第8話 夜営
「休もう。」
巨怪鳥の巨躯が転がる荒涼とした峠の岩場で、魔王はあっさりとそう言った。
激闘の傷跡と疲労が全身に疼き、シャロンの意識はすでに朦朧としていた。彼女はゼンの提案に静かに同意し、力なく地面に腰を下ろした。
「夜営……? そうね、確かに……。今の私には、もう一歩も動けそうにないわ……。」
荒い息を整えながら、ふらつく身体をなんとか支えて立ち上がり、彼女は目の前に立つ魔王を真っ直ぐに見つめ直した。
「……ねぇ。そういえば私、まだあなたの名前すら聞いていなかったわね。……名前を教えて。」
魔王はすぐには答えず、少しだけ黙って考え込むような仕草を見せた。やがて、小さく自分の名を呟く。
「……ゼンだ。」
「ゼン……。」
シャロンは身を守ってきた白銀の聖剣をそっと傍らに置き、疲れ切った碧眼でゼンを見つめた。
「……ねえ、ゼン。もし明日、私が傷の痛みや疲労で動けなくなったら……その時は、あなたが私を守ってくれる……?」
しかしゼンは何も言わず、黙ったままパンを、そっとシャロンの手元へ差し出した。
「……本当に、何を考えているのかわからない人ね。」
シャロンは弱々しく笑いながら、期待していた言葉が返ってこなかったことに、少しだけ寂しげな表情を浮かべた。
「わかっているわよ。最初からそういう約束だったものね……。」
シャロンはそれ以上無理に食い下がるような真似もしなかった。差し出されたパンを静かに受け取ると、素朴な小麦の味を噛み締めながら、ただ黙々と口へと運ぶ。
言葉はなくとも、荒れ果てた夜の山頂で分け合うパンは、彼女の傷ついた心身をじんわりと癒やしていった。
パチパチと薪が爆ぜる焚き火の小さな灯火だけが、静寂に包まれた峠を優しく照らしている。
パンを食べ終えた二人は、広大な星空の下で眠りについた。




