第75話 真夜中をつっぱしれ2
カレンの自宅からゼンの家までは、およそ八から十キロ。徒歩で向かえば一刻ほどの距離である。
舗装などされてあろうはずもない悪路を、高機動車はゼンの家を目指してひた走る。
道中、カレンはバックミラーで後方を確認した。
先ほどまで自宅を包囲していた人影はもう見えない。
どうやら、一旦は振り切ることに成功したようだ。
車内にて、カレンは口を開く。
「とりあえずは……なんとか撒くことができましたね。」
「ゼンと合流してからは、一体どうするつもりなの?」
普段なら、どんな過酷な状況でも的確に指示を出すカレンだったが、今回ばかりは困惑の色を隠せないでいた。
「……どうしましょうか。」
「そうよねぇ……。本当にどうしましょう……。」
カレンは少し考え込んだあと、確認するように問いかける。
「シャロンは、先ほど真ん中にいた翼の生えた人影を見ましたか?」
「えぇ、はっきりと見たわ。確かに背中に白い翼があった。少し宙に浮いていたわね。あんな変なの、見落とすわけがないわ。」
「確か……三人いましたよね?」
「三人で間違いないと思うわよ。」
「もしかしたら、あの中の誰かが『管理者』という可能性は考えられませんかね?」
「十分あり得る話ね。或いは三人ともが『管理者』って事も考えられないかしら。」
カレンは真っ暗な夜道を、ヘッドライトの光だけを頼りに車を走らせる。速度はそれほど出せない。
「その可能性もあります。南の魔王も『管理者』が一人だけとは言っていませんでしたから。」
「……もしあいつらが『管理者』だとしたら、目的は一体何なの?」
「そこまでは分かりませんね。ですが……少なくとも私たちに対して友好的でないことだけは確かです。」
シャロンは膝の上に置いた手を固く握りしめる。
「危険はあるわね。でも、わざわざ探す手間が省けたとも言えるわ。私はあいつに……どうしても聞きたいことがあるから……。」
「……それは分かります。しかし、話し合いが出来るような雰囲気ではなさそうです……。厄介な相手もいましたし……。」
「イバイね。」
「はい……。」
「あいつは私たちを殺すって言っていたのよ。今度こそ私の剣で斬り伏せてやるわ。」
「……ゼンはこれを知ったら、なんて言いますかね?」
「何も、言わせないわよ。」
ほどなくして、ヘッドライトの先にゼンの家が浮かび上がった。
カレンは小麦畑の脇を通り抜け、玄関の近くまで車を寄せるとエンジンを停めた。
シャロンは車の助手席から降り、家のドアを強く叩く。
ドン! ドン! ドン! ドン!
拳でドアを打つ音が夜更けの静寂を切り裂いた。
やがて中から鍵の開く音が聞こえ、寝ぼけたような顔をしたゼンがゆっくりと出てきた。
「寝てるんだけど……。」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないのよ! 『管理者』かもしれない奴らが現れたのよ!」
「……そうか。」
「そうか、じゃないわよ!」
カレンが車から降り、代わって事態の説明をする。
「緊急事態です。おそらく、悪意を持った集団に家を囲まれました。……その中にはあの『東の魔王』イバイもいました。もうじき、ここにもやってきます。」
「……イバイ?」
ゼンの眠たげだった目が、わずかに開いた。
「……俺は、イバイには多分負ける。十回戦ったら九回はあいつの勝ちだ。前回はたまたま、一回目に俺の勝ちが回ってきただけに過ぎない。」
「……逃げるか。」
「ち、ちょっと! ゼン!? 『管理者』に直接会えるタイミングなんて今しかないのよ! どうなるか分からないけれど……!」
シャロンは意を決して、真っ直ぐにゼンを見つめて言葉を発した。
「私に力を貸して! 私を助けて!」
ゼンはそれを聞いて、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべたような気がした。
「……わかった。しょうがない。」
「だが、ここはダメだ。みんな静かに暮らしている。」




