死者たちの国13
斜面を降りてくる時の警戒を維持し、先程茂みの中で見つけた家の事を思い出す。
同じものが設置されているかもしれないし、そうでないかもしれない。
或いは全く別のトラップがあるかもしれない。
「……」
幸い、既に周囲と区別がつかなくなっている裏庭に関しては何もないようだ。
そのまま勝手口だったのだろう、ボロボロに壊れた壁と一体化したような扉に近づいていき、デバイスの爆発物探知機能を起動させてその向こうを探査する。
反応はなし。つまり爆発物は仕掛けられていない。
だからと言って安全だと決まった訳では当然ない。トラップは爆発物だけではない。ただ穴を掘って草をかぶせておくだけでも十分な効果を発揮するのだ。
「!?」
だから、その扉の向こうから何かが動く音が漏れてきた時には、心臓を直接掴まれたような衝撃が走った。
「アルファ――」
すぐ横で待機していたクロが俺に呼びかけるのに、人差し指を口に持っていくことで答える。
「……何かいる」
それから静かに、ただの吐息のように絞った声でそれだけ伝えると、彼女は無言のまま扉を挟んで反対側に回り込んだ。
物音はまだ続いている。
風が吹いたとか気のせいとかでは断じてない、明らかに何か質量のある物体が動いている音だ。
「……」
クロがそっとケーブルを伸ばし、草によって持ち上げられているような扉の下側に逸れの先端を差し込んだ。
ケーブルと言っても、その先端は糸のように細く、そしてその細い部分にも俺のスマートフォンと比べても遜色ないどころか、遥かに上回る解像度のカメラが内蔵されている。
それを差し込み、自身のデバイスを操作するクロ。
僅かな空白――精々一秒か二秒。
だが張り詰めて、嫌に長いその僅かな時間は安堵したようなクロのため息と共にこちらに向けられた彼女のデバイスの画面によって終わった。
「恐らく安全です」
映っていた四つの目。
餌を探しているのか、扉のすぐ向こうで蠢いているハクビシンだかアライグマだか。幽霊の正体見たりという奴だ。
念のためカメラの機能で確認したが、本物の動物だ。
腹に手榴弾を埋め込んだ四脚ロボットに動物の皮を被せるトラップもこちらの世界には存在している。ぬいぐるみに爆弾を仕込むブービートラップの派生形みたいなものだ。
「!」
そっと扉を開けると、それに反応したようにそいつらが走り去る。
部屋の中――と言っても、壁以外は何も残っていないが――にはそいつら以外には何もなく、二匹が逃げて行った奥へと廃墟が続いているだけ。
「クリア」
その中を進む。廃墟と植物のむっとする臭いが立ち込めていて思わず眉をしかめるが、それで確認を怠る訳にはいかない。
足元、進行方向、壁――それら全てが見たままの、つまり何もない空間であることを確かめつつ足を進め、本来なら応接間があったのだろう空間を通り抜けて庭先へ。
ブロック塀の残骸を乗り越えると、そこから先はまた草の生い茂った森の中の小道だ。
そしてその土がむき出しの小道には、いくつかの足跡が残されていた。
人間のではない。先程の奴らよりも大きい。
「犬か……」
その独特の形状の足跡を見つけたところで、クロが同時に気配に反応した。
「あれは……」
「狼じゃないな……野犬か」
野良犬ではなく野犬。つまり野生の犬。
犬と言えば人間になつくイメージがあるが、それはあくまでごく一部だけだという事は、こちらの世界に来て知った。
思えば子供の頃から野良犬などもいない環境だった。
クロやシロなど恐らく輪をかけてそういうものとは無縁だっただろう。
だが、今茂みの中から顔を出してこちらを伺っている動物の群れには、そんな現代日本の常識は全く通用しない。
低く唸り声を上げ、危険であると一目でわかる牙の並ぶ口を僅かに開いた顔でこちらを睨みつけているのは、間違いなく野生動物、それも、集団で狩りをする肉食獣だった。
「どうする……?」
「撫でさせてはくれそうにないですね……」
その獣共から目を離さずに俺とクロは言葉を交わす。
恐らく一発発射するのが一番確実で効果的なのだろう。ここは公社の部隊が展開している場所だ。この犬どもだって銃の恐ろしさは分かっているだろう。そうでなければ生き残れない。
だが、今撃つ訳にはいかない。
例え連中のものと同じ銃弾であっても、その銃声が極めて似たものであったとしても、銃声がすれば嫌でも目立つ。
何しろどこにレンジャーが潜んでいるか分からないのだ。そんな中でこちらから注目を集めるような行動に出るのは愚策だ。
「……」
しかし、その愚策をやらなければ命が危ないかもしれないのもまた事実だ。
「声を出さないで。ゆっくり下がって」
インカムと背後に同時に声。
「目を見ないようにして、同時に背中を向けずに下がってください」
その声=シロのアドバイスに従ってじりじりと後ずさりしていく。
落ち着け。犬だって人間は怖いのだ――子供の頃父親に言われたことを思い出す。
人間は怖い。武装しているし、今は複数人だ。犬だって動物であって、動物は危険な相手には近づかない。
つまり、こちらから刺激しなければ襲ってはこない――その根拠があるのか分からない話を今は頼りにするしかない。
「……」
じっとりと、背中に一筋冷たい汗が流れていく。
犬どものボスなのだろう一頭がひょいと回頭して茂みの中に消えていくと、周囲の犬も真似るようにして茂みの中に消えていく。
恐らく十秒も経っていないが、連中の気配が消えた森の中で俺たちは静かにため息をついた。
再度前進。
森の中、無数の木々の間を縫うようにして伸びている道にそって進み、そして再び足を止める。
「伏せて」
後続にも指示。
それぞれが木の根や茂みの中に身を伏せる。
自身もそうしながら、俺の目は目の前で一か所に積み上げられていく人間の姿を見ていた。
恐らく捕虜――だった者達だろう。二人の公社兵が一組になって両方の手足を掴み、二、三度振ってから放り投げていく。
投げ捨てられたそれが地面を転がり、森の中に出来た窪みのような場所に転がると、すぐその上に新しい死体が投げ込まれていく。
「殺しちまったか……」
先程ガソリンスタンドに集められていた連中だろうか。トラックの荷台から死体を降ろしては一か所に積み上げていく公社兵たち。
当然、その周囲には警備の兵士たちが大勢いて辺りに目を向けている。
「迂回しよう」
それらを躱すように茂みの中を突っ切っていく。
藪の中に伏せている俺の鼻腔に、草の臭いにガソリンのそれが混じって流れ込む。
「……」
不意にもう一度公社兵の方に目を向ける。
積み上げ終わったのか、ガソリンを小高い山に浴びせていた連中が離れていき、恐らく指揮官なのだろう公社兵が火を放つ。瞬く間にキャンプファイヤーのように大きくなった炎を見ている連中の後ろから不意に現れた人物に、思わず俺の動きは止まった。
「オブライエン……」
手を出せないのは分かっている。今ここで早まれば奴一人と俺たち全員が引き換えだ。
だが、燃える死体の山に照らされた顔は、じっとその山を見つめてから現れた時と同様にふっと奥へと消えていった。
頭を切り替えろ。今は任務が優先だ。
自分に言い聞かせて茂みの中を急ぐ。幸い、炎の燃える音と、そちらへの公社兵の意識の集中がこちらの身動きを取りやすくしてくれた。
大きく迂回し、北側からアプローチすることになった茶色のビルが、木々の隙間から姿を現した時、俺たちは再び足を止める事となった。
下に二人――ハンドシグナルで伝える。
現在位置は周辺よりやや高くなっていて、ビルの周りを見下ろすような形になっている。
その見下ろしている場所=先程犬に遭遇したような小道の周りに広がる茂み、そこの一部が僅かに動いたように見えたのは、俺の勘違いという訳ではなさそうだった。
茂みが動く。正確には動いた。
その辺りに目を凝らす。ほんの僅かな、それこそ、たまたま動くところを見ていなければ確実に見逃していたごく小さな違和感。
再度後方に連絡=前方の茂みの中に偽装して潜伏中の敵が二人。
恐らくレンジャーだ。俺の直感はそう告げていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




