#Ex X日目・私服お茶会
「あの時は、ほんっとうにすみませんでしたッ!」
喫茶店。僕は目の前の少し大柄な少女——にしか見えない少年に、頭を下げていた。
「顔を上げてよ、『いおりん』さん。僕らの仲でしょ?」
「いやどんな仲よ、ヴィヴァレ——翠」
「お姉は黙ってて。……こほん。改めて、お互いに自己紹介をしようか」
柔和に微笑む彼——素の姿の魔法少女に、僕は唾を呑んだ。
——あれから、僕の生活はまあまあ劇的に変わった。
撮影会の翌日、学校に向かうと、一斉に女子たちに囲まれた。どうやらコスプレがバレたらしい。れん共々、美容とかそういうことを口々に聞かれた。わかんないよ!
……北村くんが申し訳なさそうに目をそらしていた。あとから聞いた話、僕のコスプレ写真を流したのは彼だったらしい。
「ごめん……マジごめん……ほんまごめん……。撮った写真がクラウド経由でばらまかれてもうただけなんや……」
弁解したら逆に墓穴を掘ったらしい。グループラインででその一部始終を見たれんがブチギレて全部消させたらしいが、その頃には後の祭りだったのだとか。
聞くところによると、僕を追っかけてあの撮影会に乗り込んでいたという。……すごく嬉しくて、すごく恥ずかしかった。いや、嬉しいっちゃ嬉しいんだけど!
色々悩んだ挙句、「……その、今度一緒に出かけてくれる? ……ケーキ、食べたいんだ」と誘ってみた。涙を流して了承された。……ケーキ一皿奢らせるとか、罰としては重すぎたかなぁ。
ツイッターでは僕の写真が大バズリ。写真を上げたれんのアカウントは一気にフォロワーが増え、通知が鳴り止まないと嬉しそうな悲鳴が上がっていた。
……僕も個人のアカウント作って、自撮り写真上げてみようかなぁ。まあそううまくいくわけもないけど。
というノリで上げてみた自撮りは瞬く間に百いいねを突破した。もうすぐ千を越えそうだ。キモいリプライがたくさんついたので、次の投稿からはリプ制限をかけることをかたく決意した。おじさんの性器はもう見たくない。
で、事は三日前に遡る。
そのツイッターのアカウントに、一件のダイレクトメールが届いた。
《やあ、お久しぶりだね。やっと見つけた》
魔法少女メメントヴィヴァレの公式アカウントだった。
《突然で悪いけど、今度オフ会とかどう? 一度、君とはじっくり話してみたくて》
二つ返事で了承した。
《え、いいの?》
はい。よろしくお願いします。
という経緯で、僕らはいまここにいる。
「あ、どうも……双子の妹がすみません……」
僕のとなりに座るれんは、ぺこぺこ頭を下げている。……いつの間にか兄妹が逆転してるのはもう気にしないことにしよう。
「いいの。それより、自己紹介しましょうか」
……メメントモリであろう小柄なお姉さんは、少し大人びて冷静な、まさしく年上のお姉さんといった雰囲気を漂わせながら告げた。
「私は生田 真紅。大学に通いつつ、魔法少女で生計を立ててるわ」
「すごいパワーワードだ」
「ありがとう。隣のはよく出来た弟の翠よ」
僕のしれっとしたツッコミも意に介さず、メメントモリ——真紅さんは笑う。
「……てか、妹さんじゃなかったんですね」
れんのつぶやきに、メメントヴィヴァレ——翠さんは軽く笑った。
「あはは……よく言われる。これでも一応男だよ?」
そう言って彼は、着ているブラウスの首元をちらっとはだけようとした。
「やめてくださいよ、翠さん。その……はしたないです」
「そんなに固くならなくてもいいのに。……えーっと、いおりんさんって呼べばいいかな」
「……恥ずかしいから本名でお願いします」
「はじめまして、降谷 伊織です。隣は、双子の妹の蓮」
「妹はそっちでしょ、いお兄!」
「そこは保留にしよう? 双子だから変わらないし」
口喧嘩みたいなやり取りを、翠さんは微笑ましく見て。
「えーっと、きょうだい仲いいんだね」
「んまあ、高校でも同じクラスですし」
「……へ」
固まった。
三秒、僕を見つめて。
「あ、マジだ」
少し低めの——おそらく素で出た地声なのだろう声で呟いた。
真紅さんは小さくため息をついて、頬杖をついて、そばに置かれたオレンジジュースのストローを吸う。
「気にしないでやって頂戴。たぶん年上だとは思ってなかった感じだから」
「え、年上って……」
「そう。こいつまだ中坊。今年受験」
「言わないでよ、お姉」
唇を尖らす翠さん——翠くんに魔法少女の時のような大人びた感じは見えず、かわりに中学生の……ほぼ同年代の等身大の少年のような、親近感を感じられた。
「それでなんだけど……いおりさんってすごく可愛いけど、本当に男なの?」
翠くんの言葉に「きみがそれ言う……?」と軽く引きつつも、僕はブラウスの襟を軽くただした。
「えと……そこが結構複雑で」
へらっと笑って膝に手を置く。……やっぱひらひらしたスカートの裾が手にあたって、ちょっとだけ違和感。
頬が少し熱くなる僕に、翠くんは目線を合わせて。
「あー……そういうこと」
苦笑した。
……いま何をされたんだろう。疑問に頭を巡らせる前に、真紅さんが口を開く。
「この子、心を読む力があるって話したわよね?」
「そうかな……そうかも」
「ええ。人体の神秘とか、神様からの贈り物とか、そういうたぐいの不思議な力よ。いろいろな呼び方がされてるんだけど、私は『アルカナ』って呼んでる」
「お姉は大学でそういうのの研究をしてるんだ。……で、これやっぱそういうことだよ」
「そうね。——話、聞かせてくれる?」
かくかくしかじか。
「なるほど……着た服によって肉体が左右されるのね」
「そうなんですよね……。しかも、その条件はたぶんいおりん自身の認識によって左右されるみたいで、さらに何らかの条件でその姿が定着することもあるみたいで……」
「そこまでわかってるのね。ちなみに条件を調べたのは蓮ちゃんってことでいいのかしら?」
「あ、はい」
「筋いいわね。高校卒業したらうちの研究室来ない? 歓迎するわよ?」
「えと……考えておきますね」
気が早くない? 僕たちはまだ高一だよ?
れんと真紅さんの会話を横目に見つつ、僕はアイスコーヒーをすする。
「ということは、いおりさんっていま女の子の身体なのかな」
翠くんの一言に、僕はむせこんだ。
……たしかにいま女の子だけど!
フリルのついた水色のミニスカートに、白というかアイボリーっぽい色のブラウス。栗色の髪をツインテールにさせられて、ちょっと違和感。……胸の膨らみとブラジャーの締め付けが「いま僕は女の子なんだ」という実感を強く持たせてきて。
「その……恥ずかしいんだけど」
「わかった。ごめんね」
「うぅ……」
優しさが逆に痛いことってあるんだ。
涙目になりつつも、僕はコーヒーをすすって。
「にがっ」
舌がひりっとして、思わず顔をしかめる。あれ、さっきは苦いとか思わなかったんだけどな。
「……もしかして、現在進行系で変化してる?」
「そうかもしれないですね……」
女性陣の視線に、僕はうつむいた。
「いおりさんって可愛いね、やっぱり」
翠くんが僕に微笑んだ。
「……えと、翠くんこそ」
照れ隠し。いや、男だと思えないような可愛さをしてるのは本当だけど。実際めちゃくちゃ可愛い服着てるし、髪も長いし、肌つやつやだし、胸もあるように見えるし……総じて一見ふつうのめっちゃ可愛い女の子だし。
そんな言葉に、彼は「ふふっ」と笑う。
「胸は作り物だよ?」
「あ、そう……」
「褒められるのは素直に嬉しいものだよ。ありがと、いおりさん」
眩しい微笑みに、思わず目を細めた。良い子すぎる……!
「で、本題なんだけど」
「今まで本題じゃなかったの?」
僕のツッコミに彼はきょとんとして「そうだけど」と言い放った。いい子だけどちょっと天然だ!
多分そんな思考を読んだうえでスルーしているのであろう翠くんは、ニコッと笑って僕にこんな提案をした。
「今度、コラボ配信とかしてみない?」
「へ……えっ」
突拍子もないそんな言葉に、僕は変な声を出して固まる。
インフルエンサーとかそんなに詳しくない僕でも、いまサラッと言われたそれが結構価値のある稀有なことであろうことは容易に察せてしまう。ましてやその価値を知っているはずのれんは——。
「え、あ……あぐあ、うそ……え……」
すごい困惑の仕方をしていた。何も言えなくなってるじゃん。
目を見合わせて、それから二人の魔法少女の方を見る僕ら。翠くんは照れていて、真紅さんは軽くため息を吐いてから。
「二人で話し合って決めてたことなのよ。発案は翠だけど」
「うん。……もっと一緒にお話したいなって」
「それに例の撮影会での一件で話題性的にもいまが絶好の機会だし」
「お姉。ツンデレも大概にしよ? お姉だって、二人と話すの楽しみに——」
「人の秘密は探るものじゃないって言ってたのはどこのどいつだったかしら……?」
「タイミングもだいじだよ?」
「それはそうだけども……」
コントみたいなやり取りに緊張を抜かれつつ。
「で、どうする、お姉さんがた」
翠くんが、いたずらに目を細めて尋ねた。
……流石に呆気にとられちゃったけど、迷う余地なんてなかった。
「やります」
僕の言葉に、隣でれんも頷いて。
「よろしく」
微笑んで手を差し出した彼。その手を握って、僕も口元を緩めた。
——後日の配信はそれはもう大盛況で、切り抜きは凄まじい再生数を記録し、それがきっかけで僕らはいよいよ本格的に大人気コスプレインフルエンサーとしての地位を確かなものにしていってしまったのだが——それはまた、別の話。
Fin.
本作はこれにて完結となります。ここまでお読みくださりありがとうございました。
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