第6話 北の山3
二頭目が現れてもなお、魔王は微動だにせず、まるで他人事のように静かにその場に佇んでいた。
「なっ……!? なんで、なんでそんなに平然と動かないのよ! 早く逃げてって言ってるでしょ!!」
魔獣の巨大な爪を受け止めた強い衝撃が、シャロンの腕を痺れさせる。圧倒的な質量と力に必死で耐えながら、彼女は半ば狂ったように叫び散らした。
「……っ! ああ、もう!! 頼むから……お願いだから、目の前で死なないでよ!!」
極限状態の中で集中力が跳ね上がる。
必死の力で爪を弾き飛ばし、そのまま一歩踏み込んで流れるような一閃を放った。刃は閃光となって空中を走り、迫りくる一頭目の『地獄の猟犬』の頭部を一刀両断する。激しい血飛沫とともに、一頭が崩れ落ちた。
「凄いな。流石勇者だ。」
背後から呑気な感嘆の声が聞こえてくる。
「な、何を言ってるのよ……っ! 呑気な事言ってる場合じゃないでしょ……っ!!」
すぐさま襲いかかってきた二頭目の猛攻を剣の腹で受け止めながら、あまりに呑気な魔王の言葉に声を荒らげる。
彼女は足を強く踏み締め、強引に体勢を立て直すと、渾身の力で剣を握り直した。死角から飛びかかってきた二頭目の『地獄の猟犬』の眉間へ向けて、直線的な突きで剣を突き刺した。
魔獣は短い断末魔を上げ、その場に力尽きて倒れ伏した。
シャロンは荒い息を吐きながら剣を引き抜き、信じられないものを見るような目で魔王を激しく睨みつけた。
「……あんた、本当に……正気なの……!? 冗談なら、全然笑えないわよ……っ!!」
二頭目の断末魔が途切れ、山の中腹に静寂が戻った。
地面には魔獣たちの死骸が転がり、シャロンの荒い呼吸だけが響いている。
「はぁ……はぁ……っ! ……ふぅ、終わった……のかしら……?」
シャロンは剣を杖のように地面に突き立て、膝をついて激しく肩を上下させながら、周囲にこれ以上の敵がいないか警戒の眼光を向けた。
「……あんた、さっきから……本当に、何なのよ……。」
満身創痍のシャロンに対し、魔王は気にする様子もなく、質問を質問で返した。
「行けるか?」
「……行けるわよ……」
シャロンは震える脚に意地で力を込めて立ち上がると、足の震えを必死で抑え込みながら、聖剣をガチャリと鞘に収めた。
「でも、次は……次は絶対に、私の言う事を聞いて引き下がりなさい。……わかった?」
「……多分。」
「多分じゃないの!」




