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死者たちの国10

 藪をかき分けて来た道を戻っていく。

 銃声は間違いなく周囲に響いた。極めて運が良ければ連中に聞かれていても自分たちと同じ6.5mm×50弾であることから友軍の発砲であると誤認してくれるかもしれないが、それに期待するのはあまりに楽観的に過ぎる。

 何しろ襲撃側は誰一人失っていないのだ。目撃情報も、そして恐らく逃げた方向も報告されて全軍に知れ渡っているだろう。


 襲撃場所から距離を取って、周囲に何もない事を確認してから足を止める。

 「クソ、毒塗っていやがった……」

 ポンプの効果で既に塞がっている傷口を見下ろしながら角田さんが呟く。

 解毒も既に完了しているだろうが、もし生身だったらあの場で死んでいただろう。

 周囲の警戒を終えてようやく一息つく――と言っても追手がいないという事を確認しただけでリラックスには程遠いが。


 そこでようやく、俺はさっきの一件について命の恩人の方を見た。

 「シロ、ありがとう。助かった」

 「私からも、ありがとう」

 俺とクロがギリースーツを纏った伏兵に襲われた時、瞬時に反応してくれたのは彼女だった。

 「いえ、無事でよかった」

 それだけ言ってから彼女は角田さんの方に向き直る。

 「すいません。助かりました」

 「気にしないでくれ。それより、これからどうするかだ」

 そうだ。それだ。

 何とかして襲撃地点からは離れられたが、またいつ襲撃を受けるか分からないし、こうしている間にも包囲されている可能性は高い。何しろ真後ろに立たれるまで察知できない程の隠密性のある連中だ。


 「とにかく、迂回しつつ進もう。これまで以上に厳重に警戒。恐らく銃声で敵が集まってきているはずだ」

 それしかないのだ。

 線路に沿っての移動は出来なくなったが、幸い空は晴れていて、コンパスと太陽を見て方角を知れば大体の進む方向は分かる。

 「移動再開」

 号令一下、再度俺たちは歩き出す。

 一度線路から距離を取るように動き、それから大きく離れて線路と並走。

 線路の周りは完全に森になっていたが、この辺りにはまだ人工物がそれと分かる形で残っていた。

 ――と言っても、あくまで分かる形があったというだけで、現在進行形で飲み込まれている最中だという事に変わりはないのだが。


 その建物の残骸の一つの前にたどり着く。

 草木の切れ目が獣道のようになって辛うじて進める状態だったそこが急に開けて現れた――より正確に言えば獣道が少しだけ広くなっただけの場所で、大自然に取り込まれつつあるその建物が密林の中の唯一の抜け道のように佇んでいた。

 かつては民家、それもそれなりの敷地面積を持つ一戸建てだったのか、ボロボロになりながらもブロック塀だと思われる遺構が苔の塊になりながら残されていて、なんとなくそれだけで他人の家に不法侵入しているような妙な居心地の悪さを乗り越える一瞬だけ感じさせた。


 「前庭クリア」

 崩落した玄関へ。今度は俺がポイントマンに立って、かつて扉が存在したのだろう玄関に近寄っていく。

 敷地面積に相応しい立派な邸宅だったのかもしれないと思わせる大きな玄関。

 そこから奥に続いている廊下は、本来は存在したのだろう――そして今はこちら側の外壁が残るばかりの――二階部分の崩落によって一番奥が塞がれ、代わりに応接間だかリビングだったのだろう部屋が建物の向こう側に通じる出口となっていた。

その元玄関をカッティングパイで確認。


 同時にトラップの有無も確かめる。

 ここを通る場合、周囲のあまりに濃密な密林は通り抜けることが出来ず、この家を通過するしかない。

 つまり、トラップを仕掛けるのならここだ。


 「……玄関クリア」

 だが今回は何もなかった――少なくとも俺の判断した限り。

 勿論だからと言って全てが安全と言う訳ではない。責任逃れをするつもりではないが、実際に仕掛けた人間以外にトラップの位置と種類を完全に把握するのは不可能だ。

 故に、必要のないものには触れない・近づかないのはトラップ対策の鉄則となる。


 その玄関を越えて廊下を進む。

 元が民家だったなどとは到底思えない荒れっぷりだが、それでも時折草や蔦の合間から見える壁紙の残骸や家具の破片などが、ここがかつて人の暮らしていた場所であるという事を思い出させた。

 「……」

 既に抜けてしまって意味をなさない廊下を進みながら、そうした残骸を躱していく。

 一番奥、行き止まりになっている場所に入る手前で足を止め、横に抜けられる部屋の前で後続にハンドシグナルで合図する=待て。

 「下がって。トラップだ」

 部屋の入口に典型的なそれ=極めて分かりやすい、脛の高さに張られたワイヤーとそれが繋がっている手榴弾。


 一瞬頭に浮かぶ選択肢:解除して進む。

 いや、駄目だ。

 敵の立場に立ってみれば、自分たちの支配下にある地域で設置する時間は十分に確保できるのにこんなに分かりやすい状態でトラップを放置するというのはあまり現実味がない。

 加えて、相手はゲリラ戦のプロだ。全く気付かせずに誘い込むトラップならいくらでも用意できるだろう。

 その状況で見つけてくださいと言わんばかりのトラップ。それはつまり、あえて見つけさせることを目的としたものだと考えるべきだ。

 つまり?敵を遠ざけたり解除させて進ませたりするためのもの。


 シミュレーション:バレバレのトラップを解除する。目の前に開けている安全そうな部屋に踏み出す。

 本命がどこに仕掛けられているかはもう考えるまでもないだろう。


 「別のルートを探すべきです。ここは抜けられない」

 角田さんに伝える。

 密林に一本だけの抜け道。そこに分かりやすいトラップ。その状況を伝えると、それだけで彼も理解してくれた。

 「了解だ。離れよう」

 結局これまでのルートを更に迂回することになる――庭から出るところで落とし穴を発見して肝を冷やしてから。


 「……止まって。伏せて」

 クロに交代して新たな迂回ルートを進み始めて小一時間程。

 彼女の指示に従って藪の中に横たわった時、慎重な選択が功を奏したことを悟った。

 歩いてきた森はどうやら進行方向よりも一段高い場所だったようだ。

 眼下に見えているのは一本の道路。それも片側二車線のそれなりに広い道路だ。

 いや、それだけなら他の場所にもあるだろう。様変わりしたとはいえここは東京だ。


 だがここがそれまで見たそれらと異なるのは、そこの上を車両が動いているところだった。


 舗装はボロボロで、所々背の高い草が噴き出すように生えているが、それでも道路としての機能は未だに失われていない。SUVが二台並んで通過し、その後ろに公社兵の一団が歩いてついていく。

 「あれは……」

 「当たり引きましたかね……」

 声を潜めてクロと言葉を交わす。

 それからちらりと空を見て太陽の位置を確認。

 連中の向かう方向は、まず間違いなく池袋方面だ。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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