死者たちの国4
揺さぶられながら落ちていく。
アラートが鳴り響き、洗濯機の中のように機体は回転を続けている。
「右翼ローター停止!」
その声だけが妙に良く聞こえて、後はただアラートと、体の固定が間に合わなかった奥園が床をバウンドする音だけが聞こえる。
回る世界に再び衝撃が走り、機体右側のスライドドアが、その周囲ごと吹き飛んだ。
恐らくどこかにぶつかったのだろう。機体の回転が止まり、開いた穴から見える廃墟のビル群が上へと高速で流れていく。
「あっ――」
誰だか分からない声。
穴に吸い出されていく人影。
「衝撃に備えろ!」
再び誰かの叫び。
直後尻から浮かび上がるような力が加えられ、それが地面に当たったという事だと分かった。
「……ッ!!」
そしてそれに気づいた時には、機体はバウンドして再度腹を打ち付けに入っている。
「ッ!!?」
むち打ちになりそうな程の衝撃を受けてようやく墜落は終わった。
いつの間にかアラートは消え、機内の照明も落ちていた。恐らく電気系統がやられているのだろう。バチバチと頭上で火花をばら撒いている配線も多分その一部だ。
「……全員無事か」
シートベルトを解いてビショップさんが立ちあがり、俺たち全員を見回しているのが分かった。
言葉に互いを見回す――先程外に消えていったシルエットが妙に頭に焼き付いている。
具体的な姿は見えなかった。という事はつまり、誰であってもおかしくないという事。
ビショップさんはまさに今確認している。
角田さんはいる。クロもいる。シロもその隣。
スタシンスキさんはビショップさんの横にいた。
「……奥園が落ちましたが、他は無事です」
消去法で消えた人物=あの瞬間外に消えていった人物を判別する。
情報を持っていた人間が消えてしまった――この先の森についても、高森の一件についても。
いや、高森の件に関しては既に必要情報は聞き出したようなものだ。
直感:奴のリアクションはほぼ全てを物語っていた。
そしてその直感がマキナを通して語り掛ける。お陰で手間が省けた、と。
どの道、奴には責任を取ってもらうつもりだった。
責任、もっと現状に即して言えば仇として死んでもらうつもりだった。
高森は死んだ。あのサークルに殺されたのだ。
恐らくは先程角田さんが推測したようなやり方で。
そして恐らくそこに奥園も関わっていた。いや、あのサークル内での奴の立場上、関わっていたというのは語弊がある。
恐らく、奴が主導していた。
そして今日まで生き延び続けた。一人の人間を自殺に追い込んで、その事を反省するそぶりも見せずに。
「奥園が落ちたか……」
ビショップさんが報告を復唱する。
「どうやらここからは森を歩いて移動することになりそうだな……。取り合えずここから出よう。全員歩けるな」
返事と共に立ち上がってそれを示す俺たち。
幸い誰一人怪我をしていない。おまけにそれぞれの装備品も無事とくれば、これはもう奇跡と呼ぶに等しいだろう。
それを確かめて角田さんが先頭を切って外へ。
ビショップさんからこちらも無事だったシュティレンを預かったシロがそれを再び背負い、その後に続く。
「……操縦士、副操縦士は死亡」
覗き込んだクロが報告する。
最期の瞬間に操縦桿を握っていたのがどちらなのかは分からないが、彼等は最後まで自分の任務を全うした。
「……」
二人の亡骸に無言で敬礼して外へ。硫黄島でRPGを撃ってきた個体を排除した者達に続き、公社の他律生体に感謝したレアケースだった。
彼等は撃墜を不時着に留め、その被害を最小限に抑えてくれた。
俺たちの損害を考えれば、最高の働きをしてくれたと言っていいだろう。
「ここは……」
先に降り立った角田さんが周辺を警戒しつつ現在位置を取得しようとしていた。
ぽっかり空いた右側の穴から出た先には、中ほどからぼっきりと折れてなくなっている主翼と、その下でめくれあがっているボロボロのアスファルト。そして一体どれだけの間放置されていたのか分からない錆びの塊と化した車だった鉄くずが放置されていた。
「ここは一体……?」
「分からないが、千住から板橋方面に向かう途中のどこかだ」
「それも、十字路の真ん中ですね」
俺の問いに角田さんとシロが回答しながら、それぞれ別の道を警戒している。
改めて見回すと、確かに隅をビルに囲まれた十字路のど真ん中に落ちたようだ。
一体どこでミサイルを受けたのかは分からないが、当然ながらここに落ちたことを攻撃側は知っているだろう。
そして当然、そうなれば必ず追ってくる。確実に仕留めたかを確認するために。仕留めきれていない場合は仕留めるために。
その追跡者が先程のミサイルの射手とは限らない。周囲の部隊が集結する可能性も十分にある。
そしてその場合、十字路というのはどこからでもアクセスできる非常に都合のいい場所だ。
「参ったな……」
呟きながら俺も周辺の警戒に移る。
俺の担当は北側。右翼の折れたすぐ下あたりに位置するめくれ上がったアスファルトの板を盾に取るようにして膝をつき、銃口を道の向こうに向ける。
最悪の場所に降りてしまったものだ。
――最高の状態で降ろしてくれた事は感謝しているが。
「エド、聞こえるか」
「こちらエド。そちらの位置情報が消滅。現在位置を送ってください」
ビショップさんとのやり取りがインカムに聞こえてくる。
「……データ受信。そこの西側すぐの所に連中の集積所があります。警戒してください」
「了解した。板橋集積所か?」
「お待ちを。古い地図が……、あった。そうです。板橋集積所がそこの西数ブロックの距離にあります」
どうやら厄介な場所に落ちたようだ。
当初の目的地にほど近いと言えばそうだが、もう少し平和的に着陸したかったところだ。
そしてそのやり取りの最中に聞こえてきたクロの声と一発の跳弾は誰の耳にも届いていた。
「Incomimg!!」
西側=今まで飛んできた方向からの敵。
そちらに目をやると、叫んだ直後のクロが、俺と同じようにめくれ上がったアスファルトを盾にして反撃を開始している。
敵の位置は不明。しっかりと目を凝らす。
「あれかっ!!」
ビルの壁から電柱へ。
電柱から車の陰へ。
滑るように移動しながら、こちらに狙いをつけさせない動き。
そしてそれを一切止めずにこちらに撃ち込んでくる銃撃は、確実にターゲットの1m以内に着弾している。
「コマンド個体か」
これまで何度か交戦したコマンド個体=J1614C型。
通常のJ1614型の上位種とも言っていいこのタイプだけで構成された、公社軍の特殊部隊に狙われている。
それに気づくと同時に俺の方にも動き。遠くに見えが人影と、一瞬の閃き。そしてそれにほんの僅かに遅れる銃声。
「Incomimg!!」
こちらからも叫ぶ。
背中に冷たいものが走り抜ける――包囲されつつある。
叫びつつこちらも反撃の準備を始める。銃声にタイムラグが生じる程の距離にいる、まだ点にしか見えない相手に。
流石にこの距離では向こうの弾も当たらないが、それは同時にこちらの攻撃も当たらない事を意味している。
ここで下手に撃っても意味はない。
それどころか、却ってこちらの正確な場所を教えてしまうことになる。敵にスナイパーでもいれば、それはこの距離であっても自殺行為だ。
「全員西に向かうぞ」
ビショップさんの指示が飛んだのはそのすぐ後だった。
「そちらには集積所があります!」
「だが敵が来ていない。このままでは包囲される」
俺と反対=南側からの敵に反撃しつつ角田さんが反論したのを更にそう言って押し切った。
確かにここに留まっていてはいずれそうなるだろう。
それどころか、これだけ目立っているのだ、砲撃でも空爆でもいくらでも要請できる。
本当は一分一秒でも早く、1cmでも遠く離れた方が良いに決まっている。
だが、その方向が、敵が集まっているだろう集積所方向しかないのだ。
――そして恐らく、それが向こうの狙いだ。
俺たちがその一点に集中して動くことを待っている。
「待ち伏せはあるだろうが、ここにいては全滅する。とにかくここを離れる」
「進行方向、視界内にアンノウンなし」
シロがその言葉に応じて報告する。ならばもう後は賭けだ。
「総員スモーク展張」
ビショップさんの指示。少しでも時間稼ぎになればそれでいい。
スモークグレネードを放り投げると、四つの炸裂音がほぼ同時に響き、十字路が白煙に包まれる。
「よし、走れ!」
「「「「了解!」」」」
その白煙の中で、俺たちは一斉に動き出した。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
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