かの地へ10
どうもスムーズには行かせてくれないらしい。
「アルファよりCP」
角田さんが連絡を入れる。
先程の逃がし屋の老人が何か抜け道を知っているかもしれない。
「こちらCP」
「現在ゴミ焼却場を脱出し、団地敷地内を移動中。目的のトンネルへのルート上に検問所が設置されていて封鎖されています。迂回ルートを」
「了解した。少し待て……」
その声に少しの焦りが浮かんでいるのは何となくわかった。
そしてその理由はすぐに安全な代替案が出てくるわけではないという事を示してもいた。
「CPよりオールアルファ。そちらのデバイスにその建物のデータを送る――」
それでも返事に数秒とかからなかったのは流石と言ったところだろうか。
だが、その回答は切りだしてきた段階で既に不安を掻き立てるものだ。
「建物の中を取って検問を迂回しろ。現在周囲に複数の部隊が展開中。島内の大規模停電の影響で警戒態勢が強化されている。屋外の移動は危険だ」
予想的中。
あの状況では仕方ない事だったとはいえ、自分で蒔いた種が早速実を結んで俺たちの前に立ち塞がることとなった。
俺たち全員がめいめいのデバイス、続いて顔と見合わせていく。
「アルファ6了解。オールアルファ、データを受信しました。これより建物内に侵入し、検問を迂回します。アルファ6アウト」
通信を終えて、目の前を横切っている道路に目をやる。
デバイスに表示された周辺情報と建物内の見取り図は、それを目にしたマキナがしっかりと頭に刻み込んだ。
そしてそのデバイスと脳内の地図が瞬く間に目の前の地形とシンクロし、地図の中に自分たちの位置を書き込んでいく。
「移動しよう。左右の建物に警戒しろ」
先頭に立つ角田さん。ひびだらけのアスファルトの道は、既に整備されなくなって久しいのだろう。周囲の藪と同様の背の高い雑草が、無数のひびの間から逞しく空に向かって伸びていて、その有様がこの道路の使用状況を表しているというように、寂れたその道路にはパーツどりの極致までいったような車やバイクの残骸――或いはそうだったと判断するのさえ難しい金属塊が点々としている。
そうした廃墟のような道路を一列になって進んでいく。
ポイントマンとなった角田さんが正面を、後方に続く俺、シロ、クロで左右の建物に警戒しつつ、道の奥にある右側の建物を――恐らくは勝手に――増築した、道路に突き出した部分へと足を進めていく。
「しかし凄いな……」
左右にそびえ立つ団地も、一体どこまでが最初からある建物なのかなど最早想像もつかない程の増改築を繰り返した結果、岸壁にびっしりと張り付く貝殻やフジツボのように建物の輪郭をむくむくと膨らませていて、その膨らんだ部分同士を渡り廊下のようにして複数個所で連結していた。
どうやら先程まで見ていた殺風景な壁はこの建物にあってかなり希少な場所だったのかもしれない。
九龍城砦と言えわれて想像する姿に近いのだろうが、実際にその増殖した建物の谷底に立つと、増改築を繰り返した集合住宅は都市一つを最大限圧縮したもののようにも思えた。
その町の塊の間を進んで、目的の場所から右の塊の内部へ。
一体どこから持ってきたのか分からない倉庫風の扉は鍵がかかっておらず、見かけのわりに軽く開かれた。
――足元に落ちていた錆の塊みたいな大型の南京錠が、かつては機能していたのだろう。
足を踏み入れた硫黄島の九龍城砦。そう言えば以前逃げ込んだのもここの一部だったはずだ。
だが場所によってその姿は大きく異なるようだ。
「これは……」
「商店街……みたいなものですね」
恐らく開戦によってだろう、シャッターと放棄された店頭ばかりになっているが、いくつもの屋台のような店が壁や柱に張り付くようにして隙間なく並び、その間を通路が伸びている。
商店街――実情に即して言えばそうなのだろうが、なんとなくデパートの地下や大きな駅ビルの中を彷彿とさせる構造だ。
その中を進んでいく俺たち。見えている看板や、残された器材などを見ると、恐らく食べ物を扱う店が多かったのだろう。本当なら朝のこの時間には朝食を求める客や、開店準備の店員でごった返していて、様々な匂いが満ちていたのだろう。
今は静まり返り、俺たちの他に動くものと言えば、毎朝ありつけていた餌が無くなってしまったねずみだけ。
その静かな中でも、周囲への警戒は怠らない。
城砦党とかいう自警団は公社と組んでこの辺りの警戒を行っている。
そしてマキナによって地形は頭に叩き込まれているとはいえ、本来この辺りは城砦党の本拠地なのだ。地の利がどちらにあるのかは明らかだ。
食料品店のエリアを抜けると、今度は広いショッピングモールのような場所に出る。
先程の道路に並行する形で伸びているここは、成程商店街だと思える構造だ。二階まで吹き抜けにしてあるため、屋内でありながらかなり広い印象を受ける――どうやってこんな工事をしたのかとか、強度は十分維持されているのだろうかとか、そうしたことは考えから追い出す。
「しかし……凄いな」
何度かの入れ替わり後に再びポイントマンになった角田さんが漏らしたのは、恐らく俺たち全員が思っている事だった。
建物の中にこんなものを造ってしまう、それも、先程までより大きい店舗、例えば床屋や服飾店や飲食店といったものが揃っている、商業施設を創り出し運営する――という事ではなく、そうした場所に僅かなスペースを見つけてバラックを造ってしまうというその文化に。
凄いものになると、他の店の前に堂々とバラックを建てて、背後にある本来の店は入り口の周りしか通路に面していないような場所さえある。
計画に基づいて整備された都市と言うより、無秩序に集まれるだけ集まった結果生まれた集落。都市を最大限圧縮したような、というイメージは内側でも正しかったようだ。
「島内の皆様にお伝えします。こちらは硫黄島守備隊司令部です」
「!?」
唐突に流れてきたそのアナウンスに俺たち全員が観光客から完全に立ち返る。
聞き間違えるはずもない。その声は奥園香輝その人のものだった。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




