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かの地へ3

 トンネルの中は埃っぽい空気が充満しているが、それでも有害なガスはなく、酸素濃度も十分だった。

 アーチ形の天井は低い所でも2mは確保されており、道幅も3mほどはある。

 かなり大きく、コンクリートの朽ち果てた様子もない所から、造られたのは最近だと思われる。


 「……ん」

 最近といっても一年や二年ではない。具体的に言えば、まだ東日本暫定自治区ではなく日本国であった時代。

 それを示す表示が、左手に設けられた封鎖された扉に記された表記で判明した。

 日本国防衛省と記載された何らかの標識の残骸が残っているその扉は、暗いこの地下道でもはっきりとわかるように黄色一色で塗られていて、ひしゃげて周囲に半ば埋まっている状態でも、本来なら奥に通じているのだろうというのが、数m手前からでも容易に分かった。


 防衛省の管轄という事は、やはり自衛隊が駐留していた時代のものなのだろうか。

 だとして一体ここは何があったのか。

 「……」

 まあ、楽しいものでない事はまず確かだ。

 扉が開かないことを確認して――そして自分のデバイスでも起動していたガス濃度検知が一切反応しない事も確認して――その扉=でかでかと貼り付けられたバイオハザードマークが残っているそれの前を通り過ぎる。触らぬ神に祟りなしだ。


 その扉から進む事数分で、先頭を行くシロが足を止め、左手をグーにして挙げる=「待て」の合図。

 その理由を示している天井から差し込む光の細い柱一本を囲むようにその周囲によけながら、頭上を警戒。問題がない事を確かめると俺たちを呼ぶ。


 「ここですね」

 恐らくマンホールになっているのだろう天井に伸びているタラップを指してそう告げる彼女。ここを登れば、工場の背後に出られるはずだ。

 「確認する」

 バトンタッチして俺がタラップを登る。

 10m程の高さまで上がってから、腕をタラップに絡ませて体を固定。その姿勢で腰の真後ろに纏めていたランヤード付きのフック二つを伸ばしてタラップに繋いで、ユーティリティーポーチからケーブルを一本取り出すと、僅かな光を差し込ませているマンホールのふたに空いている穴にそれを差し込んだ。

 ケーブル先端のカメラで周辺の状況を確認するが、異常はない。


 この蓋一枚の向こうには狙い通り工場を見下ろせる斜面があることを確かめてからCPを呼び出す。

 「アルファ1よりCP。予定していたトンネル出口に到着しました。周囲に敵影なしオーバー」

 「了解したアルファ1。少し待て……」

 その返事から数秒後、沈黙を破ったのは再びビショップさんだった。

 「アルファ、外に出るのは5秒後だ。5……4……3……2……1……今」

 「了解。出ます」

 それに従って蓋を押し上げ、フック二つを外して外へ。

 久しぶりに感じた外の空気は中と大して変わらず、12月にも関わらずむわっとしている。

 「CPよりアルファ、現在監視衛星がそちらから外れている。公社の乗っ取った衛星は一機ではないだろうが、少なくとも最大限そちらへの監視が行かない時間が今から3分ある。その間にメンテナンス通路へ入ってくれ」


 「アルファ了解。アウト」

 その受け答えの間にクロが穴から顔を出し、角田さんとシロがそれに続く。

 「あれがメンテナンス通路ですね」

 全員今の通信は聞こえている。クロが指さした工場の建物を囲む道路の上を横断しているその通路は、この斜面を降りて行けば簡単にその上に乗れそうだ。

 「よし、行こう」

 3分以内に到達するには十分に余裕がある距離。

 俺たちは岩がむき出しの斜面を可能な限りのスピードで駆け下りる。

 山肌に沿って立っている煙突に続いているそれの屋根は、渡り廊下になっている部分の根元で斜面と一体化していた。

 そこを利用して上に降りる。金属製と思われるその部分は、所々白い塗装が剥げていくらか錆が浮かんでいるものの、人間四人が少し上を歩くのには十分な強度を保っていた。


 「時間は?」

 「まだ2分ある」

 やり取りしながら屋根の上を走る。大きな足場とはいえここは道路上にかかる道。背後の煙突は、山肌と比べれば小さく見えるとはいえここより数十メートル高いし、正面の工場だって地上三階建てで、屋上はここを見下ろせる。

 そして何より下を通っている直線の道路上で見上げれば怪しげな集団がうろついていることなど一目瞭然だ。


 「よし、見つけた」

 その怪しげな集団の先頭=クロが真ん中よりやや手前で足を止めて屈みこむ。

 彼女のすぐ前に取り付けられた、黄色と黒の縞になったハンドル。

 大方過去にこれに躓いた奴がいたのだろうそれを掴み、そして施錠されている事を確認すると、クロが取り出したのは角田さんが先程使ったのと同じプラズマカッター。

 しかし時間はさっきよりも短かった。扉の隙間から施錠部分を溶断するだけで済んだのがその理由だ。


 抵抗がなくなったハッチに作った穴から下を覗き、直下の足場を確認するクロ。

 「待って。公社兵がいる」

 潜めた声でそう告げ、それから数秒俺たちはそこで固まった。

 「まだ……」

 小さく呟いた彼女が見たのは、巡回中の公社兵=J1614型。

 カッターを使用した瞬間を見られていないか少し不安になるところだが、もしそうならもっと騒ぎになっているはずだと自らを納得させる。


 「よし……」

 指を折ってカウントしていたクロがハッチを引き開け、下の通路を覗き込んで確認。

 タラップを滑って下に降りると、工場側を警戒する。

 それに角田さんが続いて、今度は煙突側を警戒。

 俺とシロが降りると、そのまま今度は彼がポイントマンになって移動開始。

 無数のパイプの走る中に設けられた宙づりのキャットウォークを一列になって進む。大した高さではないが高所恐怖症なら下を見ない方がいいぐらいの場所だ。


 角田さんとシロが動き出したのを確認して、後方警戒中のクロの肩に手をポンと置き、それから二人の後に続く。

 俺のすぐ後ろを、後方を警戒したまま後ずさりするようにクロが進む。

 幸い、衛星の切れ目の時間は余裕でクリアできた。順調に行けばここから先はほぼずっと屋根の下、或いは地面の下だ。気にすることは無い。


 「……ッ!待て!」

 その屋根の下のキャットウォークの出口に差し掛かった角田さんが唐突に左手をグーにして挙げる。

 理由は俺たち全員が分かった。

 静かな中に僅かながらに漏れる声。と何かを殴るような音。

 それは今向かっている煙突の下の方から聞こえてきていた。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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