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死者たちの国7

 「こっちだ。急げ」

 道路の向こう、先行した角田さんが合図する。

 改めて敵戦車を確認。砲身はそれまで俺たちが隠れていたビルに向けられ、その車体の陰から複数の公社兵がビルの中へなだれ込んでいく。

 「よし……ッ」

 意を決して道に一歩踏み出す。

 戦車は未だにビルに集中している。

 こちらからは車体後方が見えている=操縦士から直接見ることはできない。

 それに加え砲塔の向きからして砲手や車長も車内からでは確認できないはずだ。

 自分にそう言い聞かせて一息で道路を横断し、建物の陰に飛び込んでから這うように角田さん達の方へと移動する。


 「よし、よくやった」

 たどり着いた先でそう迎えられ、初めて生きている事を実感する。

 「こっちへ」

 その後ろでは扉を僅かに開いてクリアリングを終えたシロが中へ滑り込んでいく。

 それにクロが続き、更に角田さん、俺の順番。

 直前にちらりと背後を見る。戦車はまだ同じ位置にいて、砲塔上のハッチは閉ざされたままだった。


 九死に一生を得た俺たちは目の前のビル内へ。

 こちらは元々何の建物だったのかは分からないが、どうやら元々一階部分は店舗だったらしい。

 広い店内に何らかの商品を並べていたのだろう陳列棚が規則的に並び、こちら側とは反対側にある自動ドア前にはレジが一台、ぽつんと放置されていた。

 その手前の階段で二階へ上り、入り口上の割れた窓から外へ。在りし日にはただ微妙な高さからの飛び降り自殺になっただろうが、今は違う。

 「周囲に異常なし」

 先行したクロが周囲のビルと今しがた飛び出したそこを見回して後続する俺たちに伝えてきた。


 橋脚が破壊されたかつての高架が、ちょうどよい高さの道となっている。

 当然ながら既に車の往来はなく、その上左右を壁に囲まれている関係で下からはこちらの姿を見ることはできない。

 上からの攻撃には無防備になるが、それに関しては都市である以上どこでもある程度は甘受しなければならないと思って割り切るしかない。

 それに放置された車両や、所々でめくれあがっているアスファルトの路面や、そのはがれた塊が至る所に転がっていて、平坦な路面などどこにもない有様だ。最悪の場合地面に伏せるだけでもある程度の偽装効果は狙えるだろう。


 「周辺クリア」

 「了解。移動するぞ」

 今度は角田さんを先頭にして高架上を西進する。

 放棄された車両の残骸を躱し、折り重なるようにして積まれたアスファルトの岩盤を乗り越えて西へと進み続ける。

 その間も周囲のビルに警戒を向けながら、時折見える左右のフェンスの隙間から下の道路にも目をやる。

 「敵戦車移動を開始。ビルから離れていきます」

 先程俺たちに砲撃した戦車が集積所方向に撤退していくのが見えたのは、まさにそんな時だった。

 「諦めたんですかね……」

 「他の所の警戒に向かったとか……?」

 何にせよ、今すぐ戦車に発見される可能性はなくなった。

 一緒に行動している公社兵はまだ現場に残っているようだが、流石に連中がこちらの後を追ってくる可能性は低いだろう――希望も込めて。


 そんなやり取りの後、同じような荒廃した路面が延々と続いていくように思えた高架上の道路は唐突にゴールを迎えた。

 「ここだな」

 角田さんがそのゴール地点手前で右手に折れる。

 左右の壁が途切れているそこは、道路わきに設けられた退避場所だった。レッカーを待つ故障車両がここに寄せて、トランクの奥底で眠っている反射板を出しているのを見たことがある。

 その部分から見える下の世界は、それまでの灰色一色のコンクリートの世界とは打って変わって、一面が緑色に覆われていた。

 コンクリートの灰色と眼下に広がる緑色が地続きだなどと言われて、一体誰が信じるだろうか。

 だが事実として、この緑は拡大し続け、市街地の、というかビル群の廃墟を飲み込みつつある。


 「アルファ6よりエド。高架跡から森林地帯の上に到着した。これより潜入を開始するオーバー」

 「こちらエド。了解した。こちらからも可能な限り情報支援を行うが、上空からの視認性は悪い。十分に警戒してくれアウト」

 通信を終え、下の森に通じている非常階段の扉を開ける――と言うより、錆の塊となったままヒンジにぶら下がっていたそれを外す。

 そこで角田さんが全員を振り返った。

 「もう一度確認しておくぞ。間もなく日が沈む。森林に潜入後はあの場所で夜を明かし、明朝日の出とともに動く。森林内では埼京線に沿って池袋に向かう。池袋からは山手線に沿って新宿方面へ。もしくは地下へ降りて副都心線のトンネルを利用する。いいな」

 「「「了解」」」

 逃げる途中で決めた移動ルートだった。

 幸い、全て全く同じという訳にはいかないが、こっちの世界でも東京のつくりはさほど変わりはない。その都市を飲み込んで覆っている森の中では今言ったルートは実際に使用可能だ。


 つくりは変わっていないとはいえ、この荒廃ぶりを見るに全く同じ感覚で移動できるはずもないし、何より異常繁殖した植物によって都市の大半が覆われているという異常事態では土地勘など捨てておくべきだ。

 だがその状況に置いて、まだ残っているらしい線路をランドマークに使うのは理にかなった方法と言えるだろう。

 ――問題は敵もそれを利用している可能性があるか、或いは俺たちのような侵入者がその方法を採ることを想定している可能性があることだが、これに関しては残念ながら俺たちの幸運を信じるより他にないだろう。

 何しろ地形は分かっている=どちらに向かったらいいのかは分かっているとはいえ、細かい道については初めての土地と言っていいのだ。闇雲に動くのではただの遭難に過ぎず、任務達成の可能性は大きく減る。となれば多少のリスクを甘受してでも確実に移動できる方法を採るべきだろう。


 「それにしても、何で東京にこんな森が……?」

 見下ろしながらシロが呟いた声が、オレンジから紫に変わりつつある世界に響いた。

 「ああ、それだがな――」

 回答はインカムで拾ったのだろうエドから。

 「元々は内戦時の東京都の政策だったそうだ」

 「この森が?」

 「正確にはこうなる原因になったものが、だな。当時の東京は『TOKYOフォレストプロジェクト』なる植林事業を進めていた。環境への配慮とかなんとかかんとかでな。で、成果をアピールするため短期間で成長するよう遺伝子を組み換えた植物を大々的に植林。それが内戦の結果放置され、本来必要だった定期的な伐採や剪定は行われずに、今日まで拡大し続けた。当然統合共同体は知っているだろうが、今日まで手を付けた形跡はないな」

 大方どうやっていいか分からないのだろう。

 ――シジマ計画を達成した後、統合共同体は生存者たちを集めて新国家を建造するつもりらしいが、そんな状態でどうやって集めた国民を食わせていくつもりなのだろう。

 何しろ以上に繁殖能力の高い木が生い茂るだけで、その下はほとんど鉄とコンクリートで出来た都市の残骸だ。わざわざそれらを全て処理してから農地に作り替えるのだとしたら中々に手間がかかる。

 集められた連中が十分な食料を手に入れられるようになるのは一体どれほど先か。それだけの間その連中を生かしておけるだけの蓄えはあるのだろうか。


 そしてその事はエドも指摘した。ただ俺とは異なる――もっと統合共同体を馬鹿にした――見方だったが。

 「恐らくだが、連中大したことだと思っていないのだろう。自然豊かな事は素晴らしいと思って放置しているか、或いは来るべき新世界での資源として活用しようとでも思っているのか。まあもしくはどうしていいか分からないでお手上げという可能性もあるが……。まあとにかくだ。森の中はデータが少ない。慎重に行動してくれ」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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