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死者たちの国6

 数秒間、意識が闇に包まれていた。

 「……う」

 目を開けて、しかしまだ闇の中。

 自分の体がどうなっているのかも分からないまま、手足を動かす。

 ――そうだ。手足が動く。つまりまだ手足はついている。

 そこで自分が横たわっていることを知り、体を起こす。幸いなことに大きな怪我はしていない。


 「……だ。……か?……」

 誰かが何か言っている。

 酷く遠くから聞こえてくるそれに耳を澄ませると、どうやらビショップさんのようだった。

 「こちらは大丈夫だ!そっちは!?」

 こちら?そっち?

 体の状態=砲撃で吹き飛ばされてアスファルトの上に伸びていたという事に気づき、そこで初めて辺りの暗さが衝撃で崩落した壁や天井によるものだと気付いた。

 そしてその崩落によって、俺たち=俺と角田さんとクロ、そしてシロの四人は、ビショップさんとスタシンスキさんとの間に落ちてきたコンクリートの塊によって彼らと分断されてしまったらしいという事を知った。


 そして不幸中の幸いだが、それぞれ分断されただけで、全員行動に支障は無さそうだ。


 「こちらも全員無事です」

 角田さんが叫び返す。

 コンクリート塊の向こうは見えないが、つけ直したインカムは何とか音を拾っていた。

 「了解した。とにかく今はここから離れて予定通り森へ向かえ。こちらも移動する」

 インカムに届く指示に従うより他にないのは誰の目にも明らかだった。

 コンクリート塊は人間の体よりはるかに大きく、動かすのは現実的ではなかったし、巨大な空洞となった壁の向こうにはまだ戦車がこちらを見ていたのだから。


 「了解。ご武運を」

 角田さんが返答と共にこちらに指示=奥へ進め。

 武器を取って問題なく動くことを確認した後に言われた通り戦車から遠ざかるように動き出す俺たち。

 先程降りてきた二階部分の下、既に崩落している辺りの瓦礫に身を潜めながら、足を進めていく。




※   ※   ※




 「よし、確認に向かうぞ」

 奴らの乗るレイヴンを撃墜して、俺は携行式SAMの発射筒を肩から降ろした。

 尾翼に書かれた番号は間違いなく硫黄島のスカウトが最期に送ってきた映像と一致している。こればかりは電子マスキングでは誤魔化しきれないものだ。

 今立っているビルから少し離れた高層ビルの裏に黒煙を噴き上げながらレイヴンが消え、それから地響きのような轟音が届いた。

 空にたなびく黒煙が狼煙となって場所を伝えている。撃たれてから随分しぶとく飛んでいたが、どうやら近くの交差点に落ちたようだ。


 「ウェアウルフより板橋CP。ワイズマンの乗るレイヴンを撃墜した。座標を転送する。部隊を派遣して確認せよオーバー」

 「板橋CP了解。座標受信。パトロール及び戦車を派遣するアウト」

 人手を手配した上で俺たちも追跡に移る。

 SAMを捨ててダガー隊と共に墜落した方向へと移動。


 「いたか……」

 目当ての人物を見つけたのは、ビルを降りて直ぐだった。

 「ウェアウルフより板橋CP。ワイズマンを発見した。重傷を負っており移動は困難。こちらで処理するオーバー」

 「板橋CP了解。パトロールをそちらに向かわせるかオーバー」

 「不要だ。ワイズマンに同行していたPMCオペレーター数名がまだ墜落場所付近に潜伏している可能性がある。そちらの捜索に向かってくれオーバー」

 「板橋CP了解した。ワイズマン捜索中の全ユニットは引き続きアンノウン捜索に移れアウト」


 通信を終えてから、改めて奥園を見下ろす。

 連絡した通り、動かせる状態ではない――俺の報告を聞いていただろう奴の目は、しかしそれでも生きることを諦めてはいなかったが。

 「よう」

 声をかけてみる。

 当然、返事が返ってくる状況ではない。

 廃墟の傍ら、奴は仰向けに倒れていた。

 恐らく墜落する機体から放り出されたのだろう。アスファルトの上に落ちてまだ生きているだけで驚異的なしぶとさだが、その上まだ意識がある。


 だが、もう助からない。奴の腹には折れたローターブレードがしっかりと突き刺さっていた。


 「……」

 奴の目が俺をじっと見ていた。

 血だらけの、液体のはずの血が形を持ったような奴の手が、自分の体を寸断しているローターブレードに絡みついている。

 抜いてくれ――もし口が利ければ、奴は多分そう言っただろう。目線から読み取れるのはそういうことぐらいだった。


 「済まんな」

 自分でも何故かは分からないが、横に首を振ってから出てきた言葉はその謝罪だった。

 「本当に済まない」

 それを抜くことは出来ない。

 仮に抜いたとして、きっとそれが奴にとどめを刺すことになるだろう。

 ブレードという名前に合わせたかのように、折れたローターは突き立てられた剣のように奴の腹から伸びていて、しっかりと地面にピン止めしているそれを抜けば、それによって奴の体は上下に分かれてしまうだろう。


 「……ッ、……ッ」

 奴が何か言おうとしていた。

 口を何かの言葉の形になるように動かしていた。

 それが複数の言葉を繋いだ文章なのか、或いはただ単語の途中だったのかはわからない。

 いくつかの口にパターンを繰り返した後、どうとも取れない形のままで奴の口は動きを止めた。


 思えば一番統合共同体に相応しかったのはこの男だっただろう。

 そもそも、こいつやO・Eのオペレーターたちが使用していたマキナとは、本来戦場でのストレス緩和のために導入された代物だった。


 マキナの基礎理論はうつ病の治療に始まる。

 人間の受ける精神的ストレスを肩代わりし、また思考や感情をコントロールすることで精神病治療や少子化対策に用いるための研究を軍事転用したものが今のマキナの基となった技術だ。

 そしてその根底にあるのは「徹底的に理想の自分でいられるための機械」だ。


 人間は本来大量殺戮や戦闘に向かない。

 一般社会に暮らしていればそうした行為への忌避感は強く、それを強いられる環境は極めて強いストレスとなる。

 即ち、人にとって戦場とは本来耐えられない程の精神負荷を強いるものだ。

 しかし、その傾向は複数で一つの兵器を運用する場合や、撃つべき敵が人間に見えないことで軽減できる。

 自分で敵兵を見つけ出して狙いを定めて引き金を引くより、敵の存在する地平線の向こうの座標に砲撃する砲兵の一員として発砲した方が負担は少ない。だって誰を撃つのか決めるのは上官で、撃つための弾を込めるのは同僚で、自分はただ命令に従って発射しただけだから。


 要するに、自分が殺しているという認識を持たなければ人の精神は殺人を容認できるのだ。


 この理論を応用し、人間の受けるあらゆる精神的負担を肩代わりさせる――それがマキナのスタート地点だった。

 何をしても自分は常に正しい自分でいられる。どこまで残酷な行為に及んでも、そうさせているのはマキナであって自分ではない。

 自分は常に正しく、悪事には手を染めていない。やむを得ず殺人に及んだとして、それはマキナがやった事。

 ――誤解を恐れずに言えば、マキナの機能とはつまりこれだ。


 「……」

 それはある意味、事実上の植民地であるPGとそれを維持するための他律生体を求めるこの世界となんら変わらない理論だった。

 正しい自分を守りたい。自分自身は潔癖なままでいたい。しかし誰かを出血させて得る利益と、そのための犠牲者が欲しい。

 だから植民地をPGと言い換え、動く屍を目覚めの悪さから他律生体と呼称する。

 だからただの世界征服を世界を一つの価値観に統合するなどと言い換える。


 誰しもが理想の自分でいたい。

 三大国も、統合共同体も、みんなそうだ。

 だからこそ奥園はそこに馴染んだのだろう。誰しもが認める若きホープ――そうでありたかった己に靡かず、それによって自分に耐えがたい屈辱を与えた女学生を責め殺したこの男には、随分と心地よい世界に感じたはずだ。

 ――もっとも、その心地よい世界の心地よい主にとっては、公社兵と同様の使い捨てに過ぎなかったようだが。


 「……」

 奴の前に屈みこみ、そっと瞼を押し下げる。

 「あばよ。若いの」

 危険の芽は早いうちに摘むべきだ。

 シジマ計画完了後に独立を目論むだろうこの男は危険である――議会がこの考えを持っていたことは俺にも幸いした。

 お陰で監視するべき対象を集中できる。地下深くで己の世界を待っている死者たちの女王へ。


 「オペレーターを探すぞ。まだ近くにいるはずだ」

 周囲に告げて再び動きだす。

 後はあいつらを始末すればそれで完成。

 シジマ計画の完了と共にダモクレスの剣が開始される。

 誰かの綺麗ごとの犠牲にならない世界は、そこから始まるのだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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