表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/124

リディアの価値

 石段の昼食は、三日目から会話が生まれた。


 最初の二日間は、ほとんど無言だった。セレスティアが隣に座り、干し果物やチーズを石段に置き、リディアが食べたければ食べる。それだけの時間。


 三日目。リディアが先に口を開いた。


 「あなた、毎日来るのね」


 「来ます、って言いましたから」


 「律儀ね」


 「やくそくは守るほうです」


 リディアが鼻で笑った。だが嘲笑ではなかった。どこか呆れたような、だが不快ではない笑い方。


 「この国の子は、約束を守らない。王宮で保護されていた時、何人かの貴族の子が『遊びに来る』と言って、来なかった」


 「リディアさまの国のことを教えてほしいです」


 「何を」


 「なんでも。リディアさまが話したいことを」


 リディアはパンを千切りながら、少し考えた。


 「アルカディアは海の国よ。大陸の南端。港が三つあった。東港、西港、王港。王港は王宮に面していて、毎朝、漁師の船が帰ってくると、魚の匂いが王宮まで届いた」


 声が変わった。硬い警戒の声ではなく、記憶の中に沈んでいく柔らかい声。


 「母上は毎朝、バルコニーに出て港を見ていた。『今日は豊漁かしら』って。王妃が漁の心配をする国なんて、この大陸では笑われるでしょうね」


 「笑いません。すてきだとおもいます」


 「……そう」


 リディアの目が遠くなった。港の風景を見ているのだろう。もう存在しない港を。


 「アルカディアは小さかった。この国の十分の一もない。軍も弱かった。だから外交で生き延びてきた。周辺国の間に立って、調停役をして、どこにも敵を作らない。それが父上の政治だった」


 「リディアさまのお父上は、外交がお上手だったんですね」


 「上手だったわ。でも——外交では戦争は止められなかった。エルディアが武力で来た時、どんな言葉も通じなかった」


 リディアの手がパンの上で止まった。


 「父上は最後まで交渉しようとした。剣を取らなかった。王として、最後の最後まで対話を信じた。結果——」


 声が途切れた。


 セレスティアは何も言わなかった。この沈黙に言葉を差し挟んではいけない。


 十秒。二十秒。


 「……処刑されたわ。広場で。民の前で」


 リディアの目に涙はなかった。枯れたのだろう。泣き尽くした後の、乾いた目。


 セレスティアの胸が痛んだ。


 「リディアさま」


 「何」


 「わたしは——処刑という言葉を聞くと、胸がくるしくなります。理由は上手く言えないけれど」


 リディアがセレスティアの顔を見た。じっと。見透かすような目で。


 「……あなた、何か知っているの」


 「知っているわけじゃないです。でも——こわいものが、わたしにもあります」


 リディアは何も言わなかった。


 ◇


 四日目から、リディアは少しずつ話してくれるようになった。


 アルカディアの文化。言語。気候。産業。そして——南方諸国の政治。


 「南方には五つの国がある。いえ、あった。アルカディア、エルディア、マリノーヴァ、テッラ・ロッサ、サフィーラ。五つの小国が連合していた。連合が崩れたのは、エルディアの王が代替わりした時」


 「エルディアの新王は拡張主義者だった。まずテッラ・ロッサを属国にした。次にマリノーヴァを脅して中立を強いた。残ったのがアルカディアとサフィーラ」


 「サフィーラは?」


 「サフィーラは山の国。エルディアは海が欲しかった。だからアルカディアを狙った」


 セレスティアは聞きながら、別のことを考えていた。


 「リディアさま。エルディアは、アルカディアを併合した後、次はどこを狙うとおもいますか」


 リディアの目が鋭くなった。


 「あなた、八歳にしては恐ろしい質問をするわね」


 「おなじことをリディアさまも考えていませんか」


 沈黙。


 リディアが答えた。


 「北よ。エルディアが次に見るのは北。海路を押さえた後、陸路の交易を求める。レグナシオン王国の南方国境は、山脈に守られているけれど、峠道が三本ある。どれも防衛が薄い」


 「この知識は、この国の人間は持っていないわ。南方を気にしている人が少ない。北方の辺境問題にばかり目が向いている」


 「リディアさまの知識は、この国の宝です」


 リディアが驚いた顔をした。初めて見る表情だった。警戒でも冷笑でもない、純粋な驚き。


 「宝? 亡国の姫の知識が?」


 「はい。南方の情勢を知っている人が、この国にはいません。リディアさまだけです。それは——とても大きな価値です」


 「価値」。リディアがその言葉を噛みしめるように繰り返した。


 「あなた、本気で言っているの」


 「本気です」


 「私を利用したいだけかもしれない」


 「利用という言葉を使うなら、わたしもリディアさまに利用されたいです。お互いに必要なものを出し合えるなら、それは友達だとおもいます」


 リディアが黙った。長い沈黙だった。


 風が吹いた。石段の上の木が揺れ、木漏れ日が二人の上に降った。


 「……あなたは、不思議な子ね。変な子、とも思うけど。不思議、の方が近い」


 「変な子から昇格しました」


 「昇格じゃないわよ。別枠よ」


 リディアの口元が、ほんの僅かに——上がった。笑みと呼べるかどうか分からない、かすかな動き。だが確かに、この四日間で初めて見る表情だった。


 ◇


 五日目。


 リディアが石段に来ていなかった。


 代わりに、大食堂にいた。


 入口の近く。一人のテーブル。だが石段ではなく、食堂に来た。


 セレスティアがトレイを持って近づくと、リディアが顔を上げた。


 「……隣、空いてるわよ」


 セレスティアは微笑んで、隣に座った。


 フリーデリケが遠くのテーブルから手を振っている。セレスティアは手を振り返し、フリーデリケに「おいで」と合図した。


 フリーデリケがトレイを持ってやって来た。


 「セレスティアちゃん! あ、リディアさん? はじめまして! フリーデリケです!」


 リディアが少し引いた。フリーデリケの明るさに免疫がないのだ。


 「……リディアよ」


 「リディアちゃんって呼んでいい?」


 「好きにすれば」


 「やった! リディアちゃん、一緒にごはんたべよ!」


 フリーデリケが隣に座った。リディアは困惑している。だが拒絶はしなかった。


 三人のテーブル。銀髪の公爵令嬢と、蜂蜜色の髪の伯爵令嬢と、黒髪の亡国の姫。


 奇妙な組み合わせだった。だがフリーデリケの無条件の明るさが、場の空気を柔らかくしている。


 「リディアちゃん、好きな食べ物なに?」


 「……魚。海の魚」


 「この学園の食堂、お魚あんまり出ないよね。お肉ばっかり」


 「内陸の国だから仕方ないわ」


 「こんど厨房にお願いしてみようか。お魚のメニュー増やしてって」


 リディアが小さく笑った。苦笑に近い——だが確かな笑顔。


 セレスティアは二人の会話を聞いていた。


 ◇


 その夜。ナターシャの部屋で。


 「リディアさまは、南方魔術を使えるそうです」


 「南方魔術?」


 「この国の魔術とはちがう体系だと。詳しくはまだ聞いていませんが——自然との調和を重視する魔術だとおっしゃっていました」


 昼食の後、リディアがぽつりと漏らした言葉だった。「この国の魔術は力で制御しようとする。私の国では、魔力と共存する方法を学ぶ」と。


 「お嬢様。リディア様は、お嬢様にとって大切な方になりそうですね」


 「なるよ。きっと」


 窓の外に星が見えた。南方の空には、もっと多くの星が見えるとリディアが言っていた。


 いつかリディアの故郷の空を見てみたい。


 「ナターシャ。南方の情勢について、おとうさまに報告して。リディアさまから聞いた内容を」


 「エルディアの北進の可能性、ですね」


 「うん。おとうさまが知っておくべき情報だとおもう」


 窓の外に星が見えた。南の空にも、同じ星が見えているだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ