死者たちの国16
「ライトは?」
「いや、可能な限り暗視だけで行こう。露見する可能性がある」
シロと角田さんのやり取りを聞きながら入り口の周囲に目を配る。
恐らく在りし日には何か建物があって、その一角がこの地下への入口だったのだろう。
今ではその建物はなくなり、背の高い雑草に覆われた土地の片隅に、ただ階段だけがぽっかり口を開けて流れ込む水をがぶ飲みしている。
「全員暗視の機能を確認しろ」
言われてポーチから取り出したそれを目に。レンズカバーを使用して疑似的な暗所を造り動作確認後、それを外し複眼型のそれを通して外を見る。デジタル処理された世界は、日中であれば肉眼と大した変化はない。
「よし……異常なし」
今から踏み込む穴を見て十分に問題なく機能することを確かめる。真っ暗な洞穴になっているその階段の、一段ずつの段まではっきり映しだされている両目の世界。バッテリーも十分余裕がある。
「行くぞ。足元に十分注意しろ」
そう言って、角田さんが先頭に立ってそのひび割れと欠落だらけの階段を降りていく。
シロとクロがその後に続き、俺はその間周囲の警戒に当たっていた。
ポン、と背中を向けていた進行方向から肩を叩かれ、180度振り返って俺も三人に続く。
滝のように水が流れる階段を用心深く降りていくと、成程かつては利用客で賑わっていたのだろう、地下のわりに広い通路に到達した。
「……冷えるな」
「ですね……」
思わず漏らした独り言にクロが反応。
足首まで浸かっている程の水深だからか、地下の空気はひんやりと冷え切っていて、本当に洞窟や鍾乳洞の中にいるような気持ちにさせる。
定期的に白く立ち昇る自分の吐息がデジタル処理された世界に映る。
光量のないこうした場所でも赤外線によって周囲の状況が確認できるため、ライトに頼らなくていいのは助かる。光を発すれば見やすくはなるが、同時に見つかりやすくもなる。
「全員足元に注意。元の時代では床にグレーチングをはめ込んでいる場所があったようだ。側溝に足を取られると危ない」
角田さんがそう指示しながら、見本を見せるように小さな歩幅で静かに滑るように前へ進んでいく。
同じように俺たちも後に続く。水に沈んでいる床は暗視装置を使っても完全に見える訳ではないが、少なくとも誰かが進んだルートは安全だ――と言っても、殿を務める俺の場合は後方を警戒する必要上後ろ向きで歩くことになるのだが。
周囲にはかつては店舗だったのだろう無数のブースと、それらを区切る細い通路とそれに時折混じる今いる場所と同じような大通りがいくつも続いていて、そうした交差点に差し掛かる度に全員がそれぞれの方向をクリアリングしつつ進んでいく。
全員が神経を集中し、全身を目と耳にして進む。
聞こえてくるのはどこかから水の流れ込む音と、俺たちが進む際に足と水が立てる音だけ。
「右クリア」
「左クリア」
そのわずかな例外がこのやりとり。そうやって進んでいく真っ暗な廃墟の奥にうっすらと光がさしているのを見つけたのは、途中でポジションを交代して、殿を角田さんに任せた時だった。
「あれは……」
「天井が裂けていますね……ッ!」
同じものを発見したシロ=現在のポイントマンが告げ、それから即座に左手のパーを上げる――止まれ、の合図。
「ッ!!」
それがどういう理由によるものかなど、俺にもすぐに分かった。
全員の動きが止まり、そしてそれでも聞こえてくる音=足が、それも複数のそれが水を蹴立てて進む音。
咄嗟に周囲を確認。
反響しているため確実な数は分からないが、音からして――そしてここが敵の本拠地であるという点からして――こちらより多いと考えるべきだろう。
暗くて足元も悪い状況での交戦は極力避けなければならない。
「……ッ」
ならばどうする?隠れてやり過ごすしかない。だがどこに?
左:残念ながら壁。
右:ブースはあるが隠れられるようなものがない。
前:同じような状態。
「こっちだ!」
角田さんがついさっき通り過ぎた左側のブースを示す。
シャッターが下ろされているそこはしかし、俺の膝より少し上ぐらいまでで半開きになっている――正確には下から突き上げられたように何か所かがひしゃげてそこで止まっている。
なんでもいい。今はそこに入って凌ごう。
「ぐ……」
冷たい水に身を浸してブースの中へ。思わず心臓がきゅっと締められるような感覚。マキナが保護していてもこういう感覚は生きている。
その間にも足音は近づいてきている。
「……」
全員がシャッターをくぐり、元が何の店だったのか分からないボロボロの廃墟に立て籠もって息を潜める。
水の音が更に大きく、多くなってくる。これまでは重なって一つの音になっていたものがそれぞれの足音として聞こえるようになってくる。
同時に水面を光が走り、幾筋かの光の帯が手探りするように暗闇に揺れている。
「……」
シャッターの向こう、連中の足が見え始める。
十人?いやもっと?足の数だけでは判断できないぐらいには大規模な部隊。
それらが周囲をライトで照らし、クリアリングしながら俺たちの進んできた方向に向かって動いている。
「……ッ!?」
一瞬、連中のライトの一つがシャッターの下を潜り抜けてこちらを照らしてきた時は、思わずもう一度冷水に全身を浸したような感覚に襲われた。
「……」
こっちに来るな。早くどこかへ行ってくれ――息を潜め、全身の動きを止めてただそれだけを願う。
それが通じたのかどうかは分からないが、シャッターの下を探るように動いていた光はすっと引っ込んで反対側に向けられた。
「ヴィクター1-6よりベースプレート、現在地下ルート『インディア・ウィスキー』を移動中。全域を通して浸水被害甚大。地下駐車場はB2Fが完全に水没。B1F及びプロムナードも足首まで浸水している。またプロムナード内の天井に地上まで貫通している裂け目を発見、水がそこから流れ込んでいる。今後の状況如何では『インディア・ウィスキー』は使用不可能オーバー」
「こちらベースプレート了解した。ヴィクターチームは規定ルートを巡回し池袋CPに帰投せよアウト」
ベースプレートの返答はこちらが拾った無線機が伝えるそれをインカムを介して聞き取る。
どうやら連中にとってもこの状況はよろしくないようだ。
そして聞こえてきた言葉を頭の中で反芻――地下駐車場はB2Fが完全に水没。
俺たちがいるのはB1Fだが、今からその水没したエリアのすぐ上に行かなければならないという事だ。
「全員、今の聞こえていたな?」
ヴィクターチームがいなくなったのを確認してから角田さんの確認に頷いて返す。
「地下駐車場が完全に水没する前に移動しましょう」
そうなった時にはここも恐らく沈んでいるだろう。
シャッターを再度くぐり、誰もいなくなった地下プロムナードを進んでいく。
先程見えていた天井から降り注ぐ光が再度目の前に現れ、それが連中の言っていた地上まで貫通している裂け目だと察する――差し込む光と滝となって流れ込んでいる水とで。
再びポイントマンを務めるシロがその真下を迂回するようにして進みながら後続する俺たちに告げる。
「外から見えないように注意して――」
途切れたのは、別の声が入ったから。
「ッ!!」
反射的にそちらを見上げる。
先程見かけたような野犬が一匹、穴の中の俺たちと目が合って狂ったように吠えたてている。
「シーッ」
思わずそう呼びかけるが、当然ながら飼い犬でもないこいつが聞く訳もなく、今にも飛びかからんばかりに猛り狂っている。
「……仕方ない」
すぐ隣でそう聞こえて、それからシュッという鋭い音。
そして犬の短く、それまでの鳴き声に比べればかなり静かな一瞬の悲鳴。
その直後、クロスボウで射抜かれたそれがぼちょんと音を立てて滑り落ちてきた。
「……」
それを一瞥してから、仕留めた射手=クロは何も言わずに矢を装填していた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




