうの」


 ヴィオレッタの顔が真っ赤になった。


 「見ないでよ!」


 「ごめんなさい。でも——うれしかった。捨てないでくれて」


 ヴィオレッタは顔を背けた。耳まで赤い。


 「……捨てるわけないでしょう。あれは——」


 言いかけて、口を噤んだ。


 「あれは?」


 「なんでもない。忘れなさい」


 なんでもないことにした。でも二人とも、なんでもなくないことを知っていた。


 ◇


 四通目の報告書が送られた頃、宰相側に変化が現れた。


 ナターシャの情報網が捉えた。


 「宰相府から学園への監視要員が一名減っています。厨房に配置されていたリーゼという女性使用人が、先週付で異動になりました」


 「セレスティアは脅威ではない」——そう判断し始めている。


 偽情報が効いている。


 セレスティアは窓の外を見た。秋が深まり、学園の木々が色づいている。


 「ナターシャ。フェリクスおにいさまから手紙は」


 「はい。昨日届いています」


 フェリクスの手紙。暗号化された文面。解読すると——


 「ヨハン先生の研究ノートの解読が進んでいます。固有周波数の安定化に関する記述の核心部分に到達しました。詳細は次回帰省時に」


 セレスティアは拳を握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ