かの地へ31
車の陰に隠れ、クロの見ている方向に目を向ける。
「うおっ!?」
直後、車体に銃弾が跳ねた。
俺の顔面からは1mもない距離だ。
奴はこちらを見ている。確実に俺を見つけている。
――だが、すぐ近くにいるクロ=自分を狙っている狙撃手を撃っていない。
仮説:奴は俺が見えてもクロが見えないか、或いは狙えないような位置にいる。
「いた……っ」
小さな、しかししっかりと耳に届いたクロの声。
そしてその直後に響く、一発の銃声。
「タンゴダウン」
その言葉を合図に俺はシロの方向に向かって走り出した。
直線距離は大したことは無い。
これ以上時間がかかるようなら多少のリスクを押しても走り抜けてしまおう――あと少しクロの狙撃が遅かったらそう判断したくらいには。
何故そんな事を考えたのかは分からない。
距離は近いとはいえ狙撃手に狙われている中を、全身を晒して移動するなど、普通の頭をしていればまず考えない行為。
だが、肩の肉を失って、血まみれで呻いているシロを見た時に、その普通の頭はなくなっていた。
狂った思考。狂った行動。それを実行するための狂った冷静さ――或いはマキナの機能とはこういう状況で最大限に発揮されるものなのかもしれなかった。
ともあれ、彼女の元へ到着した俺は、角田さんに己のリムーバーを渡した。
受け取った彼は慣れた手つきで赤黒い塊となっているシロの肩にその機械を向け、銃創を見つけ出すと上にかざす。
その間の俺はというと、後方=さっきまで二人が戦っていた連中の来た方向へ睨みを利かせている。
片膝を地面につけ、ライフルの銃口も地面に向いているが、顔はその状態で死屍累々の通りに向ける。
少しでも動きがあればその姿勢から即応するために全体を一つの景色として捉え、それを自分の中でいくつかのゾーンに分けて一定周期で目を巡回させる。
「んうううっ!!?」
「よし、抜けたぞ」
シロの絶叫と角田さんの呼びかけ。
その二つを背中に聞きながら、俺の目はトラックの横に見えている小さな死体へと向かっていた。
戦闘中だ。こいつだけに集中する訳にはいかない。その意識で目は再び巡回に戻るが、頭の片隅にはどうしてもそれが居座っている。
誰も悪くない。
あの死体も、勿論シロや角田さんも、誰も。
ただそうせざるを得なくて、そうなってしまった。
ただそれだけだ。
「……」
その居座ったものを追い出すように、極めて滑らかに出てきたその結論に我ながら驚いた。日本で同じ状況を見れば、きっともっと人間的な――別の言い方をすればおセンチな――言葉が色々聞けるだろうが、今ここでこうしている俺にはそんな余裕も必要もなかった。
「よし、済んだ」
角田さんの声。それから彼の手が俺の肩にポンと触れた。
振り返らずに立ち上がり、後方警戒を続けながら、ついさっき走ってきたルートを後ろ向きに進む。
最早無人になった迂回路に足を踏み入れたところで踵を返し、他の三人と同様に周辺と左右及び正面の建物を見回しながら移動する。
三次元警戒が必要となるが、それを行いつつ同時に足を止めずに動き続けなければならない。その上用心には用心を重ねてトラップにも最大の警戒が必要だ。
――正直、銃を撃っている時以上にこういう静まり返った、さっきまで敵がいた辺りを進む時の方が神経がすり減っていく。
「グリフレットよりアルファ、バラック街下層の方で銃声が多数聞こえたが、どうなっている。そちらの状況を伝えろオーバー」
「こちらアルファ6、下層近くの市場で城砦党と思われる部隊と遭遇し交戦した。作戦の進行に支障はない。予定通りLZに向かうアウト」
その緊張の中にありながら、角田さんが無線に早口で回答する。
すると次にかかってきたのはCPからの問いかけ。
「CPよりアルファ6、そちらの状況を伝えろオーバー」
「アルファ6よりCP。敵部隊と交戦し、アルファ5が負傷。銃弾の摘出とポンプによる治療を行い現在は復帰していますオーバー」
「CP了解した。駐屯地から複数の部隊が市街に展開するのを衛星からの映像で確認した。厳重に警戒せよ。CPアウト」
どうやら急いだほうがよさそうだ。あまりもたもたしているとその増援にも囲まれてしまいかねない。
「まあ、ものは考えようだ」
だが、通信を終えた角田さんの口から出たのは呟くようなその言葉だった。
「警備部隊が町に出ているってことは、それだけ駐屯地の中の警備が手薄になるってことだからな」
その言葉の直後、ローター音が遠くから聞こえてきた。
反射的にそちらの方を見ると、左手の建物の屋根の上にティルトローターが一機浮かび上がり、ローターを水平に切り替えているところだった。
位置からして、恐らく駐屯地のヘリポートから上がったものだろう。
「……あれに奥園が乗っていたら?」
クロが漏らした素朴な、しかし大事な疑問。
「その時は……、上の判断待ちだ。機嫌を損ねないよう気を遣いながらな」
角田さんの答えに小さく頷く。サラリーマン時代の記憶が一瞬だけ戻ってきたような気がした。
角を曲がったところで足を止める。
道にはやはり誰もおらず、先程の迫撃砲の爆発によって発生した瓦礫が辺りに散乱していて、それに巻き込まれたのか、或いは撃たれたのか、数名の城砦党の戦闘員が事切れていた。
そしてその中にぽつんと一台、路肩に四駆が放置されている。
「これは……」
入念にチェックを行い、それから分隊長の指示を仰ぐ。
「これを使おう。顔を隠せれば十分役に立つだろう」
後部座席――と言うより車体の後方は幌によって覆われており、周囲から乗員の顔が見える可能性は低い。となれば後は運転席と助手席だけでも顔が隠せれば十分だ。
近くの城砦党から野球帽を拝借して目深にかぶると運転席に乗り込んでエンジンを起動させる。トラップがない事は確認済みだ。燃料はだいぶ心許ないが、目的地=このバラック街の外れまでは十分持つだろう。
「全員乗ったな?」
助手席の角田さんがバックミラーで後部座席を確認。
それから俺は、ドライブに入れて車を回頭させる。
意外にもこの世界の軍用車ではオートマチックが一般的だ。機械制御に頼らざるを得ないオートマ車は緊急事態がいつ発生してもおかしくない軍用車に使用するとは思えなかったが、腕や足を負傷しクラッチ操作が不可能な状態でも運転できるという点で好まれているらしい。信頼性や整備性に関しても、この時代になるとマニュアルと大して変わらないのだそうだ。
マキナにより車の運転は格段に簡単になったとはいえ、マニュアル車など教習所でしか乗っていないから助かる――左ハンドルはそこでも扱っていなかったが、まあマキナが分かっているから大丈夫だろう。
敵がいなくなった静かな道を、俺たちを乗せた連中の四駆が走る。
俺も角田さんも顔を隠していて、ぱっと見には城砦党の戦闘員にしか見えない――と判断されることを期待している。
後部座席の二人にはそうした装備はないが、まあ見えることもない。
「……さっきはすいませんでした」
その後部座席の俺の後ろから静かな、そして硬い声がしたのは車が動き出して少ししてからだった。
「うん?」
角田さんがバックミラー越しにその発言者を見る。
俺も同様に――と言っても運転中の為ちらりと――確認すると、ちょうど発言者=シロと一瞬目が合ったような気がした。
「それと……ありがとうございます」
その言葉が自分に向けられているという事は、俺も角田さんも分かっていた。
そしてまたミラー越しに、角田さんが応じた。
「ああ、まあ……気にするな」
今度はミラーを見ずに、進行方向をじっと見つめながら、独り言のように続ける。
「気にするな……どっちの事も」
どっちの事も。
何と何をもってどっちもなのか、一々確認する必要もない。
その事は発言者自身が、そして何より言われている張本人が一番良く分かっていただろう。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
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