18話 泥酔中のささやかな嘘
後部座席で揺れながら目的地へと着くのをぼんやりと待っていた。
意識は朦朧とし、酒が抜けきれていない今、一体仕事など真っ当にできるのだろうか、と不安を覚える場面であるはずが逆にハイになった月島は不安どころかどんなこともできるような錯覚にさえ陥っていた。
「運転手さん、ここで下ろして」
「は、はい。 では、料金はこれになります」
デジタルで表示された料金メーターを示唆して、運転手は少しニヤついているようだった。
酔いの回っている月島には もはやその料金メーターがあまりに高い表示だということに気づける余裕もなく、顔を赤らめて財布からお金を取り出す。
「いや〜、歌舞伎町からここまでは意外に近いように見えて遠いですからねぇ。お客さん、ちゃんと料金払ってもらえるんでしょうね? 」
「ん? 今、運転手さん、何て言った〜?」
「え? いや、払ってもらえばそれでいいんですよ。 ほんと、気を悪くされたなら謝ります」
「いいえ、わたしは別に気を悪くなんてしてませんよ〜」
「なら、いいのですが...」
「いや、わたしが気になったのは運転手さんがついた嘘なんですよ〜」
「嘘!? どう言うことです? 」
「あなたがわざと遠回りしたという事実が露見しただけですから、ご心配なさらず〜」
ーーー俺が嘘をついた? だと。このべろんべろんに酔った女はついぞ料金を払おうと財布に手をかける所までいったと言うのに。
ーーー急に「嘘」がどうのこうのと言い出しやがった。意味がわからん。
ーーーただ俺のぼったくりに気づいた、そう言えばいいのに。なぜそんな回りくどい言い方をするのか。
「そういうのはいいですから。 とにかく、料金を支払ってくださいよ」
「ああ、もしかして、まだ気づいてないんですか? 」
「おい、ふざけているのか? さっさと払えって言ってんだ!警察呼ぶぞ? 」
「おお、怖い、怖い。そんな脅したって無駄ですよ! ちなみに、わたし、その警察とかいう方々の関係者なんですよ〜」
運転手は「嘘」と「警察の関係者」。この二つからようやくある事実に辿り着くことができた。
すなわち、この女は「トゥルアー」。
なら、話は別だ。
「そうですか。 なら、今回の代金は無しと言うことでいいですよ」
運転手は手のひらを返したように、突然態度を改めた。もちろん、金のためだ。
「え〜! 本当ですか!? でしたら、お言葉に甘えさせてもらいますね」
月島はふらつく体で車内の扉をグッと開き、片足を路上に落とした。
「しかし、1つ条件があります」
「なんですか? 」
「俺を密告者にさせてください」
どうやらこの運転手、ようやくわたしのことに気づいたらしい。しかし、浅はかなのはどうして「トゥルアー」であるわたしがお前に正体を今明かしてやったのか、と言うことだ。
無論、他人に「トゥルアー」が正体を名乗るはずもない。あのニュースがあってはなおさらだ。
ーーーもうわたしの密告者と言う席には先客がいるのよ。ごめんなさいね。だから、わたしは平気でカミングアウトすることにしているの。
ーーーもっと前にわたしに会ってれば、その席に座れたかもね、ふふっ。
そして、月島はいたずらっぽい顔を浮かべて、運転手に小さく囁いた。
「もう間に合ってます」
そうして、タクシーから降りた月島はまだ酔いが冷めないのか、鼻歌を歌いながらあっという間に消えていった。
運転手は右手でハンドルを強く握りしめて、本当に警察を読んでやろうと思案している最中に、前方のミラーに映る後部座席の上にあるものを見て思った。
「おいおい、まじかよ。 お言葉に甘えるっていってたのによ」




