#3 三日目・ラフォーレ、ストリート系
三連休の一日目。土曜日。
「明後日がもう撮影会だね、いお兄」
「……そうだね、れん」
れんの部屋。招かれた僕は、正座で彼女の前に座る。
「やっぱり男だ……」
「そうだよ。悪い?」
「悪くはないけど……てか服だっさ」
僕が着ていたのは、黒いジーンズにチェックのシャツ。下にはなんかのロゴがついた蛍光イエローのTシャツ。
「それ去年の体育祭のやつだよね……」
「なにか悪い?」
「悪いよ! くっそダサいよそれ!」
「野郎の服なんてなに着たって同じだろ?」
「同じじゃないよ! 隣に歩いてたら恥ずかしいよ!」
額を抑えるれんに、僕はため息を吐く。
「さっさと行こう」
「やだ。着替えて」
「……同じようなのしか持ってないよ?」
「いいからっ!」
上着をパーカーにした。
「ダサい!」
ズボンを短パンにした。
「もっとダサい!」
サングラスをかけた。
「いっそネタに振り切ろうとしてない!?」
目頭を押さえた僕に、れんは思いっきりため息を吐いて。
「もう私が服選ぶから。それ着てよ」
「……なに着ても同じな気がするんだけど」
服で格好良さが変わるのは一部のイケメンだけだ。僕みたいなブサイクはだいたいなに着ても変わらずキモいだけだ。というか男の服の違いなどわからない。
しかし彼女は「いいからっ!」と僕を押した。
数十分後。
「どう? これで少しはマシになったでしょ」
言われつつ、僕は姿見の前に立つ。
「……これが、僕……え、うそ」
正直、服装の違いなんてものはよくわからない。けど、ダボダボのズボンに灰色パーカーのいわゆるストリート系な服を着せられた僕は、なんだかいつもより数段増しで格好良く見えた。
「あー、なるほどね。いお兄の『変身』は女装じゃなくても発動するっと」
「変身って……」
そうとしか言えない現象だけども。
「もしかして、『服を着るとその服にふさわしい姿になる』っていうやつなのかも」
れんの口にした言葉に、僕は「そんなこと……」と否定しかけるが、否定する材料はなかった。
——もしかしたら、いままでダサい服しか着ていなかったから、身体もそれにあった姿になっていたのかも。
嫌な妄想が渦巻いて、首を横に振る。
「それじゃ、準備も整ったし行こっか」
彼女の告げた言葉に、僕はコクリと頷いた。
今日は、コスプレ撮影会のための買い出しだと聞かされていた。
で。
「ついたー! 原宿!」
地下鉄をおりて、少し歩いて出た地上。
「うぐ……人多くない?」
人混みの中で酔いそうになりながら尋ねると、れんは「大丈夫! ふつー!」と元気よく答えた。
「いや、その」
お前の普通は僕にとっては普通じゃないんよ。
空虚に笑う僕の腕を、彼女は引いた。
「可愛い服、いっぱい見ようね。いおりん!」
「……そう、だね」
こんなに眩しい笑顔を見せられたら、断ることなんてできないじゃないか。
それに……可愛い服を見れるの嬉しいし。
腕を引かれてたどり着いたのは、大きなファッションビル。
「コスプレって、布から作るの?」
「まっさかー。既製品に決まってじゃん。元々あるそれっぽいのを、少し手直ししてそれっぽく仕立てるの」
「……間に合うの?」
「わかんない! 間に合わなかったらその時だし。でも一着くらいならいけるでしょ」
あっけらかんと言い放つれんに、僕は苦笑い。
「えと、今更だけど……なんのコスプレだっけ」
「魔法少女のメメントモリちゃん。メメント姉妹の」
「なんだっけ、それ」
「ほら、最近ニュースとかで話題の」
「あー……」
知ってはいた。よく人助けをしたり不審者を捕まえたりなどしてニュースに取り上げられている、フリフリの衣装を着た少女たち。最近の若い子の中では、結構アイドルとかインフルエンサー的な人気があるんだとか。
「でもあれ、二人組じゃなかったっけ」
「メメントヴィヴァレちゃんのこと? でも、そんなのやってくれる相手なんていないし」
「れんがやればいいじゃん」
何気ない言葉のつもりだった。しかし彼女は少し固まって、それから目をそらす。
「やだ」
「なんでさ。れんだって十分かわいいじゃ——」
「だめなの! ……そういうのは、その……恥ずいし。私みたいなモブには似合わないし」
唇を尖らした彼女に、僕は口を閉ざした。
『ふぁあ……すっごぉ……』
僕らは同時に口にした。
目の前にさまざまな衣装が並んでいた。
僕も名前を聞いたことある、結構有名なロリィタ系ブランドの店。ゴスロリから甘ロリまで……本当にいろいろな衣装がディスプレイされている。
「あ、ほらあったよ、メメントモリちゃんっぽいやつ!」
れんが指さす先に、それはあった。
血のような赤を基調としたゴシック調のジャンパースカートに、フリルがたくさん飾られた真っ黒なブラウス。格好良さの中に気品と可愛らしさが詰まったそれは、まさに魔法少女が着ていたものとそっくりで。
「……かわいい」
「でしょ。ゴスロリの魔法少女メメントモリちゃんみたいなやつ! シックでカッコかわいくていいでしょ?」
彼女の言葉に、僕は口を開けて頷く。
たしかにかわいい。すっごくかわいい。けど……僕の目線は隣のマネキンに移っていた。
白いフリルのブラウスは隣のそれと色以外は共通。けれど、合わせるジャンパースカートは淡い青緑色で、隣のゴシックな感じとは対になるかのように思いっきり甘さを押し出した感じ。フリルやリボン、ハートなどがこれでもかと散りばめられていて。
熱に浮かされたように、それを見ていたら。
「……もしかして、そっちのほうがいい?」
「ふぇっ」
声をかけられて、慌ててれんの方を見た。
「髪伸びて、なんか女の子っぽくなってるよ。……自分が着てる姿、想像しちゃった?」
「…………っ」
ある程度、感情というか心情にも左右されるらしい。恥ずかしくて赤面する僕を余所目に、れんはそのロリィタ服を見て。
「これやっぱメメントヴィヴァレちゃんっぽいな……うちにあるリボン、あとこのヘッドドレス……いけるっ」
呟いていたところに。
「わかりますかー?」
聞こえた知らない声に、再びビクッとした。
「メメント姉妹、可愛いですよねぇ。これもコラボとかではないんですけど、意識してたんですよぉ」
店員さんだ。この店のブランドのものらしきロリィタを着ている。しかも結構おしゃべりでオタクな人だ。
思わずれんの後ろに隠れてしまった僕を見て、店員さんはフフッと笑った。
「妹さんですか?」
「はい。双子の」
「れん!?」
控えめに驚いた声を出した僕に、その妹だったはずの少女は流し目でニヤけながら告げた。
「双子だから、どっちがお姉ちゃんでもいいじゃん」
「で、でも……」
「それに、いまの『いおりん』は『いお兄』じゃないし」
「……んぅ……」
恥ずかしさに小さな呻き声を出す。目をそらそうと視線を動かすと、大きな鏡が目に入った。
そこに映ったおそらく僕とおぼしきものは、さっきまでの僕ではなかった。
髪はすでに長く伸びていて、くりっとした目を細めて赤面する、ストリートの服を着た少女。男物のはずのその服は、しかし可憐な彼女にもよく似合っていて。
「可愛らしい妹さんですね!」
店員さんに褒められて、その頬はさらに赤くなった。
「もしかして、コスプレとかなさるんですか?」
そう尋ねられると、れんはびくりとする。
「……あはは、妹が。この妹が、したいって言ってて」
「そうなんですねー。ご試着とかいかがですか?」
「あー、えっと」
目をそらして言い淀むれん。僕は軽くつばを呑んで、深呼吸して。
「……試着、してみたい、です」
と、淡い青緑色のジャンパースカートを指さし——それかられんの腕を引いた。
「れんと、一緒なら」
「ちょ、いおりん!?」
慌てる彼女を横目に、僕は店員の目を真っ直ぐ見て。
「メメント姉妹の合わせですね! いいですね……いますぐ用意します!」
その店員さんはすぐさま奥に引っ込む。
「なに考えてるの、いお兄!」
驚いたような声を上げるれんに、僕はまっすぐ告げる。
「……一緒じゃないとやだ。恥ずかしいし」
「なに言って……そもそも私には似合わないし! あんなかわいいの……人に見せられるもんじゃ」
「僕をみて。……そんなに僕が、不細工に見える?」
強く言った言葉に、れんはぱちくりと目をしばたかせた。
「……かわいい、けど」
「僕らは双子でしょ。……片方だけ不細工なんて、あり得る?」
感情論なのはわかってる。たぶん服というか雰囲気に飲み込まれて変なことを口走ってる。自覚はある。でも。
「大丈夫。だから、少しだけ自分を解き放ってみようよ。せっかくだしさ」
微笑んでみた僕。
れんは目を見開いて、緩慢に深呼吸をしていた。
「二人とも、すっごく可愛いですよ! えー、写真撮っていいですか!?」
はしゃぐ店員さん。僕らは少し照れつつも、互いを見合っていた。
鏡に映る姿。血のような赤と、淡い青緑。正反対の色合いで、正反対のコンセプトで並び立つ二人。しかしその意匠は対称性を持っていて、まるでクローンのように目つき以外同じような顔をした僕らにはすごくぴったりで。
「……まるで、魔法少女です。……ほんとに、かわいい……」
うっとりしたような声に、僕は胸がキュッとする。
ああ、可愛いって言ってもらえるのって、こんなにうれしいんだ。
ドキドキと鼓動を早める胸。軽く抑えると柔らかい感触がして、なおも鼓動が高まる。
けど、それ以上に——隣に立つ少女は、上気していた。
「……ほんとに、私……メメントモリちゃんに……」
ゴスロリ。赤と黒を主体にシックな印象のそれは、彼女のツンとした印象を引き立たせている。——すごくよく似合っている。
「ね、平気だったでしょ」
微笑んだ僕に、れんは潤んだ目をそっと細めた。
「うん。……ありがと、いおりん」
*
「いっぱい買ったね……」
混雑する竹下通りを避けつつ、比較的閑静な裏通り。紙袋をいくつも持った僕らは、駅に向かって歩く。
「でも、楽しかった!」
なんだか憑き物が取れたかのようにはにかむれんに、僕は軽く肩をすくめる。
「撮影会、間に合うかなぁ」
僕の問いかけに。
「がんばる。……むしろやる気出た」
腕を出して自信満々に答えるれん。どうやら任せても大丈夫そうだ。
JRの駅が近くなって、人混みが増えていく中。
「……私ね、怖かったんだ」
れんが小さく告白した。
「だってさ、コスプレなんて恥ずかしいじゃん。……こんな女子高生になってまで、憧れの格好してごっこ遊びだなんてさ。正直幼稚で恥ずかしいと思ってた。……笑われると思ってた」
「…………」
僕はなにも言えずに、ただ人混みをかき分けながら彼女の手を引く。
「でも、あの時。……いお兄が、女の子の格好をしてたとき、思ったんだ。
——自分の『好き』を貫くのって、こんなにかっこよくて、かわいいんだって」
もうすぐ駅につく。線路を跨ぐ古びた大きな石造りの橋が見えてきて、一旦立ち止まった。
「……私に勇気をくれて、ありがと。勇気を出して、背中を押してくれて……ありがと」
小さな感謝に、僕はかすかに口角を上げた。
「というわけでさ、渋谷まで歩かない? 代々木公園突っ切ればすぐだし。それでアニメイト行こうよ。センター街の」
「……え、まだ歩くの?」
さっきまでのしんみりした雰囲気はどこに行った。
駅前の大通り、横断歩道。
「行こ!」
「ひゃっ」
れんは僕の腕を引き走り出す。驚きに声を出しつつ、軽くため息をついて——僕も一緒に駆け出した。
アニメイトで漫画の表紙に興奮するれんは、なんだかいつもより輝いて見えた。
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