第7話 北の山4
二人はさらに険しい斜面を登り進め、やがて視界が一気に開ける峠へと辿り着いた。
風が心地よく吹き抜ける平坦な岩場を見て、魔王が「ここで夜営にしよう」と提案したまさにその時だった。
シャロンは急激な空気の変調を察知し、ふと空を見上げた。
「……っ! 空を見て!!」
咄嗟に聖剣を引き抜くと、彼女は上空に現れた巨大な影を鋭い眼差しで睨みつけた。
静寂を破るように、空気を引き裂く重々しい羽音が山頂に響き渡る。雲の切れ間から姿を現したのは、翼を広げれば陽光さえも覆い隠すほどの巨大で凶悪な『巨怪鳥』だった。
それは獲物を見定めるように、峠に立つ二人の上空を何度も旋回していた。
魔王も同じように空を見上げた。
「……凄いな。まるでプテラノドンだ。」
シャロンは空を舞う黒い影に恐怖と困惑を露わにしながら、剣先を上空へ突き出す。
「プテラ……何よそれ!? 意味のわからないこと言ってる暇があったら、早く身を守ってよ!!」
旋回する魔物の巨大な翼が強烈な下降気流を巻き起こし、二人の身体を激しく揺さぶる。死が目前に迫る状況下で隣の男が放つ場違いな感嘆の声が、シャロンの張り詰めた神経を激しく逆なでしていった。
魔王は風圧を避けるように、そっと数歩後ろへ下がった。
シャロンは声を張り上げる。
「もっと下がって、岩の陰に伏せてて!!」
猛烈な暴風が吹き荒れ、その翼が放つ圧倒的な圧迫感があたりを支配する中、魔王はまるで観客席から見物でもしているかのように、ただ静かにその光景を眺めている。その他人事のような態度が、極限状態にあるシャロンの心を掻き乱した。
上空の魔物が敵意を剥き出しにし、一直線に急降下を開始するのを見て、シャロンは反射的に彼の方へ手を伸ばそうとした。だが、すぐに思い直して剣を強く握り直す。
「……っ! もう、勝手にしなさい!! でも、もしもの時は……私を置いて一人で逃げなさいよっ!!」
『巨怪鳥』が鋭い嘴を突き出し、シャロンの喉元を狙って凄まじい速度で急降下する。
シャロンは身体を横へ投げ出すようにして、その一撃を紙一重でかわした。
巨体がすぐ脇を通過する。
その瞬間——。
「はあぁぁぁぁっ!!」
シャロンは岩場を強く蹴って跳躍し、すれ違いざまに聖剣を翼の付け根へ叩き込んだ。
鮮血が飛び散る。
しかし、浅い。
『巨怪鳥』は怒り狂った咆哮を上げながら再び上空へ舞い上がった。
傷ついた翼を大きく羽ばたかせ、旋回する。
「……っ、まだ来る……!」
シャロンは着地すると同時に振り返り、両手で聖剣を構え直した。
上空で旋回していた『巨怪鳥』が大きく向きを変える。
今度は逃がすまいとするかのように両脚の鋭い爪を前へ突き出し、一直線に急降下してきた。
猛烈な風圧が岩場を吹き荒れる。
それでもシャロンは逃げなかった。
「……あんたはそこで大人しく見ていなさい……!」
聖剣を握る両手に力を込める。
「私が、この怪物を仕留めてみせる!!」
眼前まで迫った巨大な爪。
シャロンは最後の瞬間に地面を蹴った。
「はあああああっ!!」
真正面から飛び込む。
振り抜かれた聖剣が鋭い爪を弾き飛ばし、その勢いのまま『巨怪鳥』の胸元を深々と斬り裂いた。
衝撃音と咆哮が山頂に響き渡る。
シャロンとすれ違った『巨怪鳥』は、そのまま数十歩先の岩場へ激しく墜落した。
轟音とともに岩石が砕け、大量の土煙が舞い上がる。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!!」
着地したシャロンは剣を地面へ突き立て、激しく肩を上下させながら倒れ伏した巨躯を見つめた。
「……やったわ……。これで、また一歩近づけたわね……。」
冷めやらぬ土煙の向こうから、魔王が歩み寄りながらポツリと呟いた。
「凄いな。流石は勇者だ。」




