死者たちの国11
連中が移動したのを確認後、後を追うように道路へ降りる。
路肩に放置された無数の車両の残骸に身を隠しながら、先程の車両と公社兵の進行方向に目をやると、同じようにかつての交通量を表すかのような車の墓場が広がり、それらをかき分けたような道が奥=池袋方面へと続いていた。
「連中、向こうに移動していたな」
角田さんが確かめるように告げたのに答える。
「ですね。追いますか?」
「ああ。危険だが、これ以上時間をかけるのも同じく危険だ」
既に複数回迂回していて、これ以上ルートを変更すれば目標を見失う可能性もある。
その上敵がどこに潜伏しているか、そしてどこにトラップがあるか分からないということを考慮すれば、あまり長時間この森の中をうろつくのは良い選択とは言えないだろう。
連中の使っている道路沿いならば、トラップが仕掛けられている可能性は低い。誰だって味方を――そして場合によっては自分自身を――巻き込む可能性のある所にはトラップを仕掛けられないものだ。
俺は隠れていたセダンの陰から周囲を確認。
ボンネット辺りまである草の中を、前に見える別のセダンの残骸に向かって移動する。
道路に沿って、車の残骸や建物の廃墟を縫うようにして移動。
そうして少し進んだところで、先頭を行っていたクロがハンドシグナルを送る=止まれ。
彼女が建物だったのだろうかつてのコンクリートの塊――今は草の塊の陰に身を隠しながら俺の方へハンドシグナルを続ける。
前方に哨兵二名。移動するまで待て。
彼女の視線の先を見ると、確かに二人の公社兵が道の真ん中に立っているのが見える。
先程の集団もそうだが、何もこの森を守っているのはレンジャー個体だけではないようだ。
「ん……?」
だが、問題はそこだけではない。
連中の立っている場所は、道路が二つに分岐している場所だ。そしてその分岐の片方、斜面を登っていく方の道はまだ真新しい黒々としたアスファルトで舗装されていた。
特段道路工事に詳しいわけではない俺でさえ気づくのだ。かなり最近造られた道路だと考えてまず間違いないだろう。
それはつまり、何らかの必要があってそれなり以上の頻度でその分岐を利用するという事を意味している。
そしてそれとは反対の分岐=今いるこの道の行く先はこれまで以上に荒れ果てて、最早アスファルトで舗装されていたという事が分からない程に草に覆われている。
つまり、最近こいつらがどちらの分岐を進んでいるのかは一目で明らかと言う事。
そしてその証明のように歩哨二人はどこかに連絡を取ると、真新しい方の分岐を選び、その坂道を登っていく。
「よし、行ったな」
連中が稜線の向こうに見えなくなったのを見送ると、クロも同時に動きだした。
「行きましょう。こっちです」
歩哨の消えた稜線を警戒しながら、俺たちも山を登っていく。
途中でちらりと荒れ果てたもう一つの道の方を見ると、向かう方向自体はこの道と同じようだが俺たちが見ていた辺りから先は完全に倒木や土砂で塞がって進めなくなっているようだった。
恐らくあちらが使えなくなったから建物の残骸などを埋め立ててこの道を造ったのだろう。
そこまでしてここを通りたい理由があるのか――その疑問は坂の頂上に到達したところですぐに解決した。
「あれって……!」
先頭を進んでいたクロが足を止め、路肩に露出した木の根に身を隠しながら眼下に広がる光景を指す。
「ああ、間違いないな」
俺自身、それほど何度も訪れた訳ではないが、線路の残骸などからこの辺りで複数の路線が乗り入れる大きな駅のある栄えた場所と言われれば直感的に分かる。
「池袋だ」
その名を口にしてから改めて眼下のその市街――正確にはその成れの果てを見下ろした。
恐らく駅ビルだったのだろう、壁のようにそびえ立つボロボロの廃墟は、崩落した壁の穴や、かつて窓だったのだろう場所から成長した樹木がブロッコリーのような形で飛び出していて、その周囲も大自然が広がっており、どちらかと言えば町が密林の中に突然転移してしまったかのような印象を受ける。
「……間違いないですね。池袋駅です」
クロが自身のポーチから双眼鏡を取り出してその廃墟を確認。
同時にその周りにも目をやっているようだ。
「駅ビルの足元、バスロータリーでしょうか……開けた場所に軍用車が複数停車。機関銃陣地もその周囲に複数見られます。中継拠点かなにかでしょうか……ッ!あれは!?」
「どうした?」
突然、ゆっくり動いていたその双眼鏡が一か所を凝視して、同時に張り詰めた声を上げる。
隣で尋ねた俺に、彼女はすっとこちらに双眼鏡を差し出した。
ちょうど角田さんやシロも到着したところで自分の目で確かめるべくそれを受け取った俺に、彼女は緊張と興奮が入り混じったような声で説明する。
「駅ビル前の機関銃陣地から手前に移動したところです。看板の残っているガソリンスタンドの跡地を」
言われた通りの場所に双眼鏡を動かすと、ズームされた世界がそれに合わせて滑っていく。
複数のAPCやトラック、四輪車が並んでいるバスロータリー跡地から手前に向かって移動。
同時に倍率を変更してガソリンスタンドの看板を探す。
「あれか……」
広がっていく世界の真ん中辺りに現れた、見覚えのある看板、正確には朝顔の支柱のようになったその残骸はすぐに見つけられた。
そしてその根元に広がるただっ広い空間にズームしていく。
看板に偽りなし。給油装置は撤去されたのか壊れたのか無くなっているが、その広いアスファルトの敷地と、その端にぽつんと佇む建屋。かつては存在したのだろう屋根を支えていた支柱の残骸が、仮に看板がなくともそこがどういう場所なのかを表していた。
「!?」
その敷地の真ん中に、複数の人間が集められている。
いや、ただの人間ではない。全員後ろ手に縛られ、両膝をついた姿勢で、周囲には銃を持った公社兵たち。
その公社兵の後ろには積み上げられたアームスーツやエグゾスケルトンの残骸。
三大国軍の捕虜だ。恐らく連中もここに潜入し、そして失敗したのだろう。人種も性別もバラバラな十数名の兵士たちがそこに並べられていた。
だが、それだけなら別にそこまで驚くものでもない。
公社は三大国に納入した他律生体を操って制御不能に陥らせ、同時に彼らの軍事システムをジークフリートの投入によって無力化した。火器管理や指揮通信システムさえ掌握されている状況であの捕虜連中がどうやってアームスーツを運用していたのかは分からないが、とにかくここまで潜入し、そして見つかったのだろう。
だが問題はその見つけた側。即ち公社側だ。
彼等を包囲している公社兵たちが不意に直立して敬礼で迎えたのは、コマンド個体に守られたオブライエンだった。
「オブライエン……」
思わずその名前が口を突き、この部隊で最も奴について知っているだろう人物に双眼鏡を渡す。
「間違いない……何をしている……?」
受け取ったその人物=シロも確認した。
そしてその時、俺とシロの目は同時にこの双眼鏡の持ち主に向けられた。
頭では分かっている。ここから小さく見積もっても直線距離で1kmはあるだろう。
そして俺たちのその視線に気づいた彼女も、小さく首を横に振って、頭の中の言葉をそのまま口にした。
「流石に遠すぎます。対物ライフルでもないと」
「それに、まだ殺すべきじゃなさそうだ」
双眼鏡リレーのアンカーとなった角田さんが奴を目で追いながらそう付け加えた。
「奴……というかあのガソリンスタンドの周りにスナイパーが複数見られる。ここからでは見えないが恐らくレンジャーもいるはずだ。潜入前にこちらの居場所を教える訳にもいかない」
正論だった。
だが、それだけで全て納得したとは考えていないようだった。
「まあ、まだチャンスはある。ここにいることが分かったんだ」
「そうですね……」
自分に言い聞かせたか、或いはマキナがそうさせたのか、シロもそれに同意して、俺たちはこれからの行動に頭を切り替えた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




