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死者たちの国8

 非常階段を降りて木々の生い茂る森へ。

 今は12月のはずだが、木々は全て青々としていて、その葉の下は日光を遮られ、仮に今が昼間でも薄暗いだろうという事は容易に想像できた。

 元々そういう品種なのか、或いは遺伝子操作の過程でそういう生態を持つに至ったのかは分からないが、季節感のない木々と、その足元にびっしりと密集した蔦や背の高い草は、コンクリートジャングルを本物のジャングルのように覆い尽くしていた。


 その鬱蒼とした森の中を、少しだけ進む。

 と言っても距離としては非常階段から直線で100mもないだろう。

 元はコンビニだったと思われる建物の残骸を通り過ぎ、それを包囲するように立ち並ぶ木々を抜けて小高い丘の上へ。周囲の木々から距離を取って周囲を監視でき、かつ上空からの監視にはある程度の偽装が可能なこの丘が、今日の野営地――というよりも監視場所となった。


 周囲を見渡せるそこで、俺たちは円弧を描くようにしてそれぞれ一夜を過ごす持ち場を決定し、適当なくぼ地を見つけてそこを各々の手持ちの道具で整備――と言っても出来ることは限られているが――して即席の陣地を形成する。

 手ごろなくぼ地が丘の斜面に出来ている事は幸運だった。

 ただくぼ地の底の土を掘り返しただけのものでも、小銃弾程度には防壁となる。斜面を利用して天然の防壁としているのなら尚更心強いものだ。

 既に日は暮れ、道具も限られている状況ではあまり本格的なものは用意できないが、それでも一晩横たわる事が出来るような代物は造れる。後はその上に周囲の草や枝をかぶせて偽装すれば完成だ。


 その中に潜り込み、残土で造った防壁――というかちょっとした隆起に銃を据えて息を潜める。

 同じような急造陣地が全周を監視できるように配置された。

 「……」

 辺りは暗くなってきて、それにも徐々に目が慣れてくる。

 これはまさしくマキナの本領発揮なのだが、俺はこの状態でも体と頭を休めることができる。

 感覚的には脳と体の一部以外が眠っている状態で、しかし前方に集中を途切れさせることなく警戒している。

 体と頭を半分ずつ眠らせていると言えば一番近い感覚だろうか。普通なら不可能な芸当だが、お陰である程度休息しながらも周囲への警戒を続けることが出来た。


 「……」

 日は完全に沈み、既に時刻は完全な夜だった。

 冬の刺すような寒さでも息を白くする以外に変化はなく、それでもしっかりと脳の一部と目と耳以外は休眠状態。動いているそれらも半分ずつ使われている。

 そしてこの時間になると、目よりも耳の方がその仕事は大きくなる傾向にある。

 この辺りに光はない。限られた発電能力はごく限られた施設等に振り分けられている上に、この森の中に光を発する人工物は存在しない。


 月明かり以外に光の存在しない森の中。必然、視覚の索敵能力の限界を聴覚が補う事になる。

 全身が耳になり、無音の中の音を拾う。

 脳の肩代わりをしているマキナが鼓膜の拾った音を即座に解析し、異常があれば体を叩き起こす。

 このシステムに唯一問題があるとすれば、聴覚に関してはそこまで精妙な動作を期待できないという点だった。

 暗闇の無音に耳を澄ませ続けると、人間はありもしない音を聞き取ることがある。

 それは受け取った側の人間によって空耳にも動物の声にも幽霊にも神にもなるのだが、マキナにそれを判断する能力はなく、よって最も安全を確保するための判断として全てを敵として処理し、その度にまどろんでいた脳みそと肉体を叩き起こすこととなる。

 即座に起動した肉体は音の方向を精査し、空耳か動物か幽霊か神のせいと結論付けてからもう一度眠りにつく――もう一度たたき起こされるまで。


 それでも、そんな細切れの睡眠でそれなりに休んだ感覚が得られるのだから徹宵監視に比べれば余程ましだ。

 いよいよ東の空が白み始めて、張り詰めた冷たい空気の中で数時間ぶりに体を動かすと、内側からぼきぼき音が鳴るような気がした。




※   ※   ※




 森の中での一夜を明かし、私は他の皆のように体を起こす。

 久しぶりに起き上がった気がする体は、少し動かすだけで固まっていた筋肉や関節がほぐれていくような感覚に襲われる。

 「ん~……」

 思わず声を漏らしながら背中を伸ばす。

 体がほぐれたのを感じながら立ち上がり、出発の準備。

 その時になって、隣にシロが来ていたことに気づいた。

 「おはよ」

 「おはよう」

 ――これから目の前の森に入って行って、場合によっては、というかほぼ間違いなく命のやり取りをすることになるなどと思えない気の抜けた声でそれだけ交わして互いの身支度を終えた。


 「……今日で最後だ」

 立ち上がり際にシロが呟いた言葉に、私は――彼女と同様に――これから分け入っていく森に目を向けながら応じる。

 「……そうだね」

 彼女の言葉の意味は分かっているつもりだ。


 まず一つ目:今日は12月9日で、情報が正しければあと24時間もせずに公社による全世界同時核攻撃が行われる。

 私たちの戦いは、だから今日で最後だ。

 この作戦が成功しようが、失敗しようが、その点は変わらない。成功すれば公社の野望は挫かれ、世界は燃えずについでに私たちの目標も達成される。

 では失敗すれば?その時はこの世界が――恐らくは私たち諸共――焼き払われて既存の世界は全て灰になる。つまり、どの道最後の日と言う訳だ。


 そして二つ目の意味:昨日の話によれば北ヴィンセント島には次元跳躍エレベーターがまだ一基存在している。

 もしそれがまだ生き残っているのなら、全てが終わった後で私は元の世界に帰らせてもらう。

 本当はあの日=北ヴィンセント島が襲撃されたあの日にシロと約束したことだった。

 私は元の世界に帰り、元の暮らしに戻る。

 シロに会って言わなきゃならなかったことを言う。その目的は達成された。

 シロはこっちで兵士として生きていくことを選んだ。そしてそれは、もう私とは異なる道を進んでいるという事だ。


 私にはまだ帰るべき場所がある。

 ――名残惜しくないと言えばやせ我慢にもほどがあるけれど。


 「……ねぇ」

 「ん?」

 不意に彼女に呼びかけて、それから少し考えた。

 「いや、やっぱりいいや」

 「何それ」

 「全部終わったら、その時に」

 頭の中で転がしていた言葉を棚上げする。

 すこし恥ずかしいのと、今言うのはなんだか湿っぽい気がして。

 それにそういうのは作戦の前にするべき話じゃないし、なんだか死亡フラグな気がして躊躇った――こっちに来てから妙にこういうジンクスは気にするようになった。


 「……そっか」

 「うん」

 シロもそれ以上追及しなかった。

 それきり、私たちは頭を完全に切り替える。

 ここは敵地のど真ん中。そして目の前の森には何が潜んでいるか分からない。


 「5m間隔だ」

 角田さんの指示通りに隊列を組むと、私たちはその森の中に滑り出していった。

 現在時刻は6:37。あと17時間と少しの最後の日が始まった。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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