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死者たちの国19

 「うおっ――」

 思わず間抜けな音が漏れる。

 水の下で足場が一瞬のうちに消滅。それを理解するのに一瞬遅れて体が水中に落ちていく。

 世界が回る。平衡感覚が一瞬無くなって、自分がどこにいて何を見ているのかも分からない。

 「!!??」

 それまで立っていた場所が細かく砕け、俺を追い越して水底に沈んでいくのと同時に、咄嗟の事で息を止めていられなくなった体が水面に向かっていく。

 恐らく爆破されたのだ。先程襲い掛かってきたレンジャーは恐らくは囮か、或いはあわよくばその戦術で仕留めて次の手段=足場そのものの爆破は避けたかったのだろう。

だが、それが上手くいかなかったが故に爆破に踏み切った。先程退避していたレンジャー個体は、爆薬を設置し終えた連中だったのだろう。

 そして見事に俺たちを沈めることに成功した訳だ。

 ――非常事態でも着衣水泳の基本が体に刻み込まれていたのに、そしてCOSにそれを用意していてくれたのに感謝だ。


 「ぷあっ!!」

 口から先に水面に飛び出し、肺の中に取り込めるだけの酸素を取り込む。

 本当はこのまま浮かんでいた方が良いのだが、そうもしていられない。一瞬見えたそれまで後方だった地下プロムナード方面の出入り口の状況=戻ってきたヴィクターチームが展開しているのを確かめて慌てて潜水。

 直後、無数の銃弾が俺の後を追って飛び込んできては、すぐにその突入時の勢いを失って――それでも俺より先に――沈んでいく。


 通常、銃弾は水中では役に立たない。

 空中で発射された銃弾は着水と同時に急減速し、すぐに推進力を失ってただ沈んでいくだけの金属塊になる。

 つまり、潜っていればまず安全なのだが、当然人が潜っていられる時間には限界がある。

 「……ッ!!」

 なら、潜っていられる間にどこまで安全な場所に移動できるのか、そもそも安全な場所が存在するのかを判断する必要がある。

 そしてそのために動き始めた頭上で光が水面を滑っていく。

 サーチライトだ。先程破壊出来なかった分か、或いはヴィクターチームが持ち込んだのかは分からないが、光がこちらを探してうろついている。


 そこを回避して進まなければ――そう思った矢先に凄まじい音による攻撃を受けた。

 「ごぼっ!!?」

 音の種類は分かる。スタングレネードを使われたのだ。

 幸いにもマキナの聴覚保護機能は有効に働いていて、それの使用者が期待したほどのダメージは受けていないが、それでも地上よりも音によるダメージはある。

 水中は空中よりも早く音が伝わる。高校の頃だったか物理の授業で聞いたその話を今になって思い出した。

 今のスタングレネードもそれを利用して炸裂時に発する音で浮上させるために投下したのだろう。


 「ぐぅっ」

 更にもう一発、同様の爆音が耳を襲い、保護されていながらも思わず顔をしかめながら何とか耐えて泳ぎ続ける。

 爆雷よろしく投下されたそれは、水中にいる限りかなりの距離でも耳に届いてしまう。

 頭の中に残っているデバイスに送られてきた地形を思い出し、同時に戻ってきた平衡感覚で自分が地下駐車場の端へ移動していることを自覚。息の続く限り最初の足場から距離をとるように泳ぎ続ける。

 ――と言っても、当然装備を付けた状態だ。裸で泳いでいるのとはわけが違う。


 「ぷはっ!」

 ほとんど進まずに息が切れて浮かび上がり、サーチライトが急速にこちらに向かってきて、照らし出される中潜っていく。当然、その後を追ってくるのは銃弾だ。

 背中のすぐ後ろで着水し、人体に入っていかない程度まで減速したそれが時折当たりながらも移動を続行。

 地上階に通じていたスロープの残骸の裏に入り込めたのは不幸中の幸いと言ったところだろうか。そこからは頭を上げなければサーチライトに見つかることもない。顔を上に向け、ギリギリ鼻と口だけを水面から出して呼吸を整えてから近くの足場へ。かつては車両が通れる幅があったのだろう一番端の通路に向かって泳ぎ始める。

 すぐ後ろで更に着弾。バレているのか、見えた範囲に撃っているのか。サーチライトが追ってこない所から後者である事を期待しながら、肺の限界まで泳ぎ続ける。


 もう一度浮上して呼吸後、何とかほんの少しだけ残された足場に泳ぎ着くと、急いでそこに登ってうつ伏せになって動きを止める。酸素を求める呼吸さえ、今は止めようと全身の神経を集中する。

 「……ッ!!!」

 毛先一つまで動くなと念じながら、呼吸を整えようとしている本能とのせめぎ合いを続け、その間にも俺の上をサーチライトが通過していく。

 ほんの僅かな、しかし確実に人生で一番生きた心地のしない数秒間。その数秒間の後に生きていることを実感できたのは多分単なる幸運だ。


 「はぁ……」

 我慢していた深呼吸を思う存分行いながら体を起こし、消火栓の残骸から配管をよじ登って崩落しかけている天井に足をかける。

 「っとと」

 そのまま配管に張り付くようにして数歩分移動し、僅かに空いた穴から上へとよじ登っていく。

 幸い地上階はまだ水が来ておらず、かつての利用者たちの車が朽ち果てた姿ではあるが残っていて、少なくともどこを歩いたら安全なのかは分かる状況にあった。

だが安心はできない。ここに誰もいない訳ではない。


 「くぅ……」

 向こうから近づいてくる声と足音。そして揺れるライトを認めて咄嗟に近くの車の残骸に身を隠す。

 幸いスリングで繋がったライフルは失っていない。

 水も抜けて、使用に問題はないだろう。

 無線もどちらも無事だ。完全防水で助かった。

 問題は、デバイスを失ってしまった事だ。つまり、敵地のど真ん中で位置情報が無くなってしまったという事を意味する。


 そしてもう一つの問題――間違いなくこちらの方がはるかに重大な問題。

 即ち、俺は今ここに一人だけでいる、という事。


 「皆どこに行った……?」

 水没時にはぐれてしまったか、同じ方向に逃げた者は皆無だった。

 はぐれただけならいい――いや、良くはないが、まだ再会できる可能性はある。

 では、そうでなければ……?よそう。確認できるまでは。

 「……」

 隠れた車越しに崩落したスロープ方面に目をやる。

 数名の公社兵がスロープから下を見下ろしている。

 その向こうには脱出できる出口が、俺の感覚が狂っていなければ、本来進むはずだった場所の真上に位置する扉だ。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日は短め

続きは明日に

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