#4-1 五日目・魔法少女風ロリィタセットアップ ①
僕は口をあんぐり開けていた。
——池袋。コスプレイベント。様々な衣装を着た人がいる中で、僕は重いトランクを引きずったままぽつんと立ち尽くす。
「どう? ……すごいでしょ」
隣で笑って告げたれんに、僕は緩慢に頷く。……というかスカートがヒラヒラして落ち着かない。
「えと、その……すーすーします」
「女装モノでありがちな完璧なセリフだー」
「そういうの見てるんだ?」
「いお兄のせいだよ? そういうのにハマったの」
「学んだんだ!?」
はじめての女装で着た、あの可愛いワンピース。ここ数日でれんに選んでもらったり自分でも買ったりしながら増やしていってしまった女性服の中でも、おそらく一番安い部類。
わざわざそれを会場まで着てきたのは、僕の中でも勝負服みたいな位置づけになっているから。
紅顔可憐の控えめな美少女。れんによって施されたナチュラルメイクは、僕——いや、「わたし」を大きく引き立たせていた。
いまから、魔法少女のコスプレ、するんだ。
——「わたし」の可愛い姿を、見られるんだ。
「いお兄……じゃなくて、いおりん。緊張、する?」
「する。……れんは?」
「しないわけないじゃん。……ほんとはカメラマンに専念するつもりだったのにぃ」
頬を膨らますれんの頬をつんと軽くついて。
「でも……嬉しい?」
尋ねると、彼女は流し目で僕をみて、それからはにかんだ。
「それはいおりんもでしょ」
「せーかい」
僕の口角も上がっているのを感じた。
更衣室。僕は衣装を前に、いまいちど唾を呑む。
……これ、着るんだ。
畳まれた大量の布類。それを前にして、高鳴る鼓動と苦しくなる胸をできるだけ深い呼吸でなだめようとする。
思えば、こんな服を着ることなんて、一週間前の僕には考えられなかったことだ。
あっという間の五日間。その中で、僕は幾度となく少女の姿になった。
幾度となく、様々な服を着て、そのたびに知らない自分を知っていった。
「いーおりん」
れんの声。後ろから話しかけられ、けれど硬直する僕は返事もできず。
「着方、わかんない?」
首を横に振り。
「着せてあげよっか?」
今度は緩慢に頷いた。
下着は透けにくい色のブラジャー。それに合わせた形に、胸が柔らかく膨らむ。
ブラウスの袖に腕を通す。ボタンを止める手は細くしなやかなものになって。
ショーツの上にドロワーズを履き、スカートをふわっとさせるためのパニエを身につけ、その上から淡い青緑のジャンパースカートを着込む。白いストッキングに包まれた細い足には、もちろん無駄な毛など一切ない。
そして、ジャンパースカートと似た色の、ストラップのついたパンプス。小柄な足は、それに包まれてさらに美しく形を変える。
れんの丁寧なメイクは、ひとりきりの研鑽が滲む出来。可憐だった顔を、更に美しく、可愛く整えていく。
ロングの茶髪に、ヘッドドレス。リボンの髪飾り。
「できた。……魔法少女メメントヴィヴァレちゃん。完成っ」
その宣言に、僕は呼吸すら忘れる。
——可愛い。これが、「わたし」なんだ。
半ば確信めいたそのモノローグ。それに答えるように、後ろからわたしと対となるツインテールでゴスロリの少女……魔法少女メメントモリ——に扮したれんが、そのツリ目を柔和に細めて告げた。
「行こうよ。最高の私達を見せに!」
「うんっ!」
*
外に出ると、晴れ渡った空に思わず目が細くなる。
そのせいで、気づくのが一瞬遅れてしまった。すぐにいくつかの視線が自分たちの方に向いたことに。
「……っ」
声にならない声。さっきまでの自信が、一瞬で霧散した。
……やっぱ、似合ってないのかな。笑われる。ばかにされ——。
「魔法少女だ……メメント姉妹がいる!」
誰かが思わず出してしまったのであろう声に、会場の視線が一気にこちらに向いた。
戸惑いきょろきょろと周りを見渡す。……スカートが一瞬遅れてふわっと動くのが可愛くて思わず胸がときめくけど、それはそれとして。
見渡すと、やがて一人の少女が固まっているのに気づく。小柄な彼女は、口を手で抑えつつ、しかし目を丸くして、感極まったかのように口角を上げて。
目が合って、一秒見合って。
僕は控えめに笑って、小さく手を振ってみた。するとその少女は。
「ヴィヴァレちゃんが……ファンサしてくれたァ……ッ!」
感極まりきったようで、涙を流しながら昏倒してしまった。
「まりィ——ッ!? ちょ、気をしっかり持ちぃ!? いくら推しに手を振ってもらったからって……」
その隣で友達と思しき少女が名前を呼びながらその頬をペチペチ叩く。しかし、その介抱してた友達もこっちをひと目見て、会釈して、介抱に戻り——二度見した。
「クオリティたっか……てか、もしかして『れんちょす』さん!?」
今度は隣に立っていたれんが「え」と口端を歪め。
その少女は、さっき昏倒した子を引っ張ってこちらに迫った。キラッキラした目で。
「ファンなんです!」
「え、チガイマスケド……そもそも、なんでその人だと?」
「間違いないですッ! ……最初のとき上げてた首下コスと……ほら、足首が一致してる!」
少女がスマホの画面を高速でスワイプして、見せたのは一枚の画像。何らかのアニメのものらしきコスチュームを着た女の子……の、スカートから見える足の先の方を必死に指さして。
「ぁ゙ー……」
とうのれんは目頭を押さえていた。
「エックスでずっと追ってました! あなたの撮る写真もレイヤーさんの魅力を最大限に出してるようで好きだったですし、その……あなた自身のお写真も!」
「少ししか上げてなかったんだけどなぁー……っ」
「あっ、自己紹介がまだでした! あたしは『りり』です。中学生で、そこの『まり』のカメラと衣装やってて——」
「しかもわりと有名どころじゃん……」
後で調べたところ、この二人は『りりまり』という名義でやっている最近話題のコスプレイヤーらしい。そこで倒れているまりが演者、いま高速で喋っているりりがカメラや衣装調達などの裏方を務めるような役割分担をしているみたいだ。
「……れん、コスプレは他の人には見せないんじゃなかったっけ」
「若気の至り。ちょっとだけ出来心で上げたことがあって……すぐ消したはずだったんだけど」
「保存してましたッ」
「あの頃は若かった……」
いまも若いよ十分に。
苦笑する僕。その隣で、さっき倒れたまりがようやく起き上がったようで。
「……あは、わたしまだ夢見てるのかなぁ。目の前にメメント姉妹が見える」
「コスプレだよ?」
「……? …………?? ……!」
目をこすったりパチパチさせて、一言口にした。
「分身してるのも、現実なの……?」
驚いて後ろを向いた。
「やぁ。……自分たちのコスプレ見るのって、なんだか不思議な気分だね。メメントモリ」
「そうね、メメントヴィヴァレ。……想像以上によくできているじゃないの」
ものすごく可愛い、二人組の少女だ。奇しくも僕らとほぼ同じ——厳密に言えば細部に微妙な違いはあるけど——おんなじような衣装を着ている。
しかも、いま「自分たちのコスプレ」って言ってなかった? ということは——。
「ホンモノじゃん……」
れんが恍惚として呟いた。
彼女の言う通り、まさしく本人登場であった。
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