かの地へ4
「聞こえたな……?」
角田さんが振り向き、それから足音を忍ばせて煙突に近づいていく。
煙突の周囲は2階建ての建屋になっていて、その中に納まりきらない煙突の上の部分は、屋根の上に設けられた覆いの中に入り、屋根から突き出す形で外に出ている。
その煙突に沿うように設けられた点検用のエレベーター。その根本付近で聞こえた声に、足音を殺して足場を進み、デバイスの指向性マイク機能を起動。格子状の床に近づけると、俺たちのインカムにもその音がより鮮明に聞こえてくる。
「……AT-990654」
男の声――かなり弱っている。
それに続く殴りつける音。
そして間髪入れずに発せられる別の男の声。
「質問に答えろ」
「AT-990654」
「認識番号は既に確認している。煩わせるな」
またも殴打する音。
「お前が庇うべき仲間はもういない。質問に答えればそれだけすぐに楽になれる」
感情を押し殺したというより、台詞を読み上げるような抑揚のない声。
格子の隙間から下を見下ろすと、椅子に縛り付けられた兵士を一体の公社兵が殴りつけている。
対して殴られているのは人間の兵士だ。恐らくフィルモアの部隊に先立って上陸していた特殊部隊だろうか。
アームスーツも、その下に着るエグゾスケルトンも奪われた姿で縛り上げられたその兵士は精鋭らしくその状況でも口を割ることはない。
公社兵の拳は何度もその兵士を殴りつけ、その度に薄暗い照明に照らされたコンクリートの床に飛沫が飛ぶ。
「お前の部隊はもう無い。フィルモアも沈んだ。お前が義理立てするべき相手はもういない。分かっているだろう」
公社兵の手が止まり、クルーカットの頭を鷲掴みにして己の顔と突き合わせる。
その言葉に返ってきたのが血の混じった唾であることは湿った音で分かった。
「……くたばれ糞人形」
他律生体に感情はない。どれほどの罵倒にも、どれほどの反抗にも、怒りに任せて――という事はない。
だからこそその後の行動は、最初から連中にインプットされていたという事になる。
「……」
奴は何も言わず、己の腰から銃剣を引き抜くと、そのグリップで兵士の横っ面を殴り飛ばして口を開けさせ、上下の歯の間に刃を滑り込ませている。
「……ッ!!」
思わず声が漏れそうになって何とかこらえたのは兵士ではなく俺だ。
だが漏らしたところで分かるまい。公社兵の体で隠れてはいるが何をされているのかは容易に想像できるその兵士の絶叫は、マキナであっても耳を塞ぎたくなるような凄まじいものだ。
尋問中であるため、まだ話せるギリギリのところで刃が引き抜かれ、それに合わせて滝のような血がアスファルトを濡らしていく。
「口の利き方に気をつけろ」
その目を背けたくなる行為の実行者は、それまで同様一切感情のない声でそう告げた。
ちょうどその時、奴の背後の扉が開いて、もう一体の他律生体が現れた。
直ちに振り返り、直立不動で敬礼する尋問していた方の他律生体。
「守備隊司令部より通達」
敬礼を返したもう一体は直立姿勢のままの相手にすぐに要件を伝えた。
「戦争捕虜、認識番号:AT-990654に対し直ちに対応199を実行せよ。当該捕虜が重大な戦略的情報を有する可能性は極めて低く、また重要情報漏洩の惧れはないと判断する」
公社の他律生体に外見的階級を見分けられるものはない。
連中は皆一律に兵器であり、あるのは作戦遂行のために発行され、状況に応じて引き継がれる部隊指揮官権限だけだ。
恐らく今通達を読み上げた個体が部隊長を務める個体なのだろう。
「了解しました。戦争捕虜、認識番号:AT-990654に対し対応199を実行します」
指示を受けた個体は復唱するとすぐさま回れ右をして腰の拳銃を引き抜く。
「ッ!」
捕虜がそれに気付いて僅かに顔を逸らそうとした瞬間、その頭が銃声と共に大きく後ろにのけ反った。
スプレーでぶちまけたように広がった血痕。
それを全く意に介さず、撃った公社兵は拳銃を腰に戻して部隊長個体に向き直り敬礼。
「完了」
「了解。死体は当工場焼却炉に直接投入する。輸送用重機到着まで室外で待機せよ」
二体が出て、扉が閉まる。
連中の上に灯っている照明の真上にいた関係からか、こちらに気づいた気配はない。
「ひでえな……」
角田さんが漏らし、それにクロが頷いた。
青少年の健全な育成に完全に不適切なそれが目の前で展開されているのだ。無理もない。
ただ、ここで固まっている訳にもいかない。
俺たちは敵の姿が無くなったのを確認して、エレベーターシャフトに巻き付くように設けられた階段を降りる。
まだ乾ききっていない夥しい血痕の中に足を踏み入れた瞬間から俺たちの役割は決まっていた。
本来の目的地である地下への扉を開錠しその先をクリアリングする角田さんとシロ。外の敵が入ってこないか扉を見張るクロ。
そして、今まさに対応199とやらを施された気の毒な捕虜を調べるのは俺――損な役回りだが、まあ仕方がない。躊躇している時間もない以上は手早く済ませてしまおう。
「……」
それでも一応――まず間違いなくこの男の宗教ではないだろうが――手を合わせてから首に手を当て、改めて全身を確認する。
コンバットシャツとズボンの上下だけ。その横の小さな作業台に先程の公社兵が奪ったのだろう腕に取り付けるホルダーに収められた俺たちのと似たようなデバイス。
それらのいずれにも国籍表示や部隊章、階級章の類が見られないことから恐らく当初の見立て通りの人物だったのだろう。
「……これは?」
デバイスに手を伸ばすと、意外なことにロックがかけられていない状態だった。
恐らく公社兵が解除したのだろうそれの中身を、規格が同じだったケーブルでポータブルメモリへ移し替える。
「下はクリア」
「トーマさん、外で音がします」
角田さんとクロ。
そういう時に限って機械の動きは遅く感じる。
「もう少し……」
俺の耳にも重機を動かしているのだろうエンジン音とガタガタ揺れる音が近づいてきている。
早く、早く、早く――苛立ちながらのんびり伸びていくゲージを睨みつける。
「トーマさん、まだですか……!」
クロの声にも焦りが見えている。
こういう時に限ってのろのろ動くのはこうした機械の宿命らしい。
――まあ、エラー起こして止まるよりはよっぽどましだ。
「……よし!」
「急げ。こっちだ!」
ようやく全ての移し替えが終わったメモリを手に、声を潜めたまま叫んだ角田さんの方へと駆け込む。
殿を務めたクロがそのすぐ後に続き、扉を閉めた時に背後から聞こえてきた感情のない声は、本当に危ない所だったと俺たちに教えてくれた。
背中に冷たい汗が走り抜ける。
思わず深くため息を吐く。
「……間一髪だったな」
そう言いながらも角田さんは緊張を切らさずポイントマンに立って階段を降りていく。
彼に続いたシロの背中を、鋭く息を吐きだしてから追いかける。
一度危ない状況を乗り越えた直後というのは意識が緩みやすい。勝って兜の緒を締めよとはまさにこのことだ。
地下一階は話に聞いていた通り燃料貯蔵庫が設けられていて、そこの搬入出用のエレベーターと、併せて使うのだろういくつかの器具が置かれている。
「アルファ1よりCP」
周囲に異常のない事を確かめてから、収穫を報告する。
「こちらCP」
「公社守備隊に拘束されていた、北共軍と思われる捕虜を発見しましたが、目の前で殺害されました。その人物の持っていた端末からデータをポータブルに移してあります」
「了解した。そのデータをこちらにも送信してくれ。解析して情報が手に入るかもしれない」
移し替えている際にちらりと見ただけだが、パスワードこそ解除されていたものの内容は暗号化されていてそのままでは読むことが出来なかった。
解析してもらって何か分かれば肝を冷やしただけの価値はあるだろう。
「了解。送信します」
その指示を実行。それから改めて周囲に目を向ける。
コンクリート打ちっぱなしの世界の中で数少ない例外=緑一色に塗られた扉が、目的地に向かうものだという事を、そこに記された『B1F南廊下』の文字が表していた。
これも情報が正確なら、この廊下の向こうが目指している灰コンベア室のはずだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




