16話 傀儡子の誤作動
ーーこの女っ!?。
有栖川に対して問いた質問にまさか答えるとは。
全く、思いもしなかった。
だが、それは今となってはもう「嘘」と知れたこと。
ーーーつまり、有栖川=トゥルアーではない。
この結論にたどり着くためにわざわざ仕掛けを打って来たのだ。普通ならここでゲームセット。彼らは「億」という大金を逃し、更に言えば独房いき確定という未来を背負うことが必至となる。
だから、月島はこの時点で言ってしまったのだ。
「…..そうですか、ではお疲れ様でした」と。
そして、それを聞いた女はまだ私がトゥルアーであると気づいていないのか、1億円がもらえると喜び、有栖川の肩をポンポンと叩き、グーと親指を立てる。
まったく、お花畑もいいところだ。この女に現実を教えるのが少し気が引けたがルールはルールだ。
ーーーバタン。
取調室が音を立てて開き、そこには最初の取調官である山本が立っていた。
「で、どうなんだ? 月島」
「はい、彼女は真っ赤な嘘をついています。すぐに送ってしまって大丈夫です」
「そうか、ご苦労様」
そのやりとりを聞いて、青ざめるだろうと踏んでいた彼女の様子にチラリと視線を戻すと、そこにはもうさっきまでのバカっぽい発言を繰り返していた彼女はいなかった。
ーーーーっ!?
代わりにいたのは「目を細めて薄ら笑いを浮かべた女」
ーーー誰だ!? もはやそこにいたのはまるで別人の女だった。
自分の予想していた表情とは対極に位置するソレは、有栖川を含めたその場の人間全員に薄ら寒い何かを感じさせるほどで、誰もが口を開けずにいた。
「何が嘘なんです? 月島さん。私たちはトゥルアーと密告者としてちゃんとこちらに足を運んでいるんですよ。そうよね、コースケ?」
同意の意を持ちかけられた有栖川だったがまるで別人となった彼女の冷たい口調にすぐには反応できず、口を震わせるだけだった。
「そ、う、よ、ね? コースケ?」
もう一度問われた有栖川は殺気立っている彼女に黙っていてはまずいと恐る恐る閉ざしていた口を開き、心臓を萎縮させながら答えた。
「あ、ああ。その通りだ。月島さん、あんたトゥルアーなんだろ? だったら、嘘かどうか、わ、わかるんじゃないのか?」
巨躯な体をもつ有栖川でさえ震え上がらせるその場の雰囲気に、二人の取調官は飲まれかけていた。
月島は左胸を抑えるほどに胸が苦しく、息苦しさすら感じた。
なぜだ。
ーーなぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ....。
言葉を失う。
ーーどうして彼女の発言に「嘘」がないのだ。
ようやくたどり着いた「真実」が崩壊し、吐き気が込み上げてくる。
「ありえない」
月島の声が陰気な部屋を静かに響かせる。
真実が真実でなくなって、気持ちが悪い。
なぜこんなことが起きているのか、理解が追いつかない。まるでカラスの色が黒であるという事実を知ったあとで、白いカラスに出会ってしまったかのような、そんな気持ちの悪さだ。
とにかく頭がグチャグチャで脳内が掻き乱される。
「ねぇ、ねぇ、どうしたの? もしかして、私たちを犯罪者扱いして独房にでも送るつもりだった、のかな?」
確かに有栖川に対して行なった「あなたはトゥルアーですか?」という問いへの答えは「嘘」だった。たとえ、質問の回答者が変わったとしても、質問の対象者は変わらないはず。
ーーー落ち着け、冷静になるのよ。
平常心を取り戻す。そのために、月島は左手を額に当てた。その瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックする。ただの高校生である九条謡にしてやられた時のあの瞬間を。
ーーー心臓が痛い。それでも、本当の真実を見つけるしかない。こんな短期間にこんな何度も追い込まれるなんてね、私も落ちたものだ。だが、この私が負けるはずない。「自惚れ」と言う名のドーピングを投与することでどんな危機も乗り越えてきた。
ーーーしかも今回に関しては別に危機と言うほどのものではない。冷静さが重要だ。だから、冷静さを取り戻す。
「1億円、ちゃんともらえるのよね? ねぇ? 聞いてんの?」
「......ええ、そうね。密告者とトゥルアーは1億円ずつもらえるわよ。でも、トゥルアーはしっかり働いてもらうことにはなるわよ.......!?」
その刹那、月島の脳内に稲妻が走ったような鋭い感覚を感じた。
ーーーなるほど、そういうことね。
だから、「私たちはトゥルアーと密告者としてちゃんとこちらに足を運んでいるんですよ」
ーーーこの発言が嘘ではなかったのか。
「失礼。ところであなた、働くのは好きな方かしら??」
「はぁ? 何を言い出すかと思えば.....!?」
その言葉をいい終えて、彼女は先ほどの攻勢的な姿勢を崩し、突然言い淀む。
ーーーやっぱりね。最初から有栖川を差し出すつもりだったのね、ほんと狡猾だわ、この女。
「おい、どうなってる? 訳がわからない」
山本はげんなりした様子で扉に手をつき、寄りかかっている。
「小早川 優。あなたがトゥルアーなのよね?」
問いかけられた女、小早川は両手をあげ降参のジェスチャーをした。
「あーあ、バレちゃしょうがないわね」
「あなたはトゥルアーと言う立場で自首することに危険を感じた。だから、そこの有栖川と手を組んでトゥルアーと密告者の立場をお互い『入れ替えて』来た。確かに密告者として成立すれば1億円をもらえ、かつトゥルアーでないあなただけは仕事をやらされることもない。まさに怠惰な生活を送るには完璧な計画だった訳ね」
今までの行動や発言から推察できたことをこの場で明かした月島は心のうちでホッとする。
「いや〜、まさか本物のトゥルアーが目の前に出てくるとは予想外だったわ。コースケがあんたの質問にだんまりだったから、仕方なくあたしが答えることにしたけどやっぱりそれが敗因になったかなー」
「で、俺たち一体どうなるんだよ?」
後半から口を噤んでいた有栖川は心配そうに尋ねる。
それに答えたのは同じように何が起きているのかわからないでいた山本。
「君たちは我々に嘘をついた。しかし、結局のところ、トゥルアーがいた訳だし今回の件は不問にしよう」
「じゃ、じゃあ、1億円はどうなるんだ?」
「まあ、法律に従って1億円を支払うことになるだろう。ただし....」
「ただし?」
「密告者である有栖川 浩介、お前だけだ。渡せるのは」
「な!? なんで、俺だけなんだよ」
「やっぱりね。そんなことだと思ったわ」
小早川はポツリと言った。
法律によれば、密告者とトゥルアーには両方に1億円が支払われる。しかし、このあとトゥルアーである小早川にはゲームの招待状が渡されることになる。
そう、あの最悪のデスゲームの切符が。
山本は少し辛そうな表情で言いわたす。
「悪いが小早川。お前にはーー」
それを聞いた小早川は目を丸くし、静かに俯いた。
こんなことを言われて、黙っていられるわけもないが小早川は何も言おうとはしなかった。
恐らくある程度は予想していたのだろう。だから、こんな無茶な計画を立てたのだ。
そして、次々と警察官が狭い部屋に入り込み、小早川は拘束された。




