かの地へ11
どこに設置されているのか、スピーカーからの声は無人の市場に良く響く。
「現在島内全域にて、敵性勢力が原因と思われる大規模停電が発生しております。住民の皆様におかれましては引き続き外出禁止令へのご協力をお願いするとともに、不審なものを見かけました際には、守備隊司令部へ通報をお願いいたします。皆様のご協力が、全同胞と世界平和の礎となります。ご協力のほどお願い申し上げます――」
随分大袈裟な言葉遣いだ。
外出禁止令が発令されている中でどうやって不審なものを見かけるのかは謎だが――と思ってすぐに自分たちが今まさにその状況にいることに気づく。
家や商店からこちらを発見することは決して難しくはないだろう。
そして何より、城砦党のように公社部隊と共に警備に当たっている連中も存在するのだ。
「――そして、島内に潜伏している全ての三カ国連合軍及びその他の勢力へ。大勢は我々にあり、我々の支持者は世界中にいます。速やかに降伏しなさい。我々は大義なき侵略を断固として認めません。そして、侵略の尖兵であることを辞めた者には温情ある措置を約束します」
降伏勧告だ。
だが仮に俺たちが連合軍の者であっても決して降伏はしない理由は、奴の言う温情ある措置が、何であるのかを先程ゴミ焼却場で見せつけられただけで十分だった。
※ ※ ※
通信を終えて、俺たちは放送室を離れ、同じ駐屯地内の地下収容施設に向かった。
かつてこの駐屯地を束ね、他律生体たちの指揮官をしていた男の終焉の地。
「さて、ここですね」
核兵器の密輸を許してしまった事による引責自決と表向きには処理されたが、結局北ヴィンセント島の核自爆のニュースに埋もれてほとんど話題にも上らなかったその人物から島を引き継いだ奥園が、同じ独房の扉を開いた。
「……」
どろりとした目の老人がこちらを見上げる。
椅子に縛り付けられ、首から下の自由を完全に奪われながら、その眼光からはまだ少しも反抗心を失っていない事がありありと見て取れる。
「やあ、どうも。ミスター張」
奥園が――芝居がかって――馴れ馴れしく挨拶するが、男の二つの目が見ているのは俺の方だ。
だが相手の視界に入れられていなくとも、奥園は更に言葉を重ねた。
「少しは考えを変えていただけましたかね?」
「何か用か?」
ミスター張=目の前の老人=城砦党の先代トップは、奥園のその言葉に吐き捨てるようにそう言った――俺から目を離さず、俺に向かって。
一瞬の妙な沈黙。
奥園:言葉が尽きた。
張:回答待ち。
俺:答える気もなし。
簡単な状況だった。つまり張は奥園を舐めているのだ。
かつては、つまりコールマンが守備隊を率いていた頃は、その期間のほとんどに渡って城砦党は自治権を保ってきた。
張という男はその時代の頭目だった人物で、付き合っていた相手の失脚と共に、自身も内側からつまみ出されてしまった者だった。
そして現体制=城砦党が公社の事実上の委託先のようになっているのは、現頭目と結託した公社が彼を追放したからに他ならない。
つまり、張からしてみれば奥園は政敵以外の何者でもないのだ。
「随分と大人しくなりましたね。本当はもっとおしゃべりだったと伺っていますけど」
その政敵はまだ言葉を投げかけ続けている。
こちらに来て分かった事だが、この奥園という男、これで中々にプライドが高い。
「色々聞いていますよ。現在のありようを『青二才共の浅知恵』とか呼んでいたことも。……まあ、そんな事はどうでもいい。大事なのは、あなたに転向する気があるのかどうか、です」
かつての自身の側近たちと共に、冷や飯食らいの立場に置かれながら公社への協力を拒み独立路線を主張し続ける彼等への圧力と、内通の防止――それがこの男を拘束した理由だが、奥園が「どうでもいい」と言った部分こそが一番重要だったのだろうということは、彼の口調と、老人を見下ろす何とか隠そうとしている軽蔑の目つきでなんとなく分かった。
彼からすれば我慢ならないのだろう。統合共同体の最大の理解者にして支持者を自負する己を、即ちこの戦いが終われば世界の支配者に最も近づく存在である己を一切尊重することなく、拘束されて尚その態度を改めないこの老人が。
――いや、もっと簡単な理由かもしれない。
つまり、統合共同体による支配という“正しい”思想に基づいている自分を受け入れない悪が平然と存在している事が許せないのだ。
ある意味それは最初の仮説より高潔な怒りとも言えた。それは個人的な好き嫌いの話ではなく、より公共性のある正義の話だ。私怨ではなく義憤に近い感情だろうか。
そしてこの老人は、海千山千のマフィア共をまとめ上げてきた頭目は簡単に見透かしている。
だからこそ、新たな支配者に対して一切目を向ける事すらしない。それが一番効果があることは見抜いているのだ。
しばし、無言。
「……まあいい」
先に音を上げたのは奥園。
「戦争が終わるまでそうしていてください」
踵を返して部屋を出ていく。
その間誰もが無言。張の奴も、俺も。
マフィアのボスは結局一度も奥園と目を合わせる事さえせず、彼を追い返した。
「……なあ」
「なんですか?」
部屋を辞してから改めて確認する。
「なんであの男にこだわる?現在の城砦党は我々と行動を共にすると決めている。そして奴は城砦党に対して影響力を行使できるような立場にはない。つまり、極端な話放っておいても構わない訳だ」
「確かにそうでしょう」
あっさり認める奥園。
だがそれがただ返事というか相槌でしかないという事はすぐに彼が証明してくれた。
「ですが、彼のこれまでの経歴を考えれば警戒するに越したことは無い。この島の性質上、どこで誰と繋がるか分からない訳ですから、下手に内通者となるよりはこちらで拘束しておいた方が良い」
以前も聞いたその理由をもう一度教えてくれる。
今回はもう一つの理由を追加して。
「それに、城砦党の協力を取り付けるのに、反体制派の排除は強力な後押しになるでしょう」
後押し。
それはつまり牽制と読み替えても通じる。
公社に逆らえばこうなるぞ――それを無言のうちに示すという事だ。
「成程……それほどまでに城砦党は組むべき相手だと」
「勿論そうです。この戦いにおいて彼らは必要です。彼らは硫黄島諸共空爆で消し飛ばされるはずだった。本国にも見捨てられてしまった彼らと共に戦うべき敵がいる状況において手を握らない選択肢はありませんでしょう」
その答えは奥園の心の中をしっかりと表しているようだった。
――或いは、雄弁に語ることで、先程張に相手にされなかったことを誤魔化そうとしているのかもしれない。奴のプライドがそうさせているのかもしれない。
いずれにせよ奴の言葉にはこういう意味がある。
共に戦うべき敵がいる状況において手を握らない選択肢はない=連中と手を握るためには敵がいなくてはならない。
ならもし、シジマ計画が完了した暁には――狡兎死して走狗煮らる。
「成程……。まあその辺は守備隊司令の判断にお任せしますが」
そのピカピカの肩書を貰った張本人にそう言って、俺は彼と別れる方向に足を向けた。
「どちらに?」
「用を足しに。コーヒーを飲むと早くてね」
それだけ伝えて俺は目当ての場所へ。その説明を信じたのだろう、奥園は先に放送室に戻っていた。
彼の仕事はまだある。島内への連絡だけではなく、プロパガンダ放送の担当も彼だ。硫黄島守備隊司令。正確には宣伝担当大臣兼公社エージェント兼硫黄島守備隊司令――奴の肩書はこんなところだろう。恐らく本人の興味の順に並べてもこんな感じだ。
ふと考える。もし彼がシジマ計画完了後のポストを考えているとするなら、恐らくは硫黄島や他の地域の王か、或いはもっと上、集められた人間たちの指導者=統合共同体の思想の実行者、より正確に言えば政治将校。恐らくそんなところだろう。
自分で田畑を耕すでも木を伐るでもなく、武器を取って守るのでもなく、ただひたすらそれを他人に促す立場。それも、私利私欲だけではなく正義感、義務感とのハイブリッドによるそれだ。
「……」
トイレに足を踏み入れる。
小便器が二つ。大便器が三つ。大便器一つは故障中の張り紙と共に閉鎖中。
「……」
その張り紙の上からドアをノックする。
一拍置いて今度は三度。
張り紙の下からすっと何かが動くほんの僅かな気配。
小さな穴から、超小型の集音マイクが突き出された事を、紙の上から降れたその感触が伝えている。
「フィッシュの動向に注視しろ」
フィッシュ=奥園を表す符丁。
「今はまだ監視だけでいい。何か行動を起こしたとしても、だ。だが奴が島を出ようとしたら……」
言葉を区切り、耳を澄ませ、神経を集中する。
間違いなく他には誰もいない。
「……その時は殺せ」
(つづく)
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