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かの地へ5

 重いドアノブを回して、体を扉にもたれかからせるようにして僅かに開く。

 リノリウム張りの床と打ちっぱなしのコンクリートで構成された廊下。廊下と呼ぶには幅があり、奥に長い部屋と呼んだ方が良いかもしれないそこに滑り出し、その奥まで見通せる通路にいくつか並んだ別の扉を視界に入れる。

 どうやら燃料貯蔵庫以外にも種類ごとに色々貯蔵しているらしい。


 そうした扉の前を慎重に進んでいく俺たち。もし急に開いた場合でも即座に対応できるよう、進むのは通路の真ん中辺りだ。

 もし扉から敵が現れても、ここなら出会い頭に衝突するという事態は避けられるし、銃撃戦になった場合でもコンクリートの壁際は跳弾する可能性が高い。

 そして跳弾した場合、壁を這うと言われることもある程に、その弾は壁の近くを飛んでいくことが多い。


 「……」

 ダイヤモンド型、と言ったらいいのだろうか

 正面を俺が、その左右斜め後ろに角田さんとクロが展開し、それぞれに近い方の壁に設けられた扉を監視。

 通り抜けた後現れた場合は、それを見越して最後尾を後方警戒しながら後ずさりで進んでいるシロが対応する。

 キルハウス内を進むような緊張感の中、正面突き当りの扉の前に行きついたところでフォーメーションを解き、扉の左右へと別れる。この廊下に入った時と同様の緑一色、手前に引き開けるタイプのその扉の向かって右側に俺。左側に他三人。


 「ここだな……」

 『B1F灰コンベア室前室』と書かれたその扉のノブにそっと手をかける。

 天井のスピーカーが突如聞きなれた案内放送用のチャイムを鳴らしたのはまさにその時だった。

 「!?」

 心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われたのは俺だけではないだろう。

 そんな俺たちのことなど当然意に介さず、音質の悪いスピーカーは、それに反して意外なほどに聞き取りやすい放送を伝える。

 「全工場職員及び警備担当にお伝えします。現在ナンバー2灰コンベアで警報が発報しました。灰漏洩の可能性があるため安全の確認が取れるまで担当部署以外の立ち入りは禁止とします。繰り返します――」


 「まずいな……」

 思わず声を漏らしたのは、何も灰を吸い込みたくないからという事ではない。

 安全確認を行うという事は、そこに話しにあった担当部署の職員が来るという事。そして場合によっては人払いのために出入り口に見張りを設置する可能性もあるという事だ。

 「アルファ6よりCP」

 「こちらCP」

 「問題発生。ナンバー2灰コンベアで異常があったため作業員が安全確認に入ります。迂回ルートが必要です。こちらの現在位置はB1F燃料貯蔵庫側の灰コンベア室前室の前オーバー」

 インカムに告げながら、角田さんが彼のデバイスに記録していた工場内の見取り図に目を落とす。

 「了解アルファ6。少し待て……」

 今度の待てはすぐに返答があった。

 「CPよりアルファチーム、ナンバー2灰コンベアはそちらの入口からは陰になっている。直ちに灰コンベア室に潜入し、すぐ左の階段を上って一階炉室へ移動しろ。その炉室を奥に向かって移動し、奥の扉からタービン室に入って、室内の階段で下に降りればそこが変電室だ。十分警戒して進めオーバー」


 どうやらこの先には進まなければならないらしい。

 なら善は急げだ。連中が念のためにと距離のあるこちらにまで人を送ってくる前に動かなければ。

 「アルファ6了解。迂回ルートを使用して変電室に向かいますアウト」

 通信を終えて、止まっていた動作を再開する。ギャンブルだがやるしかない。最悪の場合は音を立てずに始末する。

 扉に耳をそばだてて前室の音を確認。無人であると判断して扉を開け、一気になだれ込む。

 すぐ奥にもう一つの扉。これをくぐれば今度こそ灰コンベア室だ。


 今度はシロが僅かに扉を押し開けて中の様子を確認。

 薬品のような独特の臭いがする、むわっとする空気が流れ込んできて思わず顔をしかめる。

 考えてみれば炉室のすぐ下にあるのだ。ただでさえ暑いこの島にあって、快適さなど考えてはいけない場所なのだろう。


 「よし……こっちへ」

 周囲の安全を確認したシロが先に飛び出し、俺たちがそれに続く。

 じゃりじゃりと砂のような粒を足の裏に感じながら、入ってすぐの壁際に設けられたグレーチングの階段を上っていく。

 「ここか……」

 やや急なそれの先には、床面全てがグレーチングでつくられた世界があった。

 と言うよりも、地下から2階までを吹き抜けにして、その途中にグレーチングの足場を造ったと言った方が近いかもしれない。

 この建物全体の何割かを占めるのだろう巨大な吹き抜けに、焼却炉が二基鎮座していて、それを中心にしてグレーチングが一階部分と二階部分のそれ以外の空間を埋めている。

 そしてその世界を縦横に様々なパイプやら機械の一部やら、或いはそれらのいずれかも分からない謎の設備やらが巡っていて、自分がどこにいるのか分からなくなりそうな巨大構造物の世界が広がっていた。


 「ここの一番奥がタービン室だ」

 角田さんの言葉に、彼の視線の先を見る。

 確かに心太(ところてん)をつくる道具を巨大化したような角柱型の配管がいくつもはしる先に、一つ扉が見える。

 「警戒して進みましょう」

 再度先頭に立ったシロの後に俺たちが続く。

 正面は彼女が警戒して、俺たちは再度左右と後方に目を向ける。

 だがそれだけではない。全てグレーチング張りという事は、上にも下にもあるのは格子だということ。

 即ち、上下からの視線にも気を配らなければならない。事実上宙に浮いているのと変わらないのだ。

 俺が右側を担当して、クロが左側、一階だけでも配管やら設備やらで物陰が多いのに加えて三次元での対応が必要となると、一人が見なければならない範囲は一気に広くなる。

 当然ながらこれはどのポジションでも同じことで、先頭を進むシロは正面全域を担当する分その範囲は相応に広くなっているはずだ。


 「ん?誰だ?」

 だからその声が聞こえた時、すぐにその方向が右側の奥から聞こえてきたと分かったのは、本当に幸運と言う他なかった。

 「ッ!!」

 咄嗟に近くの設備に身を隠す。

 埃っぽく暑い空気は動かなくても全身を不快に包み込むが、今はそれさえ感じない。

 「どうかしたのか?」

 別の声。恐らく下の異常確認に来た作業員だろうか。

 「……場所が場所だからな。幽霊じゃねえの?」

 「馬鹿なこと言うなよ」

 その馬鹿なことで救われた俺たちは、遠くに見えていたその二人の姿が完全に見えなくなってから動き出した。


 幸いなことに、タービン室の扉の辺りはグレーチングではなく、コンクリート製の床になっているようだと分かった。

 しかしその足場=下からの露見を気にしなくていいエリアまであと少しという所で飛んできた声は、恐らく幸運ではなかった。


 「誰だ!!」

 上から落ちてくる声。反射的に見上げたそこに、この暑い中同情したくなるような化学防護服のようなものに身を包んだ人物がこちらを指さしていた。

 「侵入者!銃を持って――」

 最後まで言い終わる前に、シロの得物が火を噴いた。

 防護服の男が尻もちをつくように倒れる。誰かの声、悲鳴とも引きつけともとれる妙な音を立てて、こちらからは死角になっている場所から、同じような防護服が一人逃げていく。


 しかしそれだけで口を封じた訳ではない事は、すぐに鳴り響いた不安を掻き立てるようなアラートとまくし立てる放送とでしっかりと理解させられた。

 「管制室より全職員!緊急事態発生!炉室内にアンノウン!炉室内にアンノウン!全作業員は直ちに作業を中断!警備部隊の指示に従い退避せよ!繰り返す!全作業員は警備部隊の指示に従い退避せよ!これは訓練ではない!これは訓練ではない!!」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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