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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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家族会議

 一週間後。


 公爵家の書斎に、六人が集まった。


 公爵ライナルト・フォン・アルヴェイン。四十七歳。書斎の机に着き、全員を見渡す位置。


 母リリアーナ。四十三歳。長椅子に座り、膝の上で手を組んでいる。顔色は良い。五年前に毒が排除されて以来、着実に回復し、今は家庭内の会議に出席できるまでになった。


 長兄エドヴァルト。二十二歳。騎士の装束のまま駆けつけた。辺境伯の騎士団から早馬で三日。壁際に立ち、腕を組んでいる。落ち着きがない。


 次兄フェリクス。十七歳。椅子に深く座り、分厚い眼鏡の奥の目が鋭い。膝の上にノートを開いている。学者は何かを記録せずにはいられない。ノートの表紙に墨の染みがある。書庫の墨ではない。王都の下町の安い墨だ。フェリクスは学者でありながら、学問の世界以外にも足を踏み入れている——その片鱗が、墨の染みに滲んでいた。


 筆頭家臣ヘルマン。六十代の白髪の男。公爵家の実務を三十年支えてきた老臣。書斎の隅に静かに立っている。


 護衛騎士ヴォルフ。扉の前に立っている。会議の参加者というより、警備。だが公爵が同席を許した。この男に聞かせるべきだと判断したのだ。


 そして——セレスティア。八歳。書斎の中央の椅子に座っている。


 六人の大人と一人の子供。だが今日の会議を求めたのは、子供の方だ。


 ◇


 「始めよう」


 公爵の声。書斎が静まった。


 「セレスティア。皆に話しなさい。お前が私に話したことを」


 セレスティアは立ち上がった。椅子が低いから、立った方が全員の目を見やすい。


 「おにいさまたちには、はじめてお話しすることがあります」


 エドヴァルトが身を乗り出した。フェリクスがペンを構えた。


 「わたしの魔力は、光属性だけではありません。闇属性も持っています。光と闇の両方——聖魔力です」


 沈黙。


 エドヴァルトの腕が解けた。両手が体側に落ちた。


 「聖魔力って——五百年に一人の、あれか」


 「はい」


 「俺の妹が——」


 エドヴァルトが言葉を失った。


 フェリクスは驚かなかった。


 「やはりそうでしたか」


 淡々とした声。ノートにペンを走らせている。


 「三年前にセレスティアの魔力波動を調べた時、通常の属性分類に当てはまらない反応がありました。ヨハン先生の研究を参照すると、光と闇の二重共鳴パターンに一致していた。父上には報告済みです」


 「フェリクスおにいさまが気づいてくれていたんですね」


 「気づいたというより、仮説を立てていただけです。今、本人から確認を得ました。これで確定です」


 フェリクスの目が光った。学者にとって仮説の確認は喜びだ。だがすぐに表情を引き締めた。


 「問題は、この事実が外部に漏れつつあるということですね」


 セレスティアは頷いた。


 「学年末の実技試験で、闇魔力が一瞬だけ漏れました。目撃したのは第二王子ルシアンと、宰相令嬢イザベラです。ルシアンは宰相派のカスパルに伝えた可能性が高いです」


 ヘルマンが静かに口を開いた。


 「つまり、宰相ヴィクトールは間もなくセレスティア様の聖魔力の存在を確信する、ということですな」


 「はい。覚醒試験では光属性のみと記録しましたが、実技試験での目撃証言がそれを覆します」


 「隠し通せる段階ではない、ということか」


 公爵が言った。先日書斎で交わした言葉を、家族全員の前で繰り返した。


 「おとうさまの仰る通りです。もう隠せません。ですが——隠せないことと、無防備になることは違います」


 セレスティアは六人を見渡した。


 「わたしたちには選択肢が二つあります。一つは、このまま受け身を続けること。宰相の手が来るたびに防ぎ、来るたびに守る。でもそれでは——いつか追いつかれます」


 エドヴァルトが顎を引いた。


 「もう一つは、先手を打つこと。わたしたちから動く。隠すのではなく、管理すると宣言する」


 「管理?」


 フェリクスがペンを止めた。


 「先手を打ちましょう。セレスティアの魔力が強いことは既に公知です。それを公爵家が『責任を持って管理している』と宣言すれば、宰相が『危険だから王家が管理すべき』と言い出した時の対抗手段になります」


 「つまり——宰相の主張を事前に封じ込める」


 「そうです」


 フェリクスがノートに図を描き始めた。思考を可視化する癖。


 「宰相の論理構造はこうです。『聖魔力は危険だ→管理されていない→王家=宰相が管理すべき』。この三段論法を崩すには、二段目を否定する。『管理されていない』を『公爵家が管理している』に書き換える」


 公爵が頷いた。


 「私が貴族院で声明を出す。『我が娘は強い光魔力を持つ。公爵家として責任を持って教育する』と」


 「聖魔力とは言わないんですか」


 エドヴァルトが聞いた。


 「言わない。光魔力とだけ言う。聖魔力という言葉は政治的に強すぎる。五百年に一人の存在を公爵家が抱えている——それは味方も敵も刺激する。まず『光の天才』として公爵家の管理下にあることを公式化する。聖魔力の公表は、状況を見て判断する」


 「おとうさま。もう一つ、お願いがあります」


 「何だ」


 「わたしに魔力の先生をつけてください。学園のオスヴァルト先生にはずっとお世話になっていますが、学園の中だけでは訓練に限界があります。公爵家専属の魔力教師を」


 「心当たりがある」


 フェリクスが言った。


 「グレーテル・シュタイン先生。元宮廷魔術師です。オスヴァルト教授の同僚だった方で、今は引退して王都郊外に住んでいます。学問としての魔力理論はオスヴァルト教授が優れていますが、実戦的な魔力制御の指導なら、グレーテル先生が王国最高です」


 「宮廷を辞めた理由は」


 「政治に嫌気がさしたと聞いています。宰相派との関係はありません」


 公爵が考え込んだ。十秒の沈黙。


 「ヘルマン。グレーテル・シュタインの身辺を洗え。三日以内に報告しろ」


 「承知いたしました」


 ヘルマンが一礼した。


 ◇


 エドヴァルトが壁から離れた。


 「俺にできることは何だ」


 「おにいさま。辺境伯閣下のおそばで、味方を増やしてください。北方の騎士団の中に、公爵家を支持してくれる人脈を」


 「政治的な人脈か。剣だけじゃなく」


 「はい。いつか——貴族院で宰相と戦う日が来ます。その時、軍事的な後ろ盾が必要です。辺境伯閣下とその騎士団は、王家に忠実です。その力を借りられるように」


 エドヴァルトは拳を握った。


 「約束した通り、一人では動かない。仲間と動く。辺境伯閣下の下で」


 「ありがとうございます、おにいさま」


 フェリクスがペンを置いた。


 「僕の役割は情報と学術です。ヨハン先生の研究を引き継いで、聖魔力の理論を体系化します。セレスティアの力の仕組みを科学的に解明できれば、『危険だ』という宰相の論理を『制御可能だ』という反論で覆せます」


 「それと——フェリクスおにいさまの『面白い発見』って、なんだったんですか」


 フェリクスの目が輝いた。


 「ヨハン先生の遺した研究ノートの中に、聖魔力の安定化に関する記述がありました。聖魔力は光と闇の共鳴で成り立つが、共鳴には『固有周波数』がある。この周波数を安定させる方法が、ノートの最後に示唆されていた」


 「固有周波数を安定させる……」


 「まだ解読中です。ヨハン先生のノートは暗号化されていて、全ての解読には時間がかかる。だが核心に近づいています」


 ◇


 母リリアーナが口を開いた。


 「私にも、できることがあるわ」


 全員が母を見た。


 「王妃エレオノーラとは、少女時代からの友人です。今は政治的に距離を置いていますが——手紙のやり取りは続いています。王妃は宰相の教育がアレクシスを変えていることに、心を痛めているはず」


 「おかあさま。王妃さまに協力をお願いできますか」


 「直接的な政治的行動は難しいわ。王妃は宰相に監視されています。でも——母として息子を案じる気持ちを伝えることはできる。アレクシスの心を守る手助けを」


 公爵が立ち上がった。


 「各自の役割は決まった。私は貴族院で声明を出す。エドヴァルトは北方で人脈を築く。フェリクスは聖魔力の研究を進める。リリアーナは王妃と連絡を取る。ヘルマンはグレーテル・シュタインの身辺調査。ヴォルフはセレスティアの護衛を引き続き」


 「そしてセレスティア」


 「はい」


 「お前は学園で——お前にしかできないことをやりなさい。仲間を守り、情報を集め、宰相の手を読む。八歳の子供にしか入れない場所で」


 「はい、おとうさま」


 公爵が全員を見渡した。


 「今日から、アルヴェイン公爵家は守りから攻めに転じる。宰相との戦いは長くなる。だが——」


 父の目が、一人一人を見た。最後にセレスティアで止まった。


 「——この家族なら、勝てる」


 静かな声だった。だがその一言に、書斎の空気が変わった。


 エドヴァルトが剣の柄を握った。覚悟の握り方だった。


 フェリクスがノートを閉じた。次に開く時は、戦いの計画書になる。


 リリアーナが微笑んだ。柔らかい微笑み。だがその奥に鋼がある。


 ヘルマンが一礼した。三十年間変わらぬ忠誠。


 ヴォルフは何も言わなかった。ただ、少しだけ姿勢を正した。


 セレスティアは拳を握った。


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