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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第3章 王立学園と魔力の目覚め

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嫉妬と包囲

 最初の兆候は、靴だった。朝、寮の下駄箱を開けると、上履きの中に砂が詰められていた。


 細かい砂。中庭の花壇の土ではない。乾いた白い砂。わざわざどこかから持ってきたものだ。


 セレスティアは黙って砂を払い、靴を履いた。顔には出さない。


 二日目。机の引き出しを開けると、教科書のページが数枚破られていた。歴史の教科書。南方遠征の章。後期筆記試験で最も多く書けた科目の、該当箇所だった。


 三日目。昼食のトレイを持って大食堂を歩いている時、足を引っかけられた。転びはしなかったが、トレイが傾き、スープが制服にこぼれた。


 「あら、ごめんなさい。見えなかったわ」


 振り返ると、上級生の女子が笑っていた。


 「大丈夫です」


 笑顔で答えた。制服の汚れを拭きながら、席に着いた。


 「セレスティアちゃん、大丈夫?」


 フリーデリケが心配そうに覗き込んだ。


 「うん。ちょっとこぼしちゃった」


 四日目、廊下の壁に落書きがあった。


 『天才ぶりっ子のアルヴェイン』


 拙い文字。子供の字だが、複数の筆跡が混ざっている。


 五日目。授業中、セレスティアが発言すると、教室の隅から舌打ちが聞こえた。小さな舌打ち。だが確かに聞こえた。包囲が始まっていた。


 ◇


 「宰相派が裏で煽っています」


 ナターシャが夜の報告で断言した。


 「靴の砂、教科書の破損、廊下の落書き。全て、宰相派の家の子弟か、その影響下にある生徒の仕業です。直接手を下しているのは上級生が二名、同学年が三名。だが首謀者は別にいます」


 五日間の行為はいずれも「偶然」や「子供同士の悪ふざけ」として処理され、教師が介入できる証拠は残されていなかった。セレスティアも、首謀者を確定するまでは騒ぎを表に出さないと決めていた。


 「誰」


 「副宰相マティアスの姪。コルネリア・ベルンハルト。十歳。上級生の中で、宰相派の子弟を束ねる立場にいます」


 マティアスの姪。副宰相の一族から、学園内の工作員が出ている。組織的だ。


 「コルネリアが直接指示しているわけではありません。あの子は賢い。『アルヴェイン嬢って、ちょっとずるいよね。三位のふりをして、本当は一位の実力なんでしょ?』と言うだけです。あとは周りが勝手に動く」


 「公爵家の子に手を出して、怖くないの」


 ナターシャが一度、口を閉じた。


 「怖くないのです。あの子たちの家では、宰相閣下より上に誰もいませんから。お嬢様。家格の順番と、誰が怖いかの順番は、この国では三十年ずれたままです」


 三十年。


 紙の上ではアルヴェイン公爵家が上にいる。だが実際に人事を決め、金の流れを決め、親の出世を決めているのは宰相だ。あの子たちにとって、公爵家の娘は「格上」ではない。「宰相閣下が嫌っている家の子」でしかない。


 だからこそ、靴に砂を入れられる。


 「おさまる?」


 「放置すれば拡大します。ですが、お嬢様が反応すれば、相手の思う壺です。被害者を演じれば『公爵家の威光で同情を買っている』と言われます。反撃すれば『横暴だ』と言われます」


 「じゃあ、何もしない」


 「何も?」


 「何もしない。靴に砂が入っても払うだけ。教科書が破られたら新しいのをもらうだけ。スープをかけられても拭くだけ。一々反応しない」


 「お嬢様……」


 「がまんじゃないよ。作戦。反応しない相手には、いじめは続かない。反応がないと、やっている側がつまらなくなる」


 だが、盾だけでは守りきれない場面もある。


 ◇


 六日目。放課後の渡り廊下。授業が終わって清掃が始まるまでの数分だけ、教員の巡回が薄くなる場所だった。セレスティアが一人で図書室に向かっている時、三人の女子生徒に囲まれた。同学年が二人、上級生が一人。


 「アルヴェイン嬢。ちょっと話があるんだけど」


 上級生のコルネリア・ベルンハルトではない。その手下だ。だが口調は威圧的だった。


 「はい、なんですか」


 「後期筆記試験、五位だったんですって? すごいわね。でも、ちょっとおかしくない? 前の試験は三位だったのに、急に五位。わざと点を落としたんじゃないの?」


 ずる。不正行為の疑いをかけられている。


 「ずるはしていません。試験は正当に受けました」


 「でも変じゃない。前回三位で今回五位って。しかも、あの空白。前回手を抜いて、今回は隠したってこと? それって、他の生徒を馬鹿にしてない?」


 理屈としては一貫している。前回わざと三位にしたことは事実だから、この批判は当たっている。セレスティアは言い返せなかった。


 「公爵家だからって特別扱いされてるんじゃないの。先生たちもアルヴェイン家には逆らえないしね」


 「そんなことは」


 「ねえ、本当のこと言いなさいよ。あなた、ずるいのよ。みんな言ってるわ。公爵家だからって偉そうにして。聖女気取りで」


 聖女気取り。一瞬、視界が暗くなった。闇を湖の底に沈める。


 視界が戻った。セレスティアは微笑んだ。三人の前で、静かに微笑んだ。


 「ごめんなさい。不快な思いをさせてしまったなら、謝ります」


 「あ、ちょっと」


 三人が追いかけようとした時、背後から声がした。


 「何をしているの」


 鋭い声。高く、硬く、怒気を含んだ声。ヴィオレッタだった。


 渡り廊下の向こうから歩いてきたヴィオレッタが、三人の前に立った。腕を組み、顎を上げ、侯爵家の令嬢の全身全霊の威圧を放っている。


 「あ、モンテヴェルデ嬢」


 「聞こえていたわ。全部。ずるだの聖女気取りだの、よくもまあ恥ずかしげもなく言えたものね」


 ヴィオレッタの目が三人を射抜いた。


 「あの試験を解いてみなさいよ。あなたたちに解けるの? 解けもしない試験で文句を言うのは、怠け者の僻みよ。あの子は努力してるの。あなたたちが怠けてるだけでしょう」


 声が廊下に響いた。ヴィオレッタの声量は、怒ると一段上がる。三人が怯んだ。


 家格ではない。家格なら、この六日間、公爵家の娘の靴に砂を入れ続けても何も起きなかった。


 モンテヴェルデ侯爵家は、宰相閣下の側の家だ。この子たちの親と、同じ側の。しかも、その側で一番上にいる家。


 味方から名指しされるのが、一番逃げ場がない。


 「で、でも」


 「でも、何。言いたいことがあるなら正面から言いなさい。陰でこそこそ靴に砂を入れるような真似をしていないで」


 靴の砂まで知っていた。三人は黙って去った。ヴィオレッタの前に立てる勇気はなかったらしい。


 残されたのは、セレスティアとヴィオレッタの二人だけだった。


 「ヴィオレッタ様……」


 「勘違いしないで。あなたを助けたんじゃない。あの子たちの言い草が気に入らなかっただけ。影でこそこそやるのが一番嫌いなの」


 ヴィオレッタの頬が少し赤い。照れているのだ。


 「ありがとうございます」


 「だから礼なんて」


 「でも、うれしかった」


 ヴィオレッタが口をつぐんだ。沈黙が数秒あった。


 「……あなたのスープ、あの子たちがこぼさせたのも知ってるわ。靴の砂も。教科書も。全部見てた」


 「見てたんですか」


 「同室なんだから、嫌でも分かるわよ。あなたが毎朝靴を確認してるのも。教科書を買い直したのも」


 ヴィオレッタは全て知っていた。


 「あなたね、黙って耐えるのが偉いと思ってるなら大間違いよ。やり返さないと、ああいう子たちはつけ上がるだけ」


 「でも、やりかえしたら」


 「やり返し方があるのよ。直接じゃなくて、別の方法で。侯爵家のやり方を教えてあげましょうか」


 ヴィオレッタの目が光った。


 「ヴィオレッタ様」


 「何よ」


 「私、ヴィオレッタ様が同室でよかった」


 ヴィオレッタが目を逸らし、ポケットに手を入れた。無意識の仕草だろう。だがセレスティアには見えた。ポケットの中で、指が柔らかな布に触れている。あのハンカチを、まだ持ち歩いているのだ。


 「……馬鹿じゃないの。まだ何もしてないわよ」


 「今、してくれました」


 ヴィオレッタは答えなかった。だが、歩き出す時、セレスティアの隣を歩いた。少しだけ近い距離で。


 二人で寮に戻った。並んで歩きながら、セレスティアは考えていた。


 今日ヴィオレッタが廊下でしたことは、あの三人からコルネリアに届く。コルネリアの叔父は副宰相だ。


 「ヴィオレッタ様。今日のこと、おうちに報告しますか」


 ヴィオレッタの足が一瞬止まった。


 「……するわよ。全部報告するのが私の役目だもの」


 声が硬かった。それ以上は聞かなかった。しばらく歩いてから、ヴィオレッタが呟いた。


 「侯爵家のやり方って言ったけど、大したことじゃないわ。ただ」


 「ただ?」


 「ああいう子たちの親に、侯爵家から『ご挨拶状』を出すの。何も書いてない挨拶状。でも侯爵家の紋章入りの封筒が届くだけで、親は青くなる。子供は翌日から大人しくなるわ」


 「どうして、公爵家からだと、青くならないんですか」


 ヴィオレッタが、少しだけ意地の悪い顔をした。


 「あなたの家から届いたら、あの子たちの親はそれを持って宰相閣下のところへ走るからよ。『公爵家に脅されました』って。ご褒美になっちゃうの」


 「……あ」


 「うちは違う。うちも、あの子たちの家も、同じところに頭を下げてる。同じ側から届く封筒は、誰にも見せられない。それが一番怖いのよ」


 政治的圧力。公爵家の権威では届かない場所に、侯爵家の白紙一枚が届く。権力の使い方を、ヴィオレッタは生まれた時から知っている。


 「すごい」


 「当然でしょう。侯爵家の名前は伊達じゃないわ」


 ヴィオレッタが胸を張った。


 ◇


 その夜、消灯後の暗闇にヴィオレッタの寝息が聞こえる中、セレスティアは天井を見つめていた。


 「ヴィオレッタ様。ありがとう」


 隣のベッドから、小さな寝返りの音が聞こえた。


 眠っているのか、起きているのか。分からなかった。


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― 新着の感想 ―
同じ側からならヴィオレッタの実家が咎められて終わりじゃねえの?
侯爵家より公爵家の方が上なのにおかしいですね。侯爵家に怯むなら、何故、公爵家の子供をイジメられるのか。
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