#4-2 五日目・魔法少女風ロリィタセットアップ ②
「モリ。そんなツンケンした態度取るのは良くないよ?」
「ふんっ。ヴィヴァレが優しすぎんのよ」
「ああ、嫌わないであげてね。……内心すっごく嬉しがってるから」
「ちょ、バラすなっ! 妹のくせにーっ!」
小柄で血のようなゴスロリのよく似合う少女、メメントモリ。それと比べると少し背が高くて、おっとりとした感じが甘いロリィタとよく合っているメメントヴィヴァレ。
コントのような微笑ましいやり取りに、少し心が緩む。
同時に、手が震えている自分に気づいた。
あれ、なんで……。
呼吸を整えつつ、僕は魔法少女たちを見る。
「改めて、ごきげんよう。もうひとりの私たち」
優雅に挨拶する二人。僕は、そして隣のれんも、ワンテンポ遅れて同じ動きを真似する。
「どどどうも、本日はお日柄もよく——」
「あはは、そんなに緊張する必要はないよ。見たところ年齢も近そうだし。……あと、同性だしね」
同性、というのを押し出されて、冷や汗が背中を伝う。
「そ、そうですね……あは、あはは……」
「でも、ヘンね」
メメントモリが、空気も読まずに切り出した。
「緊張しすぎよ、この子たち。もしかしてなにかを隠してるんじゃ——」
「モリ。……人の秘密は探るものじゃない」
「どうせヴィヴァレにはわかってんでしょ? 考えてることを読み取る力があれば——」
「ちょっと静かにしよっか、お姉」
メメントヴィヴァレの額に、一瞬青筋がたったのが見え。
「キャラ崩れてるわよ?」
「……あは、いけない」
すぐに深呼吸をして笑顔を作り直す彼女に、僕の胸はズキンと痛んだ。
「その、力って……」
理解しかけたことが間違っていることを確認するように口にした疑問に、ヴィヴァレは口を閉じて静かに笑い——。
「ふふん! ヴィヴァレにはね、人の心を読む力があるの!」
メメントモリが堂々と口にした。
「お姉」
「この子が秘密を探って、あたしが実力行使! 力を合わせて人助け! 知らなかった?」
「静かにして?」
「いまさら隠すことでもないでしょ?」
「それは、そうだけど……タイミングが、最悪だ」
鋭い目付きで姉をしかりつける妹。それを横目に、僕は目を見開く。
——バレてたんだ。僕が、本当は変態の男だってこと。
恐怖が喉元を突き刺す。
笑われる。バカにされる。あるいは引かれる。気持ち悪いと侮蔑される。
トラウマが、脳内を駆け巡る。
——女の子みたいで、キモい。
そう言われたあの日を思い出した。
小学校で、女の子の会話にひっそり耳を傾けていた。可愛い服や小物について話してるのを見て、一度、決心した。
必死にためたお小遣いで、筆箱を買った。ピンクで、毎週見てた女児アニメのイラストが全面に描かれたものだった。
小学校生活も折り返しに差し掛かっていた時期。年齢に比べて幼いその意匠は、しかしそれ相応に幼い僕の願望を満たすには十分だった。はずだった。
学校に持っていった筆箱。それを見られ、日常会話の延長線で、自慢しようとした。
けど。
「いおりくん。——女の子みたいで、キモい」
固まって、それからなにも言えなくなって、涙が出て。
誰が言ったかは覚えていない。その日何をやったかは覚えていない。なんなら、いまのいままでその言葉すら忘れていた。
けど、その呪いはずっと喉元に突き刺さったまま、離れていなかった。
筆箱は捨てた。好きだった女児アニメもその日を境に見なくなった。見た目にも気を遣わなくなって、次第に誰とも話さなくなった。
よくある話。夢を見なくなっただけのこと。——けれど、誰にも許されるはずのないその願望は、密かに膨れ上がっていて。
気がつけば僕は、こんな変態になっていた。
「はぁっ……はぁっ」
呼吸が徐々に浅くなる。
「いおりん!? 大丈夫っ!?」
れんの呼びかけに、しかし応答できない。
ああ、大丈夫。発作のようなものだから。でも。
——笑われる。バカにされる。あるいは引かれる。気持ち悪いと侮蔑される。
「キモい」「キモい」「キモい」「キモい」「キモい」「キモい」「キモい」
脳内をかけ巡る声を、必死に否定しようとして。
でも、できなくて。
泣いたらメイクが崩れてしまう。けど、こぼれてしまいそうで。
上を向いた。涙をこぼさないように。
そのときだった。
「ごめんね。——姉が、辛いことを思い出させてしまったみたいで」
頬を、そっと温かい手が包んだ。その頬に、つうっと雫が伝った。
「君は美しくて、可愛らしい。紛れもない、事実として。ここにいる誰もが認めることだろう」
薄く微笑み僕を見つめる彼女。その瞳には、慈愛のようなものが見える。
「秘密は、明かさないからこそ秘密たりえる。……隠すことは悪いことではない。
けれど、その秘密に苦しめられる必要はない。
話してもいいし、心に秘めてもいい。けど、その秘め事を自分ですら否定するのは……とても辛いことだ。……私は、わかっているつもりだよ」
とめどなく溢れ出す涙を、彼女はその細くしなやかな手で拭った。
「だから——少なくとも私は、どんな君でも否定しないと誓おう」
泣きながら、僕はしゃくり上げて。
「僕は……ぼくはっ」
そのまま、叫ぶように、告白した。
「ぼくは……おとこ、ですっ。……女の子の服をきて、女の子になって……それでよろこぶ、へんたいなんです……っ」
涙。告白。会場は、いよいよ静まり返った。
ああ、言ってしまった。僕は終わりだ。
絶望のようなものが脳内を占め——。
ひとつの拍手に、耳を疑った。
ぱらぱらとしたそれはひとつまたひとつと増えていって。
拍手の雨。優しく降りしきる中、魔法少女は僕をそっと抱きしめた。
「大丈夫。……君は、可憐だ」
「一件落着ねっ!」
もう一人の魔法少女の声。……もしかして、わざと嫌われ役を買って——。
滲む視界に見えた少女の顔は、笑って見えて……固まっていた。
「お姉。あとで反省会ね」
「……オテヤワラカニー」
どうやら素だったらしい。
「いお兄! ……その、大丈夫?」
駆け寄ってきた、ゴスロリの少女。ホンモノと比べると少し背の高い彼女は、僕を見て心配そうな顔をする。
それに対して、僕は涙を流しながら、目を細めた。
「うん。……もう、大丈夫」
「心が晴れたみたいでよかった。……私の格好してるのに、心が曇ってるんじゃちょっと悲しいから」
そっと僕を放す、メメントヴィヴァレ。僕はすうっと深呼吸して。
「ありがとう、ヴィヴァレさん」
「どういたしまして。……涙を拭いて立ち上がるきっかけになれたなら、嬉しいな。スイートレディ」
言葉をかわしあって、僕らは立ち上がった。そして「更衣室で、化粧を直してくると良いよ」と勧められ、首を縦に振り。
「あ、そうそう。……君にだけ教えるんだけどね」
歩き出そうとした僕の耳元に、小さな声で囁いた。
「また会った時は、緊張しなくてもいいよ。……だって、『ボク』らは『同性』なんだから」
……え、いま同性って言わなかった? 本当は男である僕と?
振り返って彼女を見ると、僕に向かって小さくウインクして、唇に人差し指を当てた。
つまり、そういうことだったらしい。——さっきまでのセリフが、ひときわ実感を帯びてリフレインした。
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