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かの地へ30

 先程トラックの連中が撤退したのはこのためか――頭の中でついさっきの光景が再生されるが、今更気付いても後の祭りだ。

 今は少しでも早くこの状況から脱するより他にない。

 そしてその為の切り札は、俺のすぐ横で土嚢に囲まれた迫撃砲に狙いを定めていた。


 「もう少し……もう少し……」

 恐らく無意識に漏れているのだろうクロの声がすぐ隣で聞こえる。

 盾にしている錆びだらけの放置車両の残骸は、その間にも飛んできた銃弾にカンカンと音を立てている。

 連中とて迫撃砲を守るために必死だ。

 迂回路の左右から銃撃を加え、それにプラスして背後から現れた連中が砲撃を頼りに突入してくる。


 「この……ッ!」

 その間俺の役割は、クロが無事に狙撃できるように護衛すること。

 もっと実状に近い表現をすると、クロより目立つことで迂回路の連中の注目を集める事だった。

 建物内や道路上から飛んでくる銃弾に晒され、反撃の銃弾を撃ち込み、何発か命中させてより注目を集める――クロが迫撃砲を黙らせるまで。


 「このっ!」

 左手から僅かに覗いた顔をめがけて撃ち込む。

 さっと顔を引いたところで深追いせず、今度は右側、小さな窓から一瞬覗いた輪郭を狙って引き金を引く。

 そうし始めた直後、すぐ隣で銃声。

 「タンゴダウン……くっ、もう一人いる!」

 向こうとて馬鹿ではないらしい。最初の二人以外にも迫撃砲を扱える人間がいるようだ。

 なら俺のすることは決まっている。クロが全て排除するまで、彼女を守り切る。


 「……ッ!」

 モグラ叩きのように正面の路地に現れる連中に対抗する。

 勿論連中とてただで撃たれてはくれない。遮蔽物に隠れ、銃身だけを出しての盲撃ちを繰り返すこともあって、あくまでクロが狙われないようにするので精いっぱいだ。

 「タンゴダウン。後……」

 隣で銃声と声。

 それをかき消すように俺の銃声。


 そしてインカムに響いたシロの声。


 「下がって!それを捨てて!!」

 何が起きているのか分からない。

 だが声の調子は明らかに狼狽えている――彼女には非常に珍しく。

 「なんだ?」

 思わず言葉を漏らしながら、前方左右の建物から注がれる銃弾を遮蔽物で躱す。

 気にはなるが、今はこちらに集中するしかない。

 ――しかし同時に頭から切り離さずに音を拾うインカムにも注意は継続。俺たちとシロたちの距離は非常に近い。何か非常事態が発生した時、一瞬の遅れが命取りになる事だってある。

 そしてそのインカムに、シロと同様に切迫した角田さんの叫び声。

 「武器を捨てろ!!……チィッ!!」

 舌打ち、そして――銃声が三度。

 一体何があったのか、音声だけでは分からない。


 同時にこちらでも動き。迫撃砲が爆ぜる。

 「ッ!」

 反射的にビルの上に目をやると、砲身も、それを保護していた土嚢も、屋上ごと爆炎の中に消えて、パラパラと音を立てながらこちらにまで細かい破片が飛んできていた。

 「よし!迫撃砲は無力化!」

 クロがその砂粒のような破片を自らも浴びながら告げる。

 恐らく装填手の手の中を撃ったのか、或いは発射する直前の砲身を?とにかく、これで砲撃を心配する必要は無さそうだった。


 そしてその爆発は、同時に俺の仕事のひとまずの終わりを意味していた。

 連中が去っていく。

 「下がれ!全員撤退!!」

 「撤退だ!急げ!!撤退許可が出たぞ!!」

 口々に叫びながら蜘蛛の子を散らすように去っていく連中。

 こちらに姿を晒すことさえも恐れずに武器を放り出して走り、背の高いフェンスによじ登って他の敷地に入ったり、爆発のあった建物の方へ向かい、道なりに折れて姿を消す者もあったりと様々だが、踏みとどまって防戦するつもりは皆無のようだ。


 守るものを失った以上ここにいても意味がないという事か。

 そしてそれは、逆説的に連中はあの迫撃砲を守るために戦っていたことの証明となる。

 ――その事実こそ、連中がただの末端戦闘員=銃を撃つだけのチンピラ崩れではなく、進退の指示を守ることができる程度の練度は持っている部隊であるということの証明だ。


 となれば、どこかに彼らの指揮官が存在しているはずだ。


 「こちらは決着がつきましたね」

 「ああ。とりあえず砲撃はもう来ないな。ナイスキル」

 逃げ去った路地を一瞥して言葉を交わす俺たち。

 だがそれで一段落という訳でもない。

 背後の状況を確認する。場合によってはそちらへの加勢も必要だ。


 「……」

 だが、向こうも同タイミングで撤退したのだろう。既に静まり返っていて、立っているのはシロと角田さんだけだった。

 「……仕方ないさ」

 そしてそのシロを角田さんが慰めている。

 「ええ……。分かっています。……ごめんなさい」

 シロの小さな声が辛うじて俺にも聞こえた。

 どちらも怪我はしていない。放置されたトラックを盾にして戦っていたのは分かっている。数が多かったのと、敵が飛び出してくる路地の距離が近かったというのもあって、かなりの肉薄を許したようだという事を、転がっている死体が物語っている。


 「……!!?」

 その中に混じっているものに、俺の目は釘付けになった。

 そして同時に、あのインカムでの切迫した声の理由も、何故シロが慰められていて、明らかに無理矢理平静を装おうとしていたのかも、全て。

 “それ”はシロが使用していたのだろう遮蔽物=トラックのすぐ近くに転がっていた。

 全身像は見えない。だが、一部だけで十分に全てを物語っていた。


 それは死んでいた。他の死体と同様、完璧に死んでいた。

 それは他より小さかった。上半身はトラックの車体で隠れて見えなくなっていた。

 それはオーバーオールを着ていた。

 すぐ近くに転がっているアサルトライフルを拾ったのだろうという事は何となくだが分かった。


 仕方ない。角田さんの言った通りだ。

 だが、どんなに頭がそれを理解しても、どんなにマキナが感情をコントロールしても、そのどちらにも限界があるというのも事実だ。


 「行こう」

 「迫撃砲は無力化しました」

 俺たちはそれぞれ仕事の話をする――多分、それが今一番彼女にとって楽だろう。少なくとも、下手にあれこれ言われるより余程楽なはずだ。

 「了解。よくやった」

 角田さんが答え、俺たちは全員動き始める。

 当初の予定通り、有刺鉄線を迂回して迫撃砲のあった建物に向かう路地を抜けるために。

 そちらにより近かった俺とクロが前衛を担当する。既に敵は退いているが油断は禁物だ。


 そしてそれから少し間隔を開けて角田さんとシロが続く。

 俺とクロが、先程まで盾に使用していた車の横を通り抜けようとした時、有刺鉄線の向こう、市場の通りの奥に建っている細長い三階建ての窓が光ったような気がした。

 多分気のせいか何かの見間違い――直感的にそう思って処理してしまうような一瞬の閃光。そして僅かに聞こえる乾いた音。


 だが、直後に響いた角田さんの声が、それらを完全に否定する。

 「スナイパー!」

 振り向いた先、シロが倒れていた。

 撃ち抜かれたのだろう右肩は出血という言葉では表せないような、肩の肉が液状化して流れ出しているかのような有様だった。

 角田さんが例の建物に向かって乱射しながら、片手で彼女のドラッグハンドルを掴み、すぐ近く=俺たちとは有刺鉄線を挟んで道の反対側の建物の陰にシロを引きずっていく。


 「シロッ!」

 撃たれた彼女の名を叫び、同時にクロが先程までと同様に車の陰に身を隠す。異なるのは、それから覗く銃口の方向だけ。

 スコープの向こうに見えている世界を、彼女の目が高速で走査していく。


 「トーマ!」

 そして同時に聞こえた声=道の向こう。

 「リムーバーをくれ!カジノの爆発でいかれた!!」

 叫びながら、ガラクタになったそれを放り投げる角田さん。

 リムーバー=体内から弾丸や破片を取り除くことのできる道具は、一応全員がトラウマキットとして持ち歩いているが、一応は精密機器に含まれる機械だ。

 自分のそれは幸い正常に機能するのを確認。

 スナイパーの前を横断する。かなり危険な動きだが、弾を体内に残したままポンプを使うのはせっかく傷が塞がった後で改めて弾丸を摘出する必要がある。


 ちらりとスナイパーのいる方向に目を向ける。

 嘘のように静まり返った有刺鉄線の向こうの世界。

 「了解!そっちに行きます!!」

 それから叫ぶ。

 スナイパーの前を通るのはリスクだが、安全を確保するまで待つのもまたリスクだ。


 「糞野郎……どこだ……」

 隣でクロが低い声を漏らす。

 彼女が排除してくれるのを祈るしかない。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に

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