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死者たちの国17

 再び流れ落ちる水の音だけが響くようになった暗闇の中を俺たちは進んでいく。

 流れ落ちる水と共に差し込んでくる光から離れると、世界は再び暗闇に戻っていき、その中を進む俺たちの足が水をかき分ける音が、少しずつ小さくなっていく落水の音に混じる。

 その亀裂から少し先、プロムナードの片隅、この空間の端にある部分から奥に伸びている通路に足を踏み入れる。

 本来は存在しているのだろうドアは全て無くなって、ただ天井に残るレールだけがその痕跡として残されていた。

 デバイスの情報を思い出す。この先は地下駐車場。そしてそこを抜ければ駅ビルの中にある改札をくぐって13号線=俺たちの世界で言う副都心線のトンネルだ。


 「連中の言った通りだな……」

 角田さんがその地下駐車場の前で一言漏らした。

 自動ドアの跡を越えて、扉を失いただの穴となったエレベーターの残骸の間を抜けた先にその空間は広がっていた。

 デバイスによればかなりの広さを誇るらしい地下駐車場。一切の照明を失った今ではここから正確な広さをうかがい知ることは出来ない。

 広い広い地下空間は、足首まで達している水もあって真っ暗な海のようにも思える。

 そしてここは地下1階。その地下1階で足首まで水が来ているという事は?連中の言った通り、これより下はまさに海だ。


 「ライト使おう。ここからは危険だ」

 「了解」

 角田さんがそう言って、自らの銃にマウントしたフラッシュライトを使用する。

 足元に流れる水は真っ黒で光に照らされてもその数cm下の床を見るのさえ一苦労だ。

 だが、そうでもしないと進めないと言うのは目の前に広がる地下の海の有様を見れば一目瞭然だった。

 かつては大量の車を収容できたのだろうそこは、今仮に浸水がなかったとしても、その機能は半分以上失われてしまっただろうと思えるほどの荒廃ぶりだ。

 上下移動用のスロープは複数個所用意されているようだが、一番手前に見えるそれは上に向かう部分が崩落し、その周囲に放置されていた車両の残骸は頭から水底にむかって突っこんでいる。

 ここからあの辺りがどうなっているのかを目視することは出来ないが、その姿だけで地下1階の床が崩落しているという事は分かる。


 そして同じような現象は他の場所でも起きているという事は、ライトをつけずとも暗視装置を介した視界にしっかり映っていた。


 「足元を照らしながら進むってことですね」

 自分のライトを用意しながら確認。一歩間違えれば水深何mか分からない水中にダイブすることになる。

 「そういう事だ。くれぐれも落ちるなよ。溺れても助けられない」

 非情な宣言――という訳ではない。

 事実として、着衣の溺者を救出するのは至難の業だ。それも自分が安全かどうかも分からないような環境で、重い装備を身に着けて、同様の装備をした人間を安全な地面まで引き上げる、それもプロのレスキュー隊員でもない俺たちで、というのは余りに非現実的な話だ。

 ――それに最悪の場合、そうしている間敵の銃撃に晒されるかもしれないのだ。


 その危険を全員が理解していた。故に、ほとんどムカデか電車ごっこかという程の距離感で移動を始める。

 駐車場入り口の天井付近を走る配管が破壊されていて、そこからとめどなく水が流れ込んでいる。恐らくここ以外にも同様の場所があるのだろう、この広さを水に沈めるとなれば相当な量が流れ込まなければならない。

 その流れ込んだ水でよく分からない足元に怯えながら、俺たちは反対側にある出口に向かって足を進めていく。

 勿論、その間周囲のクリアリングは一瞬も怠れない。

 何しろ立体駐車場だ。水没している関係で下から襲われる恐れは無いとはいえ、それ以外の方角全てに敵がいる可能性があるのだ。

 ――そして、そういう時の備えというのは嫌と言うほどその有効性を示すのだ。


 崩落した地上階へのスロープの手前、放置された車両が2台並んでいる――というか、道路を塞ぐように転がっている手前にたどり着いたその時、二つの声の同じ言葉が同時に響いた。

 「「コンタクト!」」

 片方の声:左を見ていたシロ。

 もう片方の声:彼女の見ていた方向にいた公社兵。

 崩落した1階へと通じるスロープの向こう側。即ち1階にいた公社兵がこちらを見下ろし、俺たちと同じようなフラッシュライトをこちらに向けていた。


 「ッ!!」

 誰が何を言うでもない反応。シロは一歩後退しつつ上階の相手に銃を向け、俺たちは瞬時にその場から離れて放置された車両や、崩落して転がっているコンクリート塊に身を隠す。

 この時ばかりは足を出すのは賭けだ。確かに通ったはずの場所に、その記憶が正しいと信じて踏み出す。当然ながら、未知の領域である前に出る者はいない。

 そして俺たち三人がそうしている間にシロは発砲している。クロスボウではなく、フラッシュライトをマウントしていた自身のライフルで。


 たった一度の銃声、直後に先程の犬より遥かに大きく低い着水音。

 被弾して力を失った公社兵の体が水しぶきの向こうに消える。

 そしてその瞬間、まるで昼間のように俺たちの周りに光が満ちて、同時にインカムに今しがた聞いたのと同じ声が響く。

 「コンタクト!!」

 そして光のさす方向=進行方向から、闇を切り裂いた曳光弾が頬を掠めていった。

 それに一瞬遅れて首を縮こませるが、その間も鹵獲品の無線は連中の通信を拾っている。


 「キロ1-7よりCP!『インディア・ウィスキー』地下駐車場B1Fにてアンノウンと遭遇した。軽歩兵数名を確認!交戦継続中も小隊員1名死亡。増援を送れオーバー!」

 「CP了解。ヴィクターチーム、直ちに『インディア・ウィスキー』に戻り、キロチームの援護に向かえオーバー」

 ヴィクターチーム=さっきすれ違った連中。

 「……ッ!!」

 一度地下プロムナードの方を振り返る。

 すぐにでも切り抜けなければ、そしてここを離れなければ挟撃される。

 満足に動くこともできない状態でのそれは、即ち死の別の言い方に他ならなかった。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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