かの地へ9
通信を終えて、クロを先頭に変電室の奥へと進む。
それが何の役割を果たしているのか分からない、背の高い機械の列の間を進み、奥の小部屋へ足を踏み入れると、そこが目当ての部屋だった。
「ターミナル01~11」と書かれたハッチから床の下へと潜っていく。
どうやらこの真っ暗なチューブの中を、暗視装置のデジタル処理された視界だけを頼りに奥へ奥へと進むことになるようだ。
トンネルは一直線に闇の中へと伸びていて、その断面積の半分以上を大小様々なパイプが占めている。
「待って」
少し先でクロが静かに俺たちを止めた。
トンネルがいくつかに分かれ、それに合わせてパイプも天井で複雑に分岐している。
実態から言えば、この無数のパイプの分岐に合わせてトンネルが分岐しているのだろうというのは何となくわかる。この中に走っているのは、焼却場から発生した電気を島内の各地に送る送電線だ。
追いついた俺たちがその無数の分岐の先=それぞれ全く同じに見えるトンネルの奥を警戒している間に、クロが天井のパイプに書かれた表示を確認。
小さな蛍のように、ポッと光が現れて、それがパイプの表面を滑っていく。
「右から二番目……ここですね」
進路決定までに時間はかからなかった。
パイプに書かれた、その中身の行き先はそのまま俺たちへの案内表示にもなっている。
――逃がし屋の老人は一本道とか言っていたが、情報が間違っている。
まあ、ここ以外は概ね正確だったのだ。それに分岐もすぐに分かった。十分だろう。
彼女の示したそのトンネルに入り、これまた先程までと何も変わらない、それこそ円になっていて同じところをぐるぐる回っているのではないかとさえ思えてくる同じ景色の中を歩いていく。
その無限トンネルにも、唐突に終わりは訪れた。
「ここ……ですね」
クロが手を触れたのは、突然現れた行き止まり。
緩い上り坂を数m登った先にあったそれは、パイプだけは例外のようで壁の向こうに続いている。
まさかここで行き止まりか?その最悪の結果が頭をよぎったのは俺だけではあるまい。
そしてそれ故に、別の出口を探し出すことも出来たのだった。
「こっちは?」
パイプの下をくぐった先にスペースが出来ているのを見つけたシロの声。
彼女に続いてパイプをくぐり抜けると、そこにあった殺風景な扉をそっと開けてみる。
「……ここは?」
「どうやら当たりみたいですね」
扉とその枠の数cmの隙間から外の風景を覗いていた俺の顔の下から、道を探し当てたシロが覗き込んでそう判定した。
扉の向こうも屋内だろうという事は、漢字の落書きのようなものが辺り一面に散りばめられた薄汚れたコンクリートの壁と、同じぐらい古く、所々亀裂が入ったこちらもコンクリートの床を見ての判断だ。
ただしこの先はそれまでと異なり明るい。それも照明のそれではなく太陽光だ。
どうやら天窓か、或いは吹き抜けかは分からないが、真上から日の光が降り注いでいるようだ。
「!!」
そしてその光の中を、公社兵と現地人らしき人物が並んで歩いていくのを見て、反射的に顔を引っ込めた。
「……やっぱり当たり」
シロも同じものをみたようだ。
「ここを迂回、敷地内を北東に抜けて、旧日本軍のトンネルに向かいます。そこからなら駐屯地に侵入できます。問題は……」
既に公社兵たちが通り過ぎた外へと目を向ける。
「公社の警備部隊に加えて、ここ独自の自治組織が公社に協力している中を抜けていかなければならないという事です」
「……厄介だな」
正直な感想が漏れる。
まだ残っていたとは――そんな言葉を憎々し気に吐き出すシロ。俺の言葉に応じたというより、自らの心の声が無意識に外に漏れたように思えるそれには、流石に彼女自身も気付いていたようだ。
小さく咳ばらいを一つして、もう一度外の様子を伺うシロ。
巡回は先程の二人組だけだったようで、辺りは戦争中とは思えないのどかで静かな雰囲気が漂っている。
「彼らは城砦党といって、この辺りの東人連系住民の自治組織から生まれた自警団みたいなものです。といっても、今ではここに流れ着いた、組織の影響力が行使できない中小マフィアの寄り合い所帯みたいなものですが。とにかく、連中は表向き自治組織を名乗っていますが、実態は公社の行政の肩代わりをしているに過ぎません。事実上、公社と同じ組織と考えていいかと」
その説明で思い出すのは、以前この島を訪れた時の彼女の姿だった。
公社部隊と遭遇し、交戦の末あの時もこのマンモス団地のような建物に逃げ込んだが、その時も彼女はここの住民に明確に敵意を示していた。
多くの仲間をここで失った恨みはまだ忘れていないのだろう。
しかしだからと言って、行動計画に変更はない。その辺はしっかりと分別がつけられるのが彼女だと、前回の来訪時に知っている。
「行きましょう。こっちです」
仕切り直すように小さく息を吐き、それからそっと再び扉に手をかけると、音を立てずに僅かな隙間から外へと滑り出した。
「……」
進行方向とその反対の通路のクリアリング、そして光の差し込む真上へのそれをリズミカルに行い、進行方向=俺から見て右側に向き直るとこちらにハンドシグナルで安全を伝えてくる。
彼女の後に続き光の下へ。
建物内だと思っていたそこは、どうやら元建物の中だったようだ。
天井は吹き抜けになっているだけで、恐らく元々存在したのだろう屋根が、周囲の壁ごとなくなっている。
元は巨大な団地の一角だったのだろうという事は周囲の壁、正確にはその二階以上の部分に並ぶ朽ち果てたような扉でなんとか判別できた。
「こっちです」
進行方向とその逆もまた、本来扉で外と区切られていたのだろうという事だけは分かる四角い穴で、雑草に覆われた外と繋がっている。
その穴から外へと進むシロ。
先程と同様に周囲への警戒は欠かさない。
彼女の背中を追って、どうやらこの辺りは建物の様子が表していたように、既に人の住んでいない区画のようだった。
どこから持ってきたのかただのトンネルになったコンテナが建物を出て直ぐの場所に転がり、その手前に錆の塊になった乗用車が雑草の繁殖場になっている。
俺たちはそのコンテナの中を進み、通り抜けてから崩れかけた低いブロック塀に身を預けてそこをよじ登る。
「足場を頼みます」
「了解」
言われた通り足場=ブロック塀に背中を預けてバレーボールのレシーブのように手を組んで、そこと肩にシロの足を受け止める。
ぐっと――しかし想定していたよりも幾分軽い――体重がかかり、彼女が視界の上限から消える。
続いて角田さん。そしてクロ。
最後に、恐らく角田さんが足場をやっているのだろうクロの手に引き上げられるように俺も向こうへ。
壁の向こうの世界は左手を巨大なコンクリートの塊=団地の壁が占めていて、右手は背の高い金網のフェンスがそびえ立っている。
金網のため右側に誰かいれば見つかる可能性はあるが、その一枚が人間の居住区核とそれ以外を分けているようで、フェンスの向こうには無数の粗大ごみと不燃ごみの世界しか存在しないようだった。
その二つに挟まれたスペース――と言っても十分な広さだが――を我々は進んでいく。
ここまで接敵はなし。順調に進んでいる。そう思った矢先、シロに変わってポイントマンを務めていたクロが足を止めた。
「前方に哨兵。いや……検問所?」
雑草に隠れるように膝をついた彼女に倣って同じように姿勢を下げ、その視線の先=今左手にあるものとは道路を挟んで別の棟の更に奥、恐らくここの敷地の外にあるのだろう道路上に仮設テントのようなものが建てられ、数名の公社兵の姿が見える。
幸いこちらには気付いていないようだが、見つからずにこれ以上接近するのは不可能だろう。道路を挟んだ向こう側には隠れられるようなものがない以上、誰か一人でもこちらを向けばそこで終わりだ。
「参ったな……」
隣でシロが呟く。
「トンネルはあの向こうです」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に




