#2-2 二日目・学生服、女児下着 ②
あー…………失敗した。
授業中そんな事を考えて、気がつくとチャイムが鳴っていた。
中年の男性教師が淡々と話すだけの授業はひどく退屈で、考え事をするとついそればかりが巡ってしまう。現代国語、教科書を読む分には楽しいんだけどなぁ。
軽く息をついて立ち上がる。そして、時間割を見て——「いおに……兄さん。さっさと男子更衣室行きなよ」と話しかけられる。
「れん。……え、更衣室って——」
「そ。つぎ体育じゃん」
「……は?」
僕は固まった。
「おーい、降谷クン。いつまで教室残ってんねん。一緒行くでー」
さっきの……たしか北村くんだっけ? に声をかけられた。
……背中に冷や汗が出た。そしてその冷や汗が綿のキャミソールに当たって、思わず息が詰まった。
どうしようどうしようどうしよう!
軽く股間を触ると——ない。いまの下着は女子というか女児だから。胸は……うん。若干ある。ギリ揉める。やばい。
いまの身体は、たぶんほぼ小学校高学年か中学生くらいの女の子。それが男子更衣室で着替えたら——。
というかそもそもこの下着はどうやって誤魔化せば良いの? 僕はこの学校において男子として扱われてるから……これが見られたら変態扱いは免れないだろう。変態なのは事実だけど、それが「自他共に認める」変態にランクアップするのは避けたい。
顔面蒼白になる中、男子更衣室にたどり着く。
「どしたん、具合悪いんか?」
「やめてやれよ北村ぁ。生理かも知れないじゃん」
「セクハラ大魔神やめとけー。いくら降谷が可愛いからってさー」
男たちの結構邪悪な会話に揉まれつつ、僕はロッカーの前までたどり着いて——。
「てかさうちの学校の体育着ってさ、男女共通じゃん?」
体育着を出して、見た。
僕は赤面した。
「あー、まあこれも一種の女装的な?」
「阿呆。流石にキモいでセクハラ大魔神」
「まー気持ちはわからなくもないけども」
「キリシマまで? うちの学校レベル高くね?」
「あんま褒めんなー?」
「褒めてねぇよ」
耳を通り抜けていく会話に、僕は息を浅くし——。
「てか、降谷クン、さっきより髪ぃ長くなってへん?」
「へ……」
北村くんの指摘に心臓がきゅうっと締まる感覚がした。
恐る恐る髪を触ってみると……頬の横に、栗色のサラサラとした髪が見えて。
「え、どうなってるん?」
「ちょ、やめ……」
「あれこれ触れちゃダメな感じ?」
ひょうきんな態度を崩さない彼。……なんか周りの声が聞こえないんだけど。
てか——もしかしなくても、いま僕……女の子に、近づいて……?
——どうやら、僕の姿は自分の認識によって左右されるらしい。
「あー。えと、ごめんな? その……だいじょぶ?」
困惑したような表情で手を差し伸べてくる彼。
どうしようもないほどパンクしそうな頭で、僕はへなへなとへたり込み……涙目で彼を見上げながら、言ったのだ。
「きょうは……見学で……」
*
体育の授業。校庭まで向かう道すがら。
「えっとぉ……その」
北村と他数人の男子は、固まって歩いていた。
「……さっきの降谷、えっちだったよな」
「セク魔ぁッ!」
「略すな、照れんだろ。——お前ならわかるよな? ムッツリキングのキリシマ」
「ああ。今まで陰気な男子だった降谷くんが突然見せた可憐な姿にときめかない男子などいな……おいさっき俺をなんて呼んだ?」
「ミスタームッツリーニの言うとおりだ」「変なあだ名やめろ。そもそも俺はムッツリでは」「さっきの伊織くん、女の子みたいですごい可愛かった。声も少し高くなってた。しかも涙目で上目遣いで——」「話を聞かんか」
「——それをもろに食らったんだ。それでいて紳士に振る舞った。……北村はよくやったよ」
セクハラ大魔神(仮称)は、北村の背中を軽く叩いた。
すると北村は、軽く鼻をすすりながら告げる。
「ワイ、野郎に恋してもうたかもしれん」
「あ、思ったより重症だこれ」
彼は高校生といっても、まだ中学を卒業してたった数ヶ月。しかもサッカー部には入りたてで女性経験がほとんどない。いわゆる童貞である。
そう、さっきの時間こそ。
——北村少年の性癖がこじれてしまった、その瞬間であった。
*
というわけで。
「はぁ……終わったぁー……」
放課後の教室でうなだれる僕。「お疲れ様、いお兄!」と肩をたたかれる。
「……れんって人前ではだいぶキャラ変わるよね」
「褒めてる?」
「どーだか」
メガネをくいっと上げてドヤ顔をする妹に、僕は軽くため息をついた。
「ほんっと、大変だったんだよ? 今日の僕」
「あー、体育のあと? 男子のいお兄を見る目が変わってたね。バレた?」
「バレてない……と信じたいけど」
実際、誰も僕に言及はしなかった。けど——北村くんがいちいち僕に目線を向けては顔を赤らめるようになったのが気になる。え、そんなに恥ずかしいことしたかな。
「てか、いお兄またちょっと女の子っぽくなった?」
指摘されて、僕は軽く目をそらし……毛先をくるくるいじくっている自分に気づいた。
髪の毛が肩の上くらいまで伸びてる。しかもサラサラした栗色の髪——女の子の髪が。
「…………まじだ」
「気づいてなかったの?」
「うん……」
自分の姿なんて、意識しなければわからないものである。
深呼吸して、目を閉じて、脳内で念じる。僕は男、僕は男、僕は男……「君は女の子、いお兄は可愛い女の子、いおりんはかわいいかわいい私の妹……」変な囁きやめてくれる? 洗脳されちゃうから。
ひとまず男に戻ることは諦めて、立ち上がり軽く伸びをした。
「えっと、明日から三連休だっけ」
「そう! で、月曜にコスの撮影会」
「早くない……?」
はじめて女装して五日で撮影会って、相当なハードスケジュールな気がする。
「ギリギリ応募とか間に合ったし、なんとかなるはず!」
「なるかなぁ……」
「ひとまず、明日色々買い出しに行くよ。原宿に」
「えぇ……」
ものすごいバイタリティ。僕は若干引き気味な声を出しつつ、机の横にぶら下げた通学カバンを持った。
「とりあえず帰ろうか」
「あ、今日もしまむら行こーよ」
「えぇ……マジで疲れたんだけど」
「でも可愛い服見たいでしょ?」
「…………はい」
「帰ったら撮影会の練習ね? いっぱい可愛い写真撮ってあげる」
「…………はぁい」
こんなことで機嫌を取られてしまう辺り、僕はどこまでいっても変態でチョロいんだろう。
軽く足首を回して、それから僕は歩き出し——。
「あっ、降谷クン……と降谷さん……」
「北村くん?」
教室の前に北村くんがいた。
「……えーと、北村? 覗き見とかいけないよ?」
「ああ、そう、すまへんなー。忘れ物取りに来たら兄妹仲睦まじく話しとったんでぇ……お邪魔はいかんかなと」
「へー、普通に入ってくればいいのに」
「……あー、うん。すまんなー」
会話にキレがないのを感じる。いつものハキハキとした京都弁はどこに行ったのだろう。
でもまあ、僕が気にすることでもない。……むしろ、話しかけてきてくれて嬉しかった。
ヘラヘラと笑う彼に、僕は微笑みかけて。
「その……北村くん。……また来週」
友達でもないただのクラスメイトには、過ぎた言葉だっただろうか。でも、学校が始まったらまた会えるはずだし。
脳内に渦巻く言い訳の弁解を言葉には出さず、僕は歩き出し。
振り返って小さく手を振ってみると、彼は顔を真っ赤にしながら目をそらして、手を振り返してくれた。
「……いおりんの人タラシ」
「なんで?」
「本当に意識してないの? 天然なの?」
「なにが?」
何を言われているのかわからなかった。……北村くんになにか悪いことしたかな。理由はわからないけど、今度会ったら謝っとこ。
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