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かの地へ28

 「随分集まっているな……」

 藪の向こうに動いている頭を確認してから、彼等から完全に姿が見えなくなるよう、バラックの反対側に回り込む。触らぬ神に祟りなし。

 その反対側、大勢集まっていた側と同じく背の高い藪が生い茂っているが、どうやらこちらには人影らしきものは見当たらない。


 代わりに転がっている無数のガラクタ――というか粗大ごみと呼ぶべき代物。

 元々家があって、建物だけが突然消えてしまったかのように放置されている家電や家具の類が、周囲の藪に飲まれつつあった。

 その中を抜け、再び柵を越える。

 恐らく境界線だったのだろうが、既にどちらも無人になって久しい二つのバラックが隣り合っていて、仲良く藪の海の中に飲まれつつある中を、俺たちは進んでいく。

 この柵に覆われた辺りと言うのはこの辺りではましな方で、その外には無数の掘っ立て小屋やテントのよもの、挙句の果てにはただ地面に敷物を敷いて、その上に屋根を付けただけの代物まで目白押し。壁と屋根があって家の体をなしている柵の内側は十分立派な部類なのだろう。


 その二軒目のバラックを越えた辺りからが、この辺り=下層区域では最もましなエリアなのだろうという事は、なんとなく分かった。

 今俺たちが身を隠しているようなバラックが高級住宅から一般的な建物に降格して、それらが立ち並ぶ広めの通りには屋台のようなものがいくつか並んでいる。

 建物の中には二階建てのものまであり、普通の民家もチラホラ見えている。そこには、流石に手が入っているのか藪も広がっていない。


 それを脇に見ながら進む。流石に広い道に堂々と広がって歩く勇気はない。

 物陰に隠れて、人目を避けて進むべきだ。まず誰にも見つからないように行動するのが最適だ――その時まではそうだった。


 「ッ!?」

 不意に大通りとは反対側に人気を感じて振り返る。

 大通りと、そこに面するバラック。それとは反対側に積み上げられた多数の粗大ごみ。

 そこが恐らく遊び場になっていたのだろう。ふらりと現れたのはまだ10歳ぐらいの少女だった。

 「あっ……」

 声を上げたのが誰だったのかは分からない。

 だがその少女のものではないという事だけは確かだ。

 彼女はぼうっと立ち尽くしていた。

 汚れたシャツにオーバーオール。そこに施された、このバラック通りに、というかこの島に似つかわしくない小さな熊のアップリケが取れかけて、首から上がお辞儀をするようにぺろんとうなだれている。


 一瞬、全員が固まっていた。

 そんな場合ではない――頭はそう理解している。何をするべきかも。

 だが、同時に体はそれを拒否している。

 おかしな話だ。俺たちは全員かつての内務班の所属だ。全員不正規戦適性資格を有している。つまりあの訓練をパスしている。


 だが誰一人としてその時、彼女に対して取るべき対応=音を立てず速やかに無力化するを実行しなかった。


 それはもしかしたら、余りに彼女が普通だったからかもしれない。

 少年兵でもなく、武装している訳でも、敵意を向けるでもなく、ただそこにぽつんと突っ立っていた。

 いつもの遊び場にいたら、良く知らない人たちが突然現れた――本当にそんな様子だった。


 「あっ、待って――」

 不名誉な話だ。最初に気づいたシロがそう呟いて、ようやく俺たちは動くことが出来た。

 つまり、こうして武装して戦場を渡り歩き、今も命のやり取りをしていたはずの俺たち四人よりも、この目の前の丸腰の少女の方が動くのが早かったのだ。


 彼女はポケットから何かを取り出した。

 そしてそれが何かを俺の脳が理解した瞬間には、シロの制止も聞かずにそこからピンを引き抜いていた。

 「クソッ!!」

 思わず毒づく。

 けたたましいサイレンが鳴り響き、少女はどこかに走り去る。

 2090年になっても子供用の防犯ブザーが現役とは恐れ入る。

 そしてその効果もまた十分にあった。


 「くっ、すぐに離れるぞ!」

 角田さんが動き出す。無数のバラックからわらわらと人が湧き出てくる。

 俺たちは彼に続いて現場を離れる。と言っても、正面からも武装した連中が近づいてくる以上は、動けるのは一方向だけ。即ち大通りの市場へだけだ。

 そして勿論、そこが無人であるはずもない。


 「いたぞ!」

 「こっちに来た!!」

 バラックとバラックの間からさえも見える連中の姿。こちらを指さして仲間に伝え射ているのだろうその城砦党に走りながら銃弾を叩き込む。

 「どうしますか!?」

 「飛び込め!ここで挟まれるよりましだ!」

 叫び声に叫び声で返されながら、俺たちは市場へと飛び込む。狭い路地で挟まれるより、少数体圧倒的多数でも乱戦に持ち込んだ方が生存性は上がる――どちらも生存者が少なすぎて実証されていないだろう理屈を信じて。


 飛び出してすぐ、正面の屋台の向こうに見えた敵に銃口を向ける。

 サイトの向こうの敵はその時になって初めて戦闘になっていると気付いたようだが、当然その混乱も利用させてもらう。

 「よし」

 正面の敵を倒して、その後ろを走り抜けようとしたもう一人を追いかけるように銃を向けつつ引き金を引く。

 何発かが相手の背中を追いかけるようにして屋台の柱に弾かれ、遂に追いついた一発が妙な姿勢で相手をつんのめらせた。


 これで2人。最初の1人も含めれば3人。

 残りは――何人いるのかなど分らない。すぐ近くで囲まれている訳ではないが、四方からわらわらと集まってきている。


 「隠れろ!」

 角田さんの声が響く頃には、今しがた倒した二人を見下ろしながら屋台に隠れ、それまでの背後だった場所からの銃撃を、屈んだすぐ上を通り過ぎさせていた。

 「……ッ!」

 そのまま、銃身だけを屋台の上に出して反撃。

 こちらの位置を悟らせないよう、その姿勢のまま走る。

 「くぅっ!!」

 その走った先に飛び出してきた別の敵には、その手に持つパーティガンをこちらに向けてくるより間一髪早く、セカンダリーが間に合った。

 その場で足をもつれさせたように転がる相手。


 その間にセカンダリーを屋台の上に置き、代わりにその台の上に預けていたライフルを再び掴むと、正面で腰だめで弾をばら撒いている相手に二発。

 腹と胸に撃ち込んだことで仰向けに崩れていくのを尻目に直ちに方向転換=出会い頭にセカンダリーで撃った相手へ。

 「ぐっ……う……」

 大した根性だ。血だるまになりながらも、取り落した銃を目指して張っていく。

 その眼はこちらを見ていた。


 「……」

 奴の手がもう少し、あと数cmでその得物に届くところだった。

 だが当然、そんな事許しはしない。

 「だっ……!」

 何を言おうとしたのか、再度弾を撃ち込まれた彼の口からはその音だけが漏れて、今度こそ動かなくなった。


(つづく)

今回も短め

続きは明日に

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