かの地へ23
ただ胴体についているだけの肉塊になっていた手足の傷が塞がっていく。
失血多量で青白くなっていた顔にも少しずつ血色が戻ってきている。
「大丈夫ですか?」
「ああ……ありがとう」
体を起こし、立ち上がる角田さん。
隙だらけの姿を晒しているはずだが、ドローンは一切襲ってこない。
成功だ。空を見上げると、三々五々に分かれて散っていくのが見える。
この辺り一帯はジャミングの傘に収まっている。安全な空域まで脱出するのが最優先なのだろう。
「CPよりオールアルファ。ジャミングの展開を確認した。団地の全域と、その周囲はそれでカバーできるはずだ。よくやった」
その連絡に俺と角田さんは顔を見合わせて笑いあった。
――だが、一息つくのはその一瞬だけ。
CPが続いて告げたのは、俺たちの足の下に何があったのかを思い出させ、またその正体を教えてくれた。
「アルファ5及びアルファ2、先程の画像を確認した。そいつがシュティレンに間違いない」
角田さんと再度顔を見合わせる――今度は笑顔は消えている。
それ以降何も言わず、俺たちはすぐに来た道を戻って、大量破壊兵器の安置された足元の部屋へと降りていく。
推測:先程の処刑は恐らくこれを見つけてしまったから。
何故この建物にシュティレンを設置していたのかは分からない。
蓋を開けて中身を展開させていた事。数名の戦闘員のみが運び込み防衛していた事=専門の研究者や技術者ではなく、爆発物を仕掛ける事の可能な他律生体=兵士が運用していた事を考えると、ここを保管場所に選んだという訳ではないだろう。たった一発だけというのもおかしな話だ。
恐らく――そう、恐らくだが、奴らはこれを使うつもりだったのだ。
どのタイミングでかは分からない。万が一敵の上陸を許し島を維持できないとなった時?或いは城砦党を始めとする島民が反乱を企てた時?
奴らはこれを抑止力としてではなく、実用品として考えている。
北ヴィンセント島の爆発がフラッシュバックする。奴らはあの徹底的な破壊をこの島でも行うつもりだ。
その合理的理由は分からない。島を取らせないために島民諸共吹き飛ばす?反乱を企てた島民を問答無用で消す?どちらにせようすら寒くなることすら通り越した、ただの狂気だ。
「お疲れ様です。どうしますか?これ」
俺たちの姿を見るなりシロがそう言って出迎えてくれた。
「放置する訳にもいかないが……」
「トラップもありませんし、持ち運べないサイズじゃないですけど……」
角田さんと彼女が顔を見合わせ、それから机の上でぱっくりと開いている話題の中心に視線を落としながら言葉を途切れさせる。
と、それを待っていたかのように再度CP=ビショップさんの声。
「CPよりアルファ5、シュティレンの起爆装置を見せてくれ。箱の中に入っている、黒い円筒型のパーツだ」
指示通りにシロが指定されたパーツにデバイスを向けると、すぐに返事が返ってきた。
「そのまま……よし、確認した。セーフティはかかっている。その状態なら例え爆撃されても爆発しない。そこから伸びている配線が外箱の外に出ているな。それを外してくれ」
「了解。……外れました」
箱の外に飛び出していた唯一のパーツを取り外し、これで完全に閉まるようになった。
「よし。そいつが遠隔起爆用の受信機だ。取り外した状態で持ち帰ってくれ。放置も出来ん」
放置できないのは同感だ。連中は恐らくそう時間を置かずに現れるだろう。カジノを探索していた部隊はまだ諦めていないだろうし、ドローンによって俺たちの存在は知れ渡ってしまっている。
今足元に転がっているシュティレン設置部隊がどこまで守備隊内で認知されていたかは不明だが、もし他の部隊と連絡があった場合は異常を察した時点で連中も出せる限りの戦力を投入してくるだろう。
しかし同時に考える。こんなものを持って今後の任務を遂行するのか、と。
セーフティがかかっていて、遠隔起爆装置も取り外した。つまり爆発はしない。
だが分かっていても、気分的には恐ろしい――腰にぶら下げているグレネードも大して変わらないと言われればその通りだが。
それに何より、潜入に際しては少しでも荷物は少ない方がいいだろう。
「アルファ5了解しました。えっと……このまま作戦を続行しますか?」
一拍置いてから尋ねたことで、彼女も恐らく同じことを考えているのだろうというのは想像できた。流石に指揮官相手であるため口先では遠回しに言っているが、つまりそういう事だ。
そして――とてもラッキーなことに――我らが指揮官殿はその辺りを汲んでくれる人であった。
「駐屯地に向かうトンネルの前に回収要員を派遣する。その人物に引き渡してくれればいい。回収要員のコールサインは『グリフレット』回収時の合言葉は『シース』と『レイク』だ」
回収要員?そんな事を任せられる人間がいるのだろうか?
この島にすぐに思い浮かぶ相手はいないが、まあそれでも、用意できたと言うのなら信じるほかない。
シロがぐるりと俺たちを見る。全員今の通信は聞こえている。
「アルファ5了解。駐屯地へのトンネル前でグリフレットと合流します」
通信終了――そう思われた瞬間、CPの声が緊迫する。
「CPよりアルファ、そちらの屋上に公社部隊複数が到着している。速やかに離脱せよ。CPアウト」
「了解。全員聞いたな」
即座に体が動く。足元に転がっている敵から未使用のマガジンを奪い取って弾を補給。連中と同じ弾を使える利点を活かす。
「脱出は後ろからにしよう。屋根伝いに移動して、隣の建物からバラック街へと抜ける」
角田さんが示したのははめ込み式の部屋唯一の窓。言い終わる前にクロがストックでそれを叩き割る。
今度はちゃんと残った破片も全て落とし、安全に乗り越えられる。
その間に準備を終えたシロが先程閉鎖した扉の前に待機。その背中には回収したシュティレン。
「外で音がします」
その状態で、彼女は声を殺してそう告げた。
「追いつかれるか……」
同じように扉の向こうに神経を集中させながら角田さんが呟く。
クロの方を振り返り、枠だけになった窓を確認。
今のうちに部屋から出て距離を取る――恐らく角田さんもシロもクロも同じことを考えているだろう。
そう思って俺とクロは目を見合わせ、それから反射的に飛び退いた。
「クソッたれ!!」
シロの叫びが、ボロクズのようになって吹き飛ぶ扉の轟音の中に響く。
あと少し直感が遅れていたら、その吹き飛ぶ中に俺も含まれていただろう。
「コンタクト!」
叫びながら枠だけになった入口の陰に隠れつつ角田さんが銃撃を返す。
「トーマさん!これを!」
その声に振り返るより早く飛びついた。
反対側で同じようにしているクロと同様に作業用の机を掴んで入口の方へ押していき、天板を盾にするように倒す。スチール製のこれなら多少の防御力は期待できるだろう。
事実、運んでいる途中に二発ほど天板に跳弾して天井に弾が刺さっていた。
その分厚い天板に身を隠し、俺とクロも土煙の立ち込める廊下に銃撃を浴びせていく。
廊下は窓の辺りまで一直線で、右側の一か所以外に隠れられるような場所はない。
「くっ!!」
だが、撃ち込んだ銃弾は何も倒すことなく、反対に向こうからは密度の濃い弾幕が一斉に飛び込んでくる。
どういう事だ?躱せるはずがない。
その思いが、弾幕と土煙の僅かな切れ目に連中の姿を探させた。
「クッソ……!!」
正体はすぐに判明した。
連中は廊下一杯に広がっていて、俺たちがこの机でそうしているようにこちらの銃弾を跳ね返している。
「盾だ!奴ら盾を持っていやがる!!」
同じものを見た角田さんの叫び。
連中は隙間なく廊下を塞ぐように展開していた。
盾を構えた最前列の兵士たちが整列し、こちらへの銃撃はそいつら越しに後列が行っている。
ギリシャやローマの兵士たちのような密集戦法。逃げ場のない狭い道ではあまりに厄介なそれが動く壁としてじりじりとにじり寄ってきていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




