第80話 シャロン
ゼンと白翼の一人による死闘の最中、シャロンは夜の街道の奥深くにて、ついに管理者との対面を果たした。
シャロンは足を止め、前に立つ人影に向かって呼びかけた。
「ねぇ……ちょっと聞いて。あなたがこの世界の管理者なんでしょ。」
管理者は佇んでいるものの、やはり表情も顔立ちも、性別すらも窺い知ることができない。
「現勇者でしたか。よく私のもとまでたどり着きましたね。用件を言って下さい。」
その声は高すぎず低すぎず、耳に馴染む中音域の響きを持っていた。
迷いのない瞳で、管理者を見据え単刀直入に切り出した。
「勇者とか魔王とか、もうそういうのはやめにしない? あなたが対立を作り出して戦い合わせるのは……もう終わりにしてほしいの。」
「……。」
「私のお父さまは、終わらない戦乱の心労と病気で死んでしまったわ……。お兄様だって、魔物との戦いで負った傷が元で命を落とした……! こんなことが無ければ、今も二人は元気に笑っていたはずだわ!」
その訴えに対し、管理者は即座に返答した。
「そうですか。しかし、魔王と勇者が互いに争い合うことで、この世界の均衡は長く保たれてきました。」
怯むことなく、言葉を打ち返す。
「でも! ゼンもカレンも……今はイバイだって、私と戦おうなんて誰も思っていないわ! 私と三人の魔王たちは、もう二度と戦うことはないと思う!」
「あなたの意見は分かりました。しかし、あなたが勇者になってからというもの、短期間でイレギュラーが頻発しました。」
「あなたもまた排除対象です。」
管理者は静かにそう言い放つと、おもむろに両手を広く掲げた。
両手の隙間に眩い光が集束し、一本の剣となって形を成す。
「ちょっと、待って! 私はまだ話をして——」
身構える時間すら与えられなかった。
空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、景色を裂いて剣を構えた管理者が眼前に姿を現した。
その剣が、シャロンの頭上から振り下ろされる。
防ぎ切ることは間に合わないと察し、思わず目を瞑ったその刹那。
光の幕がひとりでに展開され、敵の斬撃を防ぎ止めた。
「光の力ですか。それは本来、魔王を討伐するために与えたもの。私に向かって行使されるのは想定外です。」
シャロンは腰の剣を抜き放った。
「そんな理由なんて、私に言われたって知らないわよ!」
「それは、あなたの家系の始祖に私が直接与えた力です。やはりあなたを排除し、もう一度やり直す必要がありそうですね。」
決意を込めて叫んだ。
「やってみなさいよ! みんなが、私をここまで連れてきてくれたの! 私は……こんなところで負けるわけにはいかないのよ!」
手にする剣に、黄金色の光が集束していく。
それは夜空に浮かぶ月よりも、昼間に照り付ける太陽よりも眩く輝き出した。
深い闇に包まれていた夜更けの街道が、シャロンを中心に光で満たされ、世界全体を温かく照らし出していく。
黄金色の光によって巨大な刃と化した剣を、上段に構え直した。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
そして全身の力を込め、それを管理者に向けて振り下ろした。
夜空の星々が弾けるように、燦然たる光が周囲へとほとばしった。強大な光の刃が、管理者の存在を完全に捉えて呑み込んだ。
やがて光が消え去り、街道に再び夜の闇が戻ってくる。
シャロンは剣を構えたまま、荒い息を繰り返していた。
そこに管理者の姿はない。
「……やった、の……?」
返事はなかった。
虫の声すら聞こえない静寂の中、冷たい夜風が金色の髪を揺らしていく。
「分かりました。あなたの言う通りにしましょう。」
ふいに、管理者の声が真後ろから聞こえた。
「これより、新しい魔王や勇者を制定することはいたしません。」
「……え?」
「本来、あなたに与えられた光は魔王を倒すための力です。しかしあなたは、その力を私に向けた。」
「そして魔王たちは、勇者であるあなたを守るために戦っている。私が想定していた均衡とは、すでに異なる世界になったようです。」
シャロンは驚きとともに振り返り、声をかけた。
「……本当に?」
しかし、声をかけた時には、すでにその姿はどこにも存在しなかった。
───────
管理者は去った。
長きにわたる勇者と魔王の戦いは、今この瞬間、静かに終わりを迎えた。
勇者としての使命や役割の終わり。父や兄のこと、自らが歩んできた道——様々な思いが心をよぎった。
それでも、
彼女はただ一人の男を想い、夜の街道に立ち尽くしていた。




