かの地へ12
それでやり取りを終え、俺はトイレを後にする。
廊下に戻った瞬間、俺が来たのとは反対方向から兵士が二人、足を止めて敬礼の姿勢を取る彼らに敬礼を返しつつ、一人の耳元へすれ違いざまに囁く。
「手段は問わん。生きて島を出すな」
小さく頷いたのを視界の隅で確認。
J1614S型。偵察及び敵地潜入特化のこのタイプを潜伏させていたのは――そしてその事を俺にだけ伝えていたのは――監視対象=奥園が敬愛する統合共同体だった。
考えてみれば奴も哀れな男だ。結局のところ、統合共同体が求めているのは意思決定に逆らわず、あらゆる要望に応える忠実な手足であって、それは右腕を自称する者であっても例外ではない。
ちらりとすれ違ったS型たちを振り返ると、他の兵士と同様の装備に身を固めた彼らは、守備隊の他の者達と区別がつかないその姿と立ち振る舞いのまま、彼等の中に溶け込んでいった。
獅子身中の虫を狩るための獅子身中の虫は、守備隊の中に相当数紛れ込んでいる。
現守備隊司令がその思惑を実行に移そうとすれば、それが彼の最期の時となるだろう。
「まあ、仕方ないか……」
誰にも聞こえないよう口の中だけで漏らした呟きは、自分でも驚くほどに何の感情もないドライな声だった。
奴は硫黄島でシュティレンを使うつもりだ――その情報がもたらされたのは、僅か数日前の事だった。
奴の頭の中にある、シジマ計画完了後の世界。即ち、自らが人間たちの長として君臨するべき世界において、確実にその邪魔となるのが城砦党だった。
シジマ計画の後に集められる人間は、世界各地の生存者から統合共同体が国家運営に適切と判断した人口比率で集められる従順な人間だ。
だがそれだけではなく、シジマ計画においては城砦党を集められた人々を統率するための組織として規定していた。集められた人々が反乱を起こさないよう警戒監視する役割を負わせ、最悪の場合は彼らをスケープゴートにするために。
社会の秩序維持は城砦党に任せ、公社部隊は城砦党を含めての監視と、統合共同体を守るための親衛隊としての役割に分担させる。それが当初の計画だった。
だがこれを一番嫌うのはその人々をまとめ上げる任務につくはずだった奥園だ。
先程の張の反応は何も奴特有のものではない。この無法地帯の硫黄島で一大勢力を維持し、裏社会で生き延びてきた現城砦党の幹部たちからしても、奥園は虎の威を借る狐だ。いくら世界の形が一変し、その狐が玉座に収まる事になろうと、彼等はきっと納得しないだろう。
それどころか、実際に新国家の国民を動かすためには城砦党の協力が不可欠という事になれば、早晩力関係は逆転する。まさか指示を出すたびに公社部隊を出動させて脅しつける訳にもいかないだろう。
となれば?今の混乱のうちに全てを破壊してしまうのが一番簡単だ。
そしてその為には奴自身が無事に逃げ延びる必要がある。即ち、シュティレンの起爆は奴が島を出てからになるはずだ。
奴がそれをどう説明するつもりかは分からない。
三大国軍の攻撃という事にするのか、或いは何か別の言い訳を準備しているのか、それともそこまで考えが至らない程に追い詰められているのか――あまりに時間がないためこればかりは奴自身以外には分からない。
とにかく、奴は島内に集積されていたシュティレンを手に入れていて、それを守備隊を使ってどこかに配置するはずだ。或いはもう既にそれを完了しているかもしれない。
「……」
どちらにせよ、装備品の無断使用及び友軍への意図的な誤爆。償いが命になるのに十分な罪状。
「……子供はよくない」
いつか部下に、正確には部下だった者に言った言葉が口を突いた。
この島の住民にだって子供はいる。それを無差別に殺すのは、仮にそれが公社の命令でも納得はいかなかった。
――そんな世界を否定し、そうやって理不尽に奪われる命のない世界を創り出すためのシジマ計画だ。私利私欲による虐殺など、あってはならない。
※ ※ ※
「温情ある措置……って」
クロがぼそりと呟いた。思う所は俺と同じだろう。
「ナイスジョーク……こっちへ」
シロがそれに答えながらショッピングモールと化したその広間を奥へと進み、俺たちも後へ続く。
場所が場所だけに障害物になりそうなものは無秩序に建てられたバラックぐらいだが、そのバラックの中に誰かが隠れていないとも限らない。
「……」
身を隠すのに使った掘っ立て小屋のようなそこから少しだけ顔を出して正面を警戒するシロ。
安全と判断したかくるりと身を翻してコーナーの向こうへと消えた彼女を追って同じく角を曲がると、同時に向かい側にある同じようなバラックの玄関へと銃口を向ける。
既に誰も住んでいないのか、扉が開けっ放しでブルーシートをのれんのようにしているだけのその出入口に銃を向けつつの移動。途中で展開したストックを左肩にスイッチしてブルーシートの隙間から向こうを確認する。
そうしている間にシロは元々隠れていた側の扉――こちらにはちゃんとついていた――に同様の警戒をしながら、敵がいつ飛び出してきてもいいように扉から距離を取ってカッティングパイを実施している。
そしてそこを通り抜けると再度意識を正面へ。
迷路、というか訓練で何度も何度も、一瞬の判断の遅れさえも起こさなくなるまで繰り返したキルハウスのような場所を、やはり何度も何度も繰り返した動きでもって進んでいく。
「……ッ」
シロが止まれの合図を送る。
理由はそれがなくても分かった。ショッピングモールは、防火用と思われるシャッターで唐突に封鎖されていた。
今回の戦争のための措置か――或いは俺たちのような侵入者を警戒してのものか、その薄汚れ具合と複数の落書きから封鎖されてからそれなりに時間が経っている=俺たちを閉じ込めるためのものではないと判断して迂回ルートを探す。
「こっちへ」
今度もシロが発見した。
メインストリートとなるのだろう、今まで通ってきた道の右手に伸びている路地のような細い通路。人一人がなんとか通れるぐらいの狭いそこが伸びる奥には、これまた同じぐらい狭い別の通路――というか壁と壁の隙間とにぶつかる形となっている。
「この奥に階段があるはず。そこから上を通っていきます」
シロがそう説明したところで、背後に物音を感じ取った。
「!?」
まだ遠い。だが間違いなく人が近づいてきている。それも複数。
「敵……」
「多分ね」
バラックの陰に隠れて音のした方向を覗く俺とクロ。
仮に敵でなかったとしても、ここに俺たちの味方はいない。
そして何より先程の奥園の放送が、無関係の人間でも敵に回る可能性を上げている。
「よし、二人に殿を任せる。進もう」
角田さんが同じものを聞いてそう判断し、俺たちは件の路地へと入っていく。
その路地の手前、シロと角田さんがツーマンセルで先行。それを見送り、自分の進む先に問題がない事を確認してから、すぐ横で膝射姿勢を取っているクロの肩に手を触れ、それから二人の後を追う。
路地の左手には、元々何かの店舗兼住宅だったのだろう窓口がいくつか並んでおり、そのうちの一つから音が聞こえてくる。
どうやら格子状のシャッターを閉めただけで中に人がいるようだ。
その音の前を通りかかった時、いつものように店番のつもりだったのだろう、タバコや小物類の並ぶカウンターの向こうにお婆さんが一人、椅子に座って舟を漕いでいた。
「……」
警戒を続けながらも、小さくほっと息を吐く。
そのありふれた平和な姿が、妙に俺を安心させた――その婆さんの前に、こちらに背を向けるように置かれたモニターから流れてくる声を聴くまでは。
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。自治区防衛局は、本日8日未明、関東甲信越及び西太平洋上において東亜人民連合、欧州連邦、北米連合共和国連合軍と戦闘状態に入れり――」
どこかで聞いたことのあるようなそのニュースが、静かな朝の路地裏に流れていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




