第67話 新・北の魔王2
バンッ!
カレンは足元の地面へ、小銃を一発撃ち込んだ。
乾いた銃声が、要塞の空気を一瞬で切り裂いた。
突然轟いた爆発音に、そこにいた守備兵たちやフローレンスは一斉に肩を跳ねさせ、目を見開いて動揺を隠せないでいる。
だが、周囲の動揺などまったく意に介さず、カレンは力強く声を発した。
「警告です。それ以上近づくな。」
「回れ右して素直に帰るなら、これ以上私は何もしません。」
カレンの見下すような視線を受け、黒い竜の巨大な鼻孔からバチバチと赤黒い炎が漏れ出す。
次の瞬間、要塞そのものを吹き飛ばさんばかりの怒声が周囲一帯に響き渡った。
「舐めるなよ! 人間の小娘がぁッ!」
大気が震え、兵士たちが耳を塞ぐ中でも、カレンは一歩も引かない。むしろ不敵な笑みすら浮かべながら、静かに追い打ちをかけた。
「舐めてますよ。所詮、欠員補充ですよね。あなたは。」
その言葉に、フローレンスは青ざめて狼狽した。
相手は神話の時代から語り継がれる天災のような存在だ。怒らせて無事で済むはずがない。
「カレン殿、挑発するのはもうやめましょう! 相手は正真正銘の――」
フローレンスの制止を遮るように、竜が大きく胸を反らした。周囲の空気が一瞬で掠め取られ、肺まで引かれるような錯覚に陥る。竜は喉の奥で凶悪な熱量を滾らせながら、無限とも思えるほどに空気を吸い込んでいく。
ゴォォォォーッ!
竜は城壁に向け、肺の底に溜め込んだ灼熱のエネルギーを一気に吐き出した。
それは圧倒的な殺意を秘めた火のブレスだった。
「カレン殿っ!!」
フローレンスは叫ぶと同時に前へ飛び出し、両手をかざした。練り上げた魔力が解き放たれ、分厚い水の防御壁が要塞の前に展開される。
ジュウゥゥゥゥゥゥッ!
紅蓮の炎と濁流の壁が衝突し、凄まじい水蒸気と衝撃波が周囲を襲う。フローレンスは歯を喰いしばり、必死に水の防御壁で火のブレスを相殺しようと試みるが、壮絶な威力にその足は、じりじりと後方へ押し込まれていく。
「加勢しますッ!!」
そこへ、術戦士隊が駆けつけて来る。
フローレンスは汗みずくの顔で、指示を叫ぶ。
「カレン殿を守れっ! 全員、ここが正念場だ! 死んでも引くな、気合で押し返せぇっ!!」
「オオオォォッ!!」
空中で、荒れ狂う炎と幾重にも重なる水が激しくぶつかり合う。押しては引き、引いては押し、互いの力を削り合う、苛烈な攻防。
やがて竜は肺の空気を吐き切り、鬱陶しそうに火のブレスを止めた。
視界を遮るほど濃い白煙と水蒸気が立ち込め、双方の視界を覆い隠す。
フローレンスと術戦士隊は、一撃のブレスを防ぐために魔力を注ぎ込んだことで、激しく息を乱し疲弊しきっていた。膝をつきそうになる足を必死に叱咤し、フローレンスは決死の檄を飛ばした。
「ハァッ、ハァッ、……良いか、何があろうとこちらはカレン殿を死守せねばならない。お前ら、我が身を惜しむなよ! ここで退けば次は無いぞ!」
風が吹き抜け、濃い水蒸気がゆっくりと晴れていく。
その先で待っていたのは、更なる絶望だった。煙の奥で、黒い竜が再び大きく胸を膨らませ、二度目の息を吸い込んでいたのだ。
術戦士隊の隊員が青ざめた顔で絶叫した。
「二発目が来ますっ!!」
フローレンスも血走った目で叫び返す。
「お前ら! 全力だ! 気合を入れろ!!」
ゴォォォォーッ!
先ほどを上回る威力の、二発目の火のブレスが解き放たれる。
横一列に並んだフローレンスと術戦士隊は、残された全魔力を振り絞って再び水の防御壁を展開し、正面からそれを受け止めた。
ジュウゥゥゥゥゥゥッ!
激しい高熱と衝撃に水壁は凄まじく揺らぎ、水滴が蒸発して熱風となって隊員たちを襲う。術戦士たちの顔が苦痛に歪み、呻き声が漏れた。それでも彼らは一歩も引かず、カレンの前から決して退こうとはしなかった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
地獄のような数秒が過ぎ、ようやくブレスが収まった。二発目もなんとかしのぎきったのだ。
しかし、全員の魔力も体力も、すっかり底をつき、肩を上下させて立っているのがやっとという状態だった。どう見ても、三発目が来れば確実に耐えられない。
二発目の衝突で生じた水蒸気は、先ほどよりもはるかに濃く、城壁の前を白く覆い尽くしていた。
風が吹き抜ける。濃霧のような白煙が、ゆっくりと晴れていく――。




