第73話 ピザ
ゼンが野菜を抱えて家の中に入ってきた。
「話は終わったか?」
シャロンが答える。
「聞きたかった事は聞けたし……一応、終わったんだけど……。」
ゼンは抱えていた野菜を机の上に置いた。
「なんだ。一応って?」
「結局、『管理者』の居場所がわからないからどうすればいいのか……。」
「わからないものはしょうがないだろう。飯でも食おう。」
「カレン。キッチン借りるぞ。」
カレンは声を弾ませる。
「やった。」
「どうぞ、どうぞ。お使い下さい。」
ゼンは一つのトマトを掴み、二人の前へ突き出した。
「良いトマトがあったから。ピザを焼く。」
聞き慣れない料理の名に、シャロンは不思議そうにトマトを見つめた。
「ピザって何?どんな料理?」
「パンみたいな生地の上に、色々乗せて焼いたものだ。」
「またパンなの。」
「パンの親戚だな。小麦粉をこねて、発酵させて、薄く伸ばして焼く。今回はサッと食べたいから発酵は無しだ。」
シャロンは思わず笑みがこぼれる。
「ゼンは、パンを焼いたり料理をしてる時が一番楽しそうね。」
カレンもつられて笑う。
「この人はずっとそうですよ。」
ゼンはキッチンに向かい背を向けたまま言葉を返した。
「実際、楽しいしな。」
「カレン、野菜をスライスしてくれ。」
「はい。わかりました!」
シャロンは落ち着かない気持ちでゼンの手元を覗き込んだ。
「……私は何をすればいいの?」
「座って待ってればいい。」
「なんでよ! 私も何かするわよ!」
「じゃあチーズ切ってくれ。」
「任せなさい。」
やがて、香ばしい匂いとともに焼き上がったピザが窯から取り出された。
採れたての野菜で作ったサラダも添え、三人分の昼食がテーブルに並ぶ。
「いただきます。」
「いただきますっ!」
「いただきますっ!」
ゼンとカレンはシャロンの様子を黙って見ていた。
シャロンは切り分けられたピザを手に取り、恐る恐る一口かじった。
とろりと絡みつく濃厚なチーズと、香ばしく焼き上がった薄焼き生地のパリッとした食感が見事なコントラストを描く。
「えっ、美味しい……。すごく、美味しい……。」
「チーズとトマトってこんなに合うの!?生地も美味しいわ!サクサクで小麦の香ばさも口いっぱいに!」
ゼンは少しだけ目尻が下がった。
「知ってるって。」
カレンはピザを口に運びながら話した。
「ワインかビールが欲しいですね。ゼン、次はお酒を作ってみますか?」
シャロンが反応した。
「それくらいはこっちにもあるわ。でも、あなたたちの知ってるお酒の方が美味しかったりするんでしょうけど。」
「シャロンはお酒をよく飲むんですか?」
「私は、少ししか飲めないの。でも、二人と一緒に飲んでみたいな。」
「悪くないな。俺もあんまり強くないが。」
「いいですね。今度、王都で飲みに行きましょう!」
シャロンはピザを手にしたまま、ゼンに言った。
「さっきも言ったけど、確信したわ。ゼンのパンはもっと多くの人に届けるべきよ。今でも十分美味しいのに、まだまだ知らない技術とか調味料があるんでしょ。王都でやれば、あっという間に行列の出来るお店になるわ。」
「そうだな……。」
カレンがシャロンに質問を投げかける。
「シャロンは全部上手くいって、戦う必要がなくなったら何かやってみたい事とかありますか?」
シャロンは食事する手を止め、少し考え込んだ。
そして口を開く。
「……全然、考えた事がないわ。小さい時から剣ばかり振っていたから……。何を、すればいいんだろう……。」
「その時に考えればいいだろう。」
ゼンは少し考えてから、続けて話した。
「それに、魔王とか勇者とかの戦いが終わっても、違う戦いが始まるだろう。何かやる事はあると思う。……多分……。」
「どういうことよ、それは?」
言葉足らずなゼンに代わり、カレンが補足する。
「魔王という共通の敵がいなくなれば、今度は人間同士の争いが増える可能性もありますね。」
「それじゃ、私のやる事に何の意味があるのよ。」
シャロンは思わず声を上げた。
「せっかく魔王と勇者の戦いを終わらせても、また別の戦いが始まるんでしょ?」
「そうかもしれない。」
ゼンは気にした様子もなく、ピザを一口かじった。
「じゃあ、何のために——」
「全部の戦いを終わらせる必要なんかないと思う。」
「……え?」
「そもそも、そんな事出来ない。」
シャロンは黙り込んだ。
「今ある戦いを終わらせるだけでいいだろう。」
「…………。」
「その後のことは、その時にその時のやつらが考えればいい。」
あまりにも無責任な言葉に聞こえた。
けれど、不思議とシャロンの胸にはすんなりと落ちた。
世界のすべてを救わなければならない。
勇者なのだから、そうしなければならない。
いつからか、自分でも気づかないうちにそう思い込んでいたのかもしれない。
「……そういうものなのかな。」
「知らん。」
「知らないの!?」
「俺はパン屋だからな。」
「まだパン屋じゃないでしょ!」
カレンが吹き出した。
「ふふっ。ゼンらしいですね。」
「もう……。」
呆れながら、シャロンも小さく笑った。
テーブルの上には、まだ温かいピザが残っていた。




