かの地へ2
「既にオートクルーズは設定されている。後は諸君らがこれに詰め込まれれば、硫黄島まで勝手に送り届けてくれる」
そのポッドを見下ろしながらビショップさん。
侵入方法まで確認すれば、残るのは人間の準備だ。
「本作戦中、潜入チームはコールサインアルファを使用。潜入後、奥園の確保成功の連絡後、回収に向かう。質問は」
誰もが沈黙を守る。
「よし、では全員時計合わせ、0537時。3……2……1……今」
言われた時刻に設定。そろそろ日の出から完全な朝に切り替わる頃だ。
俺たちは再度装備を整え、それからヴァンパイアの中へ。
潜水ポッドが置かれた船底にはレールが敷かれ、ヴァンパイアはその上に並べられている。
そのレールの先=船尾は観音開きになっていて、レール上のものをそのまま外に滑り出させる仕様だ。
全員が乗り込み、内部のコンソールを起動。命を預ける自機のセルフチェックを終える。
酸素量も十分。外から完全に遮断された闇の中で青いスクリーンが外部カメラに切り替わって船内を映している――と言っても船底の周囲だけだが。
「アルファ6用意よし」
「アルファ2用意よし」
角田さんとクロの声がそれぞれ聞こえ、それから俺も準備を終えた事を外へ伝える。
「アルファ1用意よし」
「アルファ5用意よし」
俺の声にシロのそれが続き、潜入チーム全員が準備完了。
番号に抜けを用意しているのはそのポジションに人がいないからではなく、“欠員”が出た場合でも敵に存在しないアルファ3と4を捜索させることで生存者の生還の可能性を少しでも向上させるためだ。
「……」
つまり、誰かが犠牲になることも織り込み済みの作戦という事。
まあ、そんなもの初めて銃弾が頭を掠めた時から覚悟の上――と言えば格好いいだろうが、実際はそんな覚悟はない。
ただ、誰か死ぬかもしれないという事実を、妙に納得して受け入れている己がいる。
マキナのためなのか、或いは俺自身のためなのか――これまで何度も繰り返したその自問自答は、今回も分からないまま頭はもっと差し迫った事実の対応に追われている。
即ち、この狭い箱の中に詰められたまま海の中を漂うというあの言いようのない感覚に耐えるという事に。
「アルファチーム、発進」
観音開きが開かれ、足を向けていたそちらに向かってヴァンパイアが滑り出していく。
カメラの映像は一瞬で泡立つ水面に変わり、それからすぐに箱の中の環境と自身のバイタル表示に切り替わった。
いくら朝日が昇っているとはいえ、この潜水ポッドが進む深度ではどの道ほんのり明るいぐらいで景色も何もない。
どこまで続いているのか分からない暗い海の中を延々と眺め続けるよりも、酸素の残量や箱の中の気温にでも注目していた方がまだましだろう。
視覚がそれに限定され、聴覚も単純な電子音だけに限定されていく。
「……」
自分の鼓動や呼吸すら聞こえてきそうな真っ暗な箱の中。前にも同じことを考えたかもしれないが、顔の前にあるモニターは唯一の救いだ。これとマキナがなければ多分到着前に発狂している。
そう考えると潜水潜入の訓練を受けていない者でも水際の侵入が可能になる装備ではあるのだが、だからと言って誰でも使える代物でもない。少なくとも閉所恐怖症ではダメだ。
「……」
静かに、自分の体の感覚さえなくなっていくような真っ暗な箱の中で、波に揺られながら、少しずつ減っていく酸素残量を確認する――今は落ち着いて見ていられるが、これもこれで往復できるだけの余裕が設定されていると分かっていなければひたすらに不安をあおる要素だ。
「ッ!」
その静止しているような世界に突然飛び込んできた変化は、思わず固定されている体がびくりと跳ねそうになるほどのショックだった。
甲高いアラートがモニターの発する電子音と同時に発せられる。
一定の、しかしモニターのそれより速いペースでのアラートと、モニターの右側にその音にシンクロして点滅する赤いライン。
それは、機雷を探知したことを意味している。
「……ッ!」
アラートのペースが速くなる。
赤いラインの点滅も速くなる。
落ち着け。大丈夫だ。セッティングは完了しているし、機雷に対しての偽装も施されている。
そう言い聞かせる間にもアラートはさらにペースを上げ、最早全ての音が繋がって一つの長い音になりそうだ。
――もし触雷したら?
大丈夫だ。そもそも対機雷装備も施されているし、それらは万全に機能している。
――それでも万が一が起きたら?
気にすることは無い。それに気づく前に一瞬で即死だ。
痛みを感じる時間はないし、恐怖だっておなじ。つまり今感じているのが恐怖のピークだ。これ以上はない。
ここが山の頂上。後は降りていくだけ――それがどういう形であれ。
「……」
アラートはまだ続いている。
一秒が一分に感じる世界で鳴り響くその警報に全身をこわばらせて、一体どれぐらいの時間が経ったのか。
音感もなければ、対して敏感でもない俺の耳でも分かるぐらいにアラートのペースが落ち始めた時、その全盛を過ぎたアラートをかき消すぐらい大きく息をついた。
アラートが消える。赤いラインも消える。
生温い南の海に温められた箱の中で、ぐっしょりと汗をかいた俺の体だけは凍ったように冷たい。
その歓迎を受けた後、徐々に深度が上がっていくのが分かり、そして久しぶりに起動したカメラには朝日を受けてキラキラ輝く海面が見えていた。
「よし、着いた……」
敵地に到着するのがこんなに安心することだとは思わなかった。
やがて背中で音。それと同時にがりがりと硬いものがこすれる音。
モニターが消えて天板のロックが解除される。
その天板のラックに固定していた己のライフルを掴んで体を起こす。
その名の通り眠りから目覚めたヴァンパイアのように、俺たちは箱から飛び出して目の前の鉄格子で封鎖されたトンネルの口の左右に張り付いた。
「……発狂する前に出られてよかった」
「同感です」
角田さんの言葉にうなずく。
「そうですか?私は結構落ち着けて好きですけど」
とはシロの弁。
暗くて狭い所が好きという人間はいるが、これもその一パターンだろうか。クロも俺たち同様に驚きの表情を浮かべているところを見るにここでは少数派だが。
まあとにかく無事に上陸できたのだ。ここからが本番だ。
「アルファ6よりCP。摺鉢山へ到着。これより指定されたトンネルへ潜入を開始するオーバー」
「CP了解。こちらでも確認した。健闘を祈るアウト」
通信終了。
同時に角田さんが自身のポーチから折りたたまれたプラズマカッターを取り出す。
レジについているハンディーのようなそれでも性能は十分だ。現に、押し当ててゆっくりと動かすだけで俺の人差し指より太い金属製の格子が音もたてずに切断されていく。
大人が十分に通れる大きさの円を描くと、カッターを仕舞って手をかける角田さん。
後ろに倒れるように力を加えると、ほとんど抵抗もなく円形に切り取られた格子が外れた。
彼の横を通り抜け、暗視装置を既に起動していたシロが先頭に立つ。
デバイスのガス濃度検知機能を起動するのも忘れない――体と一緒にしか運用できないため、この状況でのポイントマンは炭鉱のカナリアと同義だ。
「ポイントマンに立ちます」
それは本人も分かっているのだろう。一切躊躇する様子はない。
――そもそもポイントマンの役割の一つはまさしく炭鉱のカナリアだ。敵が潜んでいた場合、彼女に反応して一発でも撃てば、後続する俺たちがそれに撃ち返すなりなんなり対処するのだから。
「了解」
その後に俺が続き、更にクロ。
角田さんが後方を警戒しつつ殿を務める。
暗視装置の中の真っ暗なトンネルに、俺たちは滑るように吸い込まれていった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




