死者たちの国20
無線を手にして、それから元に戻す。
今呼びかけるのは危険だ。流石に連中との距離が近い。
奴らが去るのを待つか?いや、それもリスキーだ。車の残骸やコンクリート塊が転がっているため隠れる場所はあるものの、それでいつまでもしのげるとも思えない。そもそもこれ程大騒ぎになっていて、これ以上増援がないとも限らない。
「ベースプレートよりキロリーダー、状況を報告せよオーバー」
「こちらキロリーダー、小隊員の損害は変わらず。アンノウンはB1F及び1Fで捜索中オーバー」
鹵獲した無線から連中のやり取りが聞こえてくる。
「ベースプレート了解。ガーデナー及びウェアウルフから『全員の死体を見つけるまで捜索を続けろ』との指示だ。引き続き捜索を続行せよアウト」
ガーデナーとウェアウルフというのが何者かは分からないが――どちらかが恐らくオブライエンなのだろうとは思うが――徹底的に俺たちを始末するつもりのようだ。
つまり、連中はまだ俺たちを探し続けるという事。即ちこの場に留まっているのは危険という事だ。
「……よし」
なら移動するしかない。
車体越しに連中の方に目をやる。先程の集団から二人が抜け出してこちらに向かって歩いてくるのを認め、さっと頭を下げる。
連中が行くのを待つ――素直にどこかに行ってくれることを祈りながら。
「……」
心の中でゆっくりと10秒数えてから耳を澄ませ、それからそっともう一度目視で確認。
丁度正面にあたるスロープから完全に離れた二人は元来た方向とは逆=俺から見て右手側に向かって移動しており、現在はこちらに背を向けている。
行くなら今だ。連中が点在する車の裏まで捜索し始める前に移動するしかない――第二陣がスロープから上がってきて、最初の二人の後方に続いたのを確かめてからそれを決意する。
「行けるか……?行ける」
そっと口の中で呟いて、4人全員が背を向け、第三陣が来る前に左へ。
体を起こすのは最低限で、一番近くの別の車の陰に飛び込む。幸い足音は隠れていた。足音は。
「クソ!」
自分の走った後にくっきりと残った足跡に気づいたのは車に隠れて直ぐだった。
先程まで水の中を泳いでいたのだから当然だが、俺は全身ずぶ濡れだ。その状況でコンクリートの上を移動すればどうなるかなど、考えなくても分かる。
更に厄介なことに、その痕跡は俺が穴から這い上がって出てきたところから、現在位置までしっかりと伸びていた。先程身を隠していた辺りは水溜りになって長時間滞在したことが分かる程の状態で。
ただの水だ。色はついていない。その上この辺りは暗い。B1Fに比べればいくらか光が入るとはいえ、肉眼で屋外と同様にものをみるのは難しい暗さだ。
――だが、そういう要素をいくら並べても目の前の足跡が生み出す不安には敵わない。それがただの杞憂ではなく、明確な危険性と己が認識しているが故に特に。
「……ッ」
再度車から顔を出す。
捜索中の4人はまだこちらに気付いていない。距離を開けるのなら今のうちだ。
そう考えて腰を上げようとした矢先、耳に飛び込んでいた音がその動きを中断させた。
「クソッ!増援か!」
進行方向から二人。
俺の目指す出口から現れたそいつらが、銃にマウントしたフラッシュライトを周囲に向けながらこちらに向かってくる。
かなりまずい――連中が車の枠だけになった窓ガラスにそのライトを向けているのを見ての直感。
今動くのはまずい。少しでも体を露出させればすぐに見つかるだろう。それどころか、僅かな音だけでも危険だ。
「……」
体を預けていた車の下に目をやる。
これの車種はSUV。普通ならこの下に転がり込むという選択肢もあるだろうが、生憎最低でも15年は前の代物。それもこの廃墟に放置されていたようなものだ。タイヤは全て空気が抜けきっていて、ただ朽ちたゴムのオブジェになっていた。ゴムが残っているだけいい方かもしれない。
とにかく、車体が下がり切っていて下に潜り込むのは難しい。
ならすることは一つだ。奴らが通り過ぎるまで身を低くして動きを止め、ただひたすらに去ってくれることを祈るだけ。
そうしている間にも連中は近づいてくる。
連中のライトの光が俺の視線の先に落ちて、嘗め回すようにコンクリートのひびや、車から脱落したのだろうドアの残骸を照らして揺れ動く。
「……」
心臓を鷲掴みにされたような恐怖に体が強張るのを感じ、それから頭に別の考えが浮かんでくる。
提案:いっそ先手を取って連中を無力化してしまえ。
こっちには銃もある。こっちは連中に気付いていて、向こうはそうではない。
なら、先に襲い掛かれば勝機はある。
その一見魅力的な提案を、頭の冷静な部分がマキナの支援を受けて反論する。
反論:仮に首尾よく連中を無力化しても音でばれる。
銃を使えば当然銃声が響き渡るし、仮にそれ以外の方法を採ったとしても音を立てないのはナイフぐらいだ。
そしてそのナイフを持って隙を突いて襲い掛かったとして銃で武装した二人組――それも、まだこちらを見つけていないとはいえどこかに敵が隠れていないか探して警戒している状態のそれを相手にナイフ一本で斬りかかって完全に無音で、無傷で、誰にも見られずに始末できるなどと言うのは楽観的過ぎるというものだろう。
光の帯がこちらに近づいてくる。
落ち着け、大丈夫だ。俺の体は車に密着している。連中からは死角になるはずだ――その光が頭上を通過する僅か数秒の間に一体何度その言葉と自分に言い聞かせただろうか。
そして通過した瞬間、俺は自分のライフルを引き寄せて体を起こす。
「ん……これは」
「足跡?」
その直前に気づいた一難去った後のもう一難を解決するために。
「ッ!!」
ボンネットに飛び乗り、尻で滑るようにして車体を横断。
着地の瞬間には既にナイフが鞘から抜かれて手の中だ。
誰にも気づかれず、一切傷を負わずに切り抜けるのは楽観的すぎる。だが、それにしか頼れないのならばそれ以外に手はない。
「なっ――」
手前側の兵士が接近する敵に気付いて反射的にライフルを向ける。
「ちぃっ!!」
着地と同時にその銃身に全身で体当たり――勿論、射線に入らないように体勢を低く、車体に体をこすりつけるように。
「がっ!?」
そのまま懐に飛び込んで銃身を左手で弾き上げ、同時に右手は太ももの付け根を貫く。
根元まで押し込むのではなく、すぐに引き抜いてから体を駆け上がるように首へ。
「ッ――」
何か発する前にその首を刃が通り抜け、体も同時に崩れゆく奴の横を通り抜ける。
その瞬間目に飛び込んできた映像=鏡写しのようにナイフを構えたもう一人。どうやらこいつは既に銃での戦闘を諦めているようだ。
そしてそのまま銃にも無線にも手を伸ばす隙を与えずに飛び掛かり、それに反応して突き出してきたナイフを自身のそれの刀身で逸らして左手でその二の腕辺りを捕まえる。
本来なら刃同士を接触させるのはよろしくないそうだが、そんな事を言っている場合ではない。そのまま奴の右手=ナイフを持っているそれを掴んで合気道のように腕を極め、その動作の最中に脇の下に自分のナイフを突き立て、すぐに引き抜いて首へ。今度は後ろから前に向かって押し出すように切り捨てた。
二体が崩れ落ちる。
楽観的すぎる選択肢。とりあえず無傷は達成。
そしてもうひとつの達成=音もなかった。俺の動きだけではなく、こいつらが声をほとんど上げなかったのには助かった。
もし大声で叫ばれるか、或いは銃の引き金に指を僅かでもかけていれば危なかっただろう――声を聞かれるという意味でも、俺が死ぬという意味でも。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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